こっちのけんとインタビュー 「劣等感を抱く人に手を差し伸べたい」―過去の苦しみから生まれた楽曲「死ぬな!」への思い

2023.4.19

こっちのけんと main

楽曲制作から映像制作まで、マルチに活躍するアーティスト・こっちのけんと。2022年12月10日にリリースされた楽曲「死ぬな!」は、2023年2月7日にSpotify国内バイラルチャートに12位で初登場し、MV再生数が170万回を突破(2023年4月現在)するなど、大きな注目を集めている。アカペラグループで全国大会優勝という経歴を持つ彼の創作の原点や、同楽曲に込めた思い、今後の展望について話を聞いた。

取材・文:サイトウマサヒロ

 
曲作りは過去の自分へのメッセージ

——全身緑のコーデですね!

そうですね(笑)。昔から、アナログテレビの入力を切り替えた時に、左上に出てくる「ビデオ2」みたいな表示の緑色が好きだったんです。ネオンともまた違う、レトロなイメージで。あと、緑は目にも優しいし。髪色やSNSのアイコン、ゲームのアバターも緑に統一しています。

——最初に音楽に興味を持ったきっかけを教えてください。

小学校か中学校の時に、フジテレビで放送されていた「全国ハモネプリーグ」を見たのがきっかけですね。声だけで演奏していること自体が驚きでしたし、特にヒカキンさんが出ていたビートボックス部門を見て、「何なんだこの人達は!?」と。

——その後、大学時代はアカペラサークルに所属し、全国大会優勝も経験していますよね。そこから、現在のようにソロで活動しようと思ったのは何故でしょう?

大学を卒業したあとは会社員をやっていて、ほとんど歌うことをやめてしまっていました。一人でずっとパソコンに向かう日々を過ごしていたんですが、入社から1年くらいでキャパオーバーになって倒れてしまって。そこから、うつ状態になってしまったんです。それより少し前に、父が還暦を迎えるにあたってパーティーを開催するから、そこでアカペラチームで歌ってほしいと頼まれていて。苦しい状態の中で、無理矢理その場で歌ってみた時に、僕は歌を歌った方が良いんだと気付いた。なので、最初は苦しかった過去の自分にメッセージを残そうっていう、”逆タイムカプセル”みたいなイメージで曲を作り始めました。それが、自分で自分を苦しめてしまうかつての僕のような人の脳裏に、少しでも残るような曲になったらいいなと。

——好きなアーティストや影響を受けたアーティストはいますか?

兄(俳優・歌手の菅田将暉)の楽曲は普段から聴いていますね。大学に入学して上京したての頃、兄の家に転がり込んで同居していた時期があって、超忙しくしている姿を近くで見ていて。兄が音楽活動を始めたのはその後だったんですが、歌詞を読んでみると、「当時こんなことを考えていたのか!」と。一緒に生活していたからこそわかる、歌詞の向こう側にある思いを感じ取れて、いちアーティストとして好きになりました。近くにいたこともあれば、逆に遠くに感じることもある人だからこそ、兄の楽曲ってすごく沁みちゃうところがあって。

——映画やアニメなど、音楽以外のカルチャーからインスピレーションを受けることはありますか?

めっちゃありますね。ケーブルテレビで幼いころから海外のアニメを見ていて、その印象が焼き付いています。アカペラサークルではディズニーの楽曲をカバーしていたので、歌い方も研究しました。それに、普段は芸人さんのラジオ……霜降り明星さんやアルコ&ピースさんのラジオを聴くのがめちゃくちゃ好きだったり。その影響で、音楽にユーモアを加えたものを生み出していると思います。

——確かに、けんとさんの楽曲を聴いていると、ディズニーランドのアトラクションに乗っていて、キャストの人が歌っているような気分になります。

そのイメージはありましたね。アトラクションで、本当は右に行くはずなのに左に曲がっちゃった、みたいな演出が良くありますけど、その逆で、暗い方向に向かっている人を正解の方に連れていってあげたいというか。「死に誘う」の逆で、生に導く人になりたいですね。

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「死ぬな!」のヒットは“安心した”

——2022年12月10日にリリースされた楽曲「死ぬな!」についてお伺いさせてください。今回のヒットについてはどういう印象をお持ちですか?

「バズった」という実感は全然ないんですけど、再生数が上がっていくのを見て、嬉しいというよりも安心したという気持ちが大きかったですね。いま一緒に活動しているアカペラグループ・ALLOWLは、メンバーがそれぞれ、YouTube登録者数20万人以上とか、ビートボックス日本一とかっていう実績を持っていて。僕は学生時代に全国優勝したっていう経験こそあるものの、一人の力ではないし。それに、どうしても何より先に「菅田将暉の弟」っていう肩書きが前に出ちゃうから、何か一つでも自分で成し遂げたいというか、死ぬまでに残したいという気持ちがありました。それで必死に作った曲が、こうやって広まって、ホッとしましたね。階段を一段登れた気がしました。

——TikTokでも1万本以上(2023年4月現在)の動画で使用されるなど話題です。けんとさん自身も楽曲に合わせた「茶壷ダンス」の動画を投稿されてますね。

最初はダンスをする予定はなかったんですけど、楽曲をもっと広めるために何ができるかをレーベルとも話し合って、やってみました。「死ぬな!」は、死にたいと思っている人に直接届けるよりも、SNSで偶然に目に入る方がむしろちゃんと伝わるんじゃないかと。多くの人に聴かれないと、この曲を作った意味がないと思っていました。

——「狙ってバズった」というと少し打算的に聞こえますが、けんとさんの場合は楽曲のメッセージを届けるための考えがあったということなんですね。

むしろ数字に囚われるのは苦手なタイプなんです。TikTokをはじめとするSNSも、アンチコメントが寄せられるイメージがありますし、正直公の場で活動するのは怖いなと思います。でも、この曲で人を救うためにはその壁を超えないといけないなと。

——共同作曲および編曲を手掛けたGRPさんとの制作はいかがでしたか?

GRPさんは現在はLA在住で、僕も今は東京在住なんですけれど、どちらも元々は大阪出身ということで、話が合うことも多くて。最初にGRPさんがトラックを作って、僕がメロディーと歌詞を乗せて返して、というキャッチボールを繰り返している内に、お互いテンションが上がって、良いものが出来ましたね。

——MVでは、けんとさんご自身が「Editor , Director , Producer」としてクレジットされています。

作詞作曲から撮影編集まで一人でやることで統一感を出したかったんですよね。なので、MVの構成も考えて。本当は自分は出たくなかったんですけど(笑)、さすがに出るしかないかと思い、そうなると物理的に自分で撮影はできないので、撮ってもらって。編集は家で自分一人で行っています。ロケーションも、偶然イメージにぴったりのスタジオを見つけられました。

 
——ポップなアートワークも印象的です。どなたかがデザインされているのでしょう?

高校時代の同級生がデザインしてくれています。バドミントン部のチームメイトだったんですが、卒業してから久々に会ったら、鍼灸師をしながらデザイナーをしていて(笑)。僕は絵が苦手なので、イラストのイメージだけを伝えて、描いてもらいました。ジャケット写真やMVにも使用している「死ぬな!」という筆文字も書いてくれています。彼とは、今後も一緒にやっていこうと思っていますね。

「死ぬな!」のアートワーク
「死ぬな!」のアートワーク

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劣等感を抱く人達に手を差し伸べたい

——楽曲だけでなく、MVもアートワークもキャッチーな「死ぬな!」ですが、歌詞は生と死というヘヴィな問題に向き合っています。先ほど語られていた、うつ状態にあったという過去はどのように楽曲に反映されていますか。

家から出ることもできないような精神状況の時に、心の中にもう一人の自分が出来たんですよ。多重人格というほどのレベルじゃないんですけど、自分に話しかけるようになった。「お前大丈夫か?」「いや、大丈夫じゃないけど」みたいな。そういう、助けたい自分と助けられたくない自分の掛け合いっていうのは、楽曲の中に取り入れられてますね。

——そう言われると、「死ぬな!」で語られる言葉は、リスナーだけでなく、けんとさん自身にも向けられているように感じます。

過去の自分が「こんな曲があったら良かったのにな」と言うような曲を作りたいと思ってました。自分にとっては兄の存在が大きいですが、兄弟に限らず、他人に劣等感を抱くことは人間誰しもあるじゃないですか。そういう人たちに、偶然でも救いの手を差し伸べられたなと思います。

——どことなく懐かしいサウンドの中で、「裏垢」や、コロナ禍のソーシャルディスタンスを思わせる「間隔置いて」など、現代ならではのワードが盛り込まれています。

今っぽさはめちゃくちゃ意識しましたね。「死ぬな!」に関しては特に、どうせ聴いていただけるなら、身近なこととして実感してもらえる歌詞にしたいという思いがありました。「間隔置いて」は、最初に韻を踏むために色んな言葉を書き出しているときに出てきたフレーズです。僕も、コロナ禍で人と物理的に距離を置いていたら、精神的にも距離が離れて孤立してしまった、という経験があったので、歌詞に入れました。

——YouTubeでは英語バージョンも公開されていますが、どういったねらいがありますか?

「死ぬな!」のコメント欄に、英語とか韓国語とか、色んな言語をちょくちょく見るようになってきて。もしかしたら、国外のリスナーにもこの曲のメッセージが伝わるのかもしれないと思って、英語でも展開していこうということになりました。それに、僕自身かつてはそうだったんですが、音楽でも洋楽しか聴かないという人もいると思うので。そういう人にも刺さってくれたらいいですね。

 
——海外からのものも含めて、何か印象的なリスナーからのコメントはありましたか?

コメントももちろんですし、結構DMをいただくことが多くて。「今にも死のうと思ってました」という方からメッセージを貰った時には、本当にこの曲を作って良かったなと思いました。この曲がなかったらどうなっちゃってたんだろうと思うと、本当に「死ぬな!」に出会ってくれて良かったです。

——ファンとの接し方で気にしていることなどはありますか?

ある程度、近寄りがたい怖さがあった方がカリスマ性が生まれるっていう話も聞いたことがあって、それは確かに納得できるんですけど、僕はそうじゃないなと。距離感は大切にしつつ、やっぱりみんなの近くに居たいし、近くで歌ってあげたい。それに、もし僕が神格化されたら、受け取る側にとって言葉が重たくなっちゃうと思うんです。僕の言葉は重すぎないようにしたい。適度に軽い人でありたいですね。

こっちのけんと sub4

 
 
目標は武道館・紅白・オールナイトニッポン

——4月16日には、待望の新曲「ビバ・イナイイナイバァ」がリリースされます。どのような楽曲に仕上がっていますか?

「死ぬな!」を聴いて生きることを選んだ人も、これから先に辛いことがたくさんあると思います。次はその辛いことを吹き飛ばしてあげたい。「死ぬな!」の次に聴いてほしい曲です。

「ビバ・イナイイナイバァ」
「ビバ・イナイイナイバァ」

https://linkco.re/5p6rBb9v

 
——リリースはもちろん、生でけんとさんの歌声を聴くことを楽しみにしている方も多いと思います。ライブの予定などはありますか?

やりたいと考えてます。先日、キャンペーンでファンの方と1on1のオンライントークをしたんです。そこで初めて、自分がどんな人のために曲を作りたいかということが実感できて。子どもが出来たような気持ちというか。なので、やっぱりその人達に直接歌を届けたいですね。今までは、過去の自分に曲を作ったり、兄に向けて曲を作ったりしてきましたが、やっぱり誰かに曲を送るっていうスタンスじゃないとなかなか曲を書けなくて。これからは、「死ぬな!」を聴いて助かったとか、楽になったという人達に向けて音楽を届けていきたいんです。だから、実際にこの目でどんな人が聴いてくれているのかを確かめたい。アカペラではグループでステージに立っていたこともあって、一人で歌うのは怖さもあるんですけど、頑張ります。

——これから先、活動を続けていく上での目標はありますか?

言霊だと思ってずっと言い続けているんですけど、「オールナイトニッポン」のパーソナリティをやりたいです。兄がやっているのを聴いて凄く元気が出ましたし、やっぱりラジオが好きなので。ファンのみなさんには、曲を楽しんでもらうのはもちろんだけど、僕という存在で遊んでほしいんです(笑)。もちろん、歌手としても立派なところでやりたいです。兄が武道館でライブしているのを観て、やっぱり憧れましたし。おじいちゃんおばあちゃんに紅白歌合戦で歌ってる姿を見せたいという気持ちもあります。

——では最後に、リスナーのみなさんにメッセージをお願いします。

僕は完全な人間じゃないので、間違ったことも言ってしまうし、間違った方向で曲を作ってしまうこともあると思います。だから、全てを鵜呑みにしないで、考える材料のひとつにしてほしい。「死ぬな!」って言われて、「死にません!」って言われるよりは、「なんで?」と考えてもらえると嬉しいです。そして、一緒に菅生家の一員になったつもりで楽しんでほしいです。


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