Murakami Keisukeインタビュー 「自分の音楽を心から愛せるようになった」―“ブラウンアイド・ソウル”を体現した会心の新アルバム『Water and Seeds』

2023.7.31

Murakami Keisuke

2016年にソロ活動を開始し、2022年からは”ブラウンアイド・ソウル”をコンセプトに据え、ルーツであるソウルミュージックからの影響を前面に押し出した楽曲を発表しているシンガーソングライター・Murakami Keisuke。7月19日にリリースされた最新アルバム『Water and Seeds』では、”アジア人が歌うソウル”の旗の下に、Renato Iwai(City Bossa)、岩井郁人(Galileo Galilei)、Michael Kaneko、gbら豪華制作陣が集結。より精度を高めた珠玉の9曲が収録され、Murakami Keisukeの現在地を示す会心作となった。今回THE MAGAZINEでは、アルバムリリースを翌日に控えたMurakami Keisukeにインタビューを敢行。リスペクトするアーティストの名を交えソウル/R&Bシーンへの愛を振り撒きながら、自ら獲得した新たなスタイルへの確固たる自信を感じさせてくれた。

取材:Jiro Honda
文 : サイトウマサヒロ
 
 
“ブラウンアイド・ソウル”を掲げることで見えたビジョン

——『Water and Seeds』完成おめでとうございます! 2018年の『Circle』以来、3年半ぶりの2ndアルバムですね。リリースを控えた現在の心境はどうですか?

とにかく早く皆さんの反応を聞きたいですね。自分がやりたいと思っている音楽、つまり”ブラウンアイド・ソウル”というコンセプトに振り切った楽曲だけをパッケージできたので、どれを聴いてもこれがMurakami Keisukeですと胸を張れる楽曲が揃っています。みんなはどの曲が好きなんだろう? とか、早く知りたいという気持ちでいっぱいですね。

——その”ブラウンアイド・ソウル”というコンセプトについて、改めてご自身からご説明いただけますか?

元を辿ると、前作『Circle』に収録された「Nothing But You」「ビネット」「モノクロ世界」といった楽曲が下地になっています。当時は、組織の中で色々な人の思いを織り交ぜながら制作していたけれど、その3曲は僕がやりたいものだけを詰め込んだ楽曲で。そのような僕が望んでいる方向性を、言葉に切り取らないと制作チームにもリスナーにも上手く共有できないと思ったんです。じゃあどう表現しよう? と考えた時に、僕が好きなシンガーのアレン・ストーンなどを指す”ブルーアイド・ソウル”のアジア版=”ブラウンアイド・ソウル”というアイデアに着地しまして。一つのコンセプトを打ち出したことで、チームでのMurakami Keisukeというアーティストに対する理解がハッキリしたし、アルバムの楽曲制作もスムーズになったと感じています。

——2022年は抽象的な思考モードにあったとのことですが、その状態がブラウンアイド・ソウルというアイデアに影響したのでしょうか。

そうかもしれないですね。元々、音楽でも絵画でも、0から100まで答えが出ちゃってるものには味気なさを感じるタイプで。芸術には余白を残したいという思いがあるんです。「ここから先はもうみんなで感じ取って!」みたいな。昨年からは、メロディーがJ-POPらしさから離れていくこともあって、楽曲を書くときにもそういった抽象的なイメージが増していった流れはありましたね。

——行間を読むことに重きを置く考え方と、志向していたサウンドがピタッとハマったのが”ブラウンアイド・ソウル”なんですね。

はい。そのフレーズがちょうどしっくりきて。

 
 
豪華プロデューサー陣と二人三脚の楽曲制作

——1曲目の「SUPERNOVA」は、オープニングトラックにふさわしく、物語の始まりを思わせるワクワク感がありますね。ハリー・スタイルズのアルバム『Harry’s House』で幕開けを飾った「Music for a Sushi Restaurant」にも通ずるものを感じました。

「SUPERNOVA」は、Galileo Galileiの(岩井)郁人くんと札幌のスタジオで制作した楽曲ですね。ハリーは大好きですし、それに加えてジャネール・モネイ「Make Me Feel」やマイケル・ジャクソン「The Way You Make Me Feel」のように、いわゆる”変態”的な、ファンクの要素を取り入れた楽曲をやりたかったんです。自分達がテンションの上がる曲を書きたいという一心で、まずはベースラインを作って……(「SUPERNOVA」のベースラインを口ずさむ)……っていうところから、郁人くんがコーラスを考えてくれて。「でも、ただ変態なままだとリリースできないぞ!」という時に、ファレル・ウィリアムス「Happy」のキャッチーなイメージが頭に浮かんで、聴きやすく仕上げることができました。最初はもっと取っ付きづらい曲だったので、リスナーにスッと聴いてもらえるように、郁人くんとキャッチボールしながら整えていったという一曲です。


 

——岩井郁人さんは、4曲目「Strawberry Girl」、5曲目「Muse」でもアレンジに参加していますね。

郁人くんと知り合ったのは、共通の知り合いが紹介してくださったのがきっかけで。「Strawberry Girl」と「Muse」は、2泊3日のコライトキャンプで一緒に作りました。今作の中でも特に早い段階で完成して、ブラウンアイド・ソウルというアイデアに辿り着くきっかけにもなった2曲ですね。

——「Strawberry Girl」は、アコースティックな質感が心地良い、チル/リラックスなフィーリングの一曲です。

この曲は、実は15分くらいで出来ました(笑)。コード進行は2019年くらいから浮かんでいて、大事にしたいから温存しておいたものです。コライトキャンプ中、夕飯の直前に、コードだけ録音しておこうと思って僕がアコギを弾いていたら、郁人くんが「15分くらいでやっちゃおうか」と。遊びのノリで、ロジカルよりもフィーリングで一気にメロディーを作って、あっという間に完成しました。

——「Muse」についてはいかがでしょうか?

「Muse」は、より一層郁人くんならではのセンスが光ってると思います。僕が思い浮かんでいたAメロのコード進行とメロディーに対して、郁人くんがBメロのコード進行を考えてくれて、「この展開だとSilk Sonicみたいでオシャレだね」なんて話をしながら制作を進めました。管楽器の音色とか、僕にはできない方向に楽曲を転がしてくれて。

——甘くて爽やかな映画のワンシーンが浮かぶような曲ですよね。

そうですね。歌い出しの「降り出した雨の中」というフレーズは、最初からメロディーと歌詞が同時に生まれて、頭に雨の情景が浮かんでいたんです。そこに郁人くんのエッセンスが加わったことでよりドラマチックに展開したので、映画のような歌詞が後を追って出てきた感じですね。

——6曲目の「Grateful Days」では、 Michael Kanekoさんと「Nothing But You」以来約4年半ぶりの再タッグを組みました。

「Nothing But You」はチームとしても好きな曲なので、またマイキー(Michael Kaneko)と一緒にああいう曲を作りたいよねと。前回は8:2くらいの割合で、マイキーにほとんど助けてもらうような形だったんですが、今回はフィフティフィフティの共作です。西海岸を感じるような、乾いたビートとギターのポップさは、マイキーとだからこそ作ることができたと思いますね。

——Keity(ex.Lucky Tapes)さんのベースも見事にハマっている印象です。

マイキーが「良いベーシストがいるから参加させたい」っていうことで、レコーディング現場に行ってみたらそれがKeityさんで。元々Lucky Tapesは好きなバンドだったので、これはより一層楽しみだぞ! となりましたね。今回、リファレンスの一つになったのがVulfpeckだったので、ジョー・ダート(Ba)のプレイスタイルを意識しながら演奏してくださったことでバチッと曲にマッチしました。ポップに聴こえるけれどしっかりローが出ていて良いですよね。

——City BossaのRenato Iwaiさんは、2曲目「Dawn」、3曲目「Wake Me Up」、7曲目「Wonder」、8曲目「Midnight Train」、そしてラストの9曲目「Two Souls」と、計5曲のアレンジに参加されています。まず、「Dawn」はどのように作られた楽曲なのでしょう?

「Dawn」は、当初もっとロックな曲だったんですよね。作りはじめたらブレーキが効かなくなってしまって……これはブラウンアイド・ソウルじゃないぞ、と思ってRenatoさんに相談したところ、UKのポップスに寄せて、ロック感を活かしたままハイブリッドに仕上げてくださって。僕が想像できていなかったサウンドに完成したので、すごく助けられました。

——歌詞はgbさんとのコライトとなっていますが、いかがでしたか?

最初はこの曲にピンとくる歌詞が書けなくて、gbくんにコライトをお願いすることになって。歌詞を共作するのは初めての経験だったんですけど、すごく刺激になりましたね。gbくんの言葉の1行1行から、新しい楽曲の解釈やイメージが湧いてきたり。この曲は、アルバムの中でも一番苦戦した曲だったんですけれど、今までの自分にないものを、Renatoさんやgbくんの力を借りて一曲にまとめることができました。木材をちゃんと板にしてくれたような感じで。

 
——「Wake Me Up」は前向きなエナジーにあふれた一曲ですね。

これも「Strawberry Girl」と同じく瞬発的に出来た曲です。アルバム制作の終盤には、週に1曲くらいのペースで楽曲制作をしていて、その流れで今年の年明けくらいに作りました。トム・ミッシュとFKJがコラボした「Losing My Way」の、それだけで聴いてられるようなカッコいいリフを作りたくなって。ベースやギターを持って遊びながらMIDIキーボードで打ち込んでいたら、その日の夜にほぼ完成したんですよね。リリースできるかどうかは考えてなくて。

——なるほど。そうした感性に従って出来上がったのが明るいバイブスに満ちた曲というのは、Murakamiさんの人間性が表れてるのかもしれませんね。

そうですね、陽気な生き物だと思います(笑)。傷付きやすいところもあるけれど、愛を注いで生きていきたいと思っているので。

——一転、7曲目「Wonder」はアルバムの中でもとりわけ抽象的で、シリアスな世界観が印象的です。

「Wonder」はマイケル・ジャクソンについて歌っています。僕も大好きですし、ミュージシャンやダンサー、裏方も含めて、ステージを作る人なら誰でも影響を受けてるじゃないですか。それだけ偉大なぶん、僕らに見えていない影の部分もたくさんあるんだろうなと思って。その裏側に何かを秘めているところを、地球に対して同じ面しか見せない月のイメージと重ねています。ムーンウォークもかけて。

——「Wake Me Up」と「Wonder」の2曲からは、村上さんご自身の裏と表も感じられます。

今までももちろんですが、特に今作の9曲では、僕の口から出る言葉に嘘がないようにしたいと思ってました。どの曲もMurakami Keisukeですと言える言葉を選んでいますね。

——嘘のなさといえば、9曲目「Two Souls」は本作の中で最も日常に近い親近感を覚えました。

「Two Souls」には、愛だったり、幸福だったり、儚さだったり、日常の中に転がっている色んな感情をギュッと詰め込んでいます。感情をそのまま言葉にしても伝わりづらいから、ある場面を切り取って、その時に沸いてくる感情を共有するというか。

——サウンド面ではレゲエのテイストを感じさせますが、このアイデアはMurakamiさん発案なのでしょうか?

どうだったかな……Renatoさんと楽曲制作をしていて、レイドバックするサビ後半のメロディーができた瞬間に、レゲエの要素を入れようってお互いに感じたんだと思います。Renatoさんは普段、あまりレイドバックしたがらない人なんですけど(笑)、そんな彼がそう考えるくらいだから、それがこの曲のキーなんだろうなと。Renatoさんが僕によく薦めてくれるブラジルのドラマーの音源って、ハイハットは前にいるのにスネアはレイドバックしてるみたいな、前のめりな独特のグルーヴがあるんですよね。「Two Souls」にはそういったフィールが活きてると思います。

——ダブ・リミックスなんかも映えそうですよね。

ですよね! 僕も聴いてみたい。

——リミックスといえば、8曲目の「Midnight Train」は6月に7インチレコードでもリリースされ、DJ HASEBEさんによるsummer disco remix ver.が収録されました。

そうなんです。HASEBEさんが「Midnight Train」を自身のプレイリストで取り上げてくださっていたので、お願いして。他のアーティストに楽曲をリミックスしてもらうのが初の経験だったので、すごく嬉しかったです。一つの楽曲の捉え方が人によってこんなにも違うんだと知って、いつもとは異なる側面のクリエイティビティが刺激されましたね。

 
 
チーム一丸となって切った新たなスタート

——アルバム全体では、グローバルな現行ソウル/R&Bのトレンドにも目配せしながら、スタンダードで普遍的な良さも内包されてるように感じます。トレンドにキャッチアップしようという意識はあるのでしょうか。

トレンドはやっぱり意識しますね。マイルス・デイヴィスがそうだったように、常に新しいことをやっている人が生き残っていくし、リスナーを楽しませる音楽を作り続けられると思うので。いち音楽ファンとして、「今はこういうサウンドがテンション上がるよね」という気持ちは大切にしています。ただ、トレンドを追いかけすぎてMurakami Keisukeじゃなくてなってしまわないようにブレーキはかけますね。例えば、サウンド面では音がパキッとしすぎない、真空管のようなオールディーズな気持ちよさは重視しています。

——日本のポップスでは、音圧が硬くなりすぎてしまうこともありますからね。

そうすると、長時間聴けなくなってしまうんですよね。今回のアルバムでは、サウンドだけではなく曲の長さも含めて、繰り返し聴けるかどうかという点も考えています。ちょっと短いんじゃないか? という曲もあるんですが、「でもこの方がMurakamiくんも繰り返し聴きたくなるでしょ?」「確かに」なんて会話をRenatoさんとしながら、これが正解だろうと。

——なるほど。楽曲以外の面では、久米井大輔(Dexture)さんが担当されたアートワークも、アルバムのイメージに合っていますよね。

久米井さんは、見た目や性格、ファッションも含めてポップで個性的な人で。今回のアートワークも、とても久米井さんらしいなと思います。上から流れていく色使いが、時の流れを感じさせてくれたり……僕が抽象的に表現した9曲を、抽象的なままヴィジュアルに落とし込んでくれたので、すごく好きなジャケット・アートです。

——ブラウンアイド・ソウルを掲げ始めた2022年10月の先行シングル「Midnight Train」以降は、楽曲だけでなくアートワークもグッと洗練された印象です。

コンセプトも決まって、楽曲も出来たタイミングで、もう一度新たにスタートを切ろうという思いがチーム全体にあったんです。これまではむしろスタートを切れていなかった。僕も30歳を過ぎて、やりたいことも明確に見えてきたし、それを実現する力も身に付いたし、あとはやるだけだという気持ちを、チームも理解してくれて。アートワークの方向性が変わったのも、その動きの一つです。僕はリスタートの一曲目は「Strawberry Girl」が良いと思ったんですけれど、チームで話したところ、まずは「Midnight Train」でジャブを打っておこうということになって。

——結果的に、「Midnight Train」がスマッシュ・ヒットしたことで勢いが付きましたよね。

今では英断だったと思っています。「Midnight Train」が、昔の僕をこれから向かう場所へ運んでくれたというか。それを見越してチームのみんなも考えてくれたと思うので。どうしてもMurakami Keisukeだけの視野だと狭すぎるところを、みんなでああでもないこうでもないと言い合って、参加してくれたミュージシャンやアートワークの久米井さんも含めて同じだけの熱量で取り組んでくださったので、本当に良い作品が出来ました。

 
 
自分の音楽を心から愛せるようになった

——9曲を通して聴かせていただいて、とても統一感、整合性のあるアルバムだなと思いました。ブラウンアイド・ソウルというコンセプトを掲げたMurakamiさんの、新しい名刺のような印象です。

前作ではMurakami Keisukeがどんな曲を歌うミュージシャンなのかが自身で確立できていなかったので、どうしても自分の意図していない楽曲があったし、リスナーもどんな人なのか掴めないだろうなという思いがありました。それをとにかく払拭したかったし、「僕はこういうことをやりたいんです」という姿を見てほしかった。結果、「これがMurakami Keisukeです」っていう作品を、9曲にまとめて表現できたと思います。

——今後の楽曲にも、「Murakami Keisukeっぽさ」が色付いていきそうですよね。

「っぽいよね」と言われるのってやっぱり大事ですよね。らしくないことをやると、途端に説得力が伴わなくなっちゃうし。『Water and Seeds』では今まで僕になかった「らしさ」を体現できて、やっと自分の音楽を心から愛して、「俺こういうことやってるんですよ」と言えるようになった。それがすごく幸せです。

——これからの方向性については、どのように考えていますか?

やっぱり、ブラウンアイド・ソウルというコンセプトは軸に残しつつ……残したくなくても残っちゃうというか、ソウルのエッセンスと僕は切っても切り離せないんですよね。中高生の頃からコブクロさんのファンで、黒田さんの歌が大好きなんですけど。彼もソウルを通っていたりとか、僕が聴いてきた音楽ってほとんどソウルが根底にあるものなんです。だからそのルーツは残しつつ、楽曲によって振り幅を持たせて、みんながもっと楽しめる音楽を作っていきたいですね。

——今作で形作った大枠があるので、今後はより楽曲ごとのフォーカスがクリアになる予感がしています。

そう思いますね。もう既に、次にやりたいことが具体的にイメージできています。アルバムが完成した直後は燃え尽きた感があって、しばらく家でゲームばかりしていたんですけれど(笑)、今は新しいものを作りたくてソワソワしてます。電車に乗って音楽を聴いていても、分析のモードに入っていて。新たな制作のスタートラインに立っている感覚があるので、もう少ししたら徐々に形になっていくと思います。

——では、ファンのみなさん、あるいは『Water and Seeds』で初めてMurakamiさんの音楽に触れるリスナーのみなさんにメッセージをお願いします。

『Water and Seeds』は、僕だけでなくチーム全体で魂を削って作った作品ですし、良いものが出来たという自負があります。どれもシングルのようなパワーを持った9曲なので、ぜひ好きな曲を見つけて、ライブにも来てほしいです。そして、『Water & Seeds』が口火となってこれからもっとMurakami Keisukeの音楽が広がっていくと思うので、今後の活動にも期待していてください。

 

Murakami Keisuke『Water and Seeds』

Murakami Keisuke『Water and Seeds』

 

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