ソーシャルメディアのスターがインディペンデント・アーティストとして急成長! 世界各地のバイラルチャートを席巻しているanees(アニーズ)の「Sun and Moon」に迫る
耳に残るキャッチーなメロディ、愛が溢れる詩的な歌詞が印象的なanees(アニーズ)の「Sun and Moon」は、2022年4月6日に発表されてからSpotifyで3,000万回以上再生され、日本を含む各国のバイラルチャートを席巻し爆発的なヒットを飛ばしている。それだけでなく、この曲でアニーズはフィリピンの“ビルボード・フィリピン・ソング・チャート”のトップに立った初の海外アーティストという快挙をも成し遂げた。TikTok発のインディペンデント・アーティストが続々と登場している昨今、本記事ではアニーズの「Sun and Moon」がどのようにしてバイラルヒットに至ったのか解説していく。
Anees – Sun and Moon (Official Video)
目次
anees(アニーズ)とは?
アニーズは米ワシントンDC出身、レバノン系パレスチナ人のシンガーソングライター/ラッパーだ。2021年に発表した「slip」をきっかけに、ジャスティン・ビーバーをはじめとするメジャー・アーティストから注目を浴び、急速に知名度を高めていった。ヒップホップ、ポップ、ロック、R&Bなどジャンルを問わず、歌とラップを交互に繰り返すユニークなスタイルとポジティブさ溢れる詩的な歌詞で人気を獲得してきた。ここ数年で、ソーシャルメディアのスターから世界が注目するインディペンデント・アーティストへ急成長をとげたアーティストのひとりである。
陽気なリリックと軽快な語り口で知られるアニーズは、常にポジティブなオーラを放っている“グッド・バイブス・オンリー”な存在だ。しかし、彼のアーティストとしてのキャリアは、人生のどん底から始まった。アラブ系一世の彼は、医者か弁護士になるべきだと教えられて育ち、その計画を実行すべく、弁護士を目指すために法科大学院に通っていた。学校への行き帰りには、ストレス解消のために車の中で毎日ラップのフリースタイルをしていたという。
法学博士の学位を取得後、これから弁護士としてのキャリアをスタートするという時期に、彼はうつ状態に陥ってしまった。そんな彼の心を癒したのが、ラップのフリースタイルだった。昔から音楽をやりたいと考えていたわけではなかったが、人生の目的を模索していた時期に音楽と出会い、弁護士としてのキャリアに背を向け、音楽活動をスタートした。
アニーズは、2020年頃までにソーシャルメディア上でフリースタイルラッパーとしての地位を確立し、2021年に「Slip」を発表した。「Slip」のプロモーションで Instagram Liveを配信していたところに、なんとジャスティン・ビーバーがサプライズ参加するという出来事が起きた。ジャスティンは「この曲はもっと多くの人々に聴かれるべきだ」とアニーズを大絶賛し、生配信の合計視聴者数は6万人に増え、彼のInstagramフォロワーは1時間で1万人を突破した。
子育て中のパパが幼い娘に向けたラブ・ソングとして拡散
Anees – Sun and Moon (Official Video)
2022年の4月に発表された「Sun and Moon」は、アニーズのキャリア史上最大のヒットを記録している。この曲は、アニーズが奥さんのことを想って書いたロマンティックなラブ・ソングで、サビの歌詞は以下のようになっている。
ベイビー 君は僕の太陽と月だ
君は僕のすべてだよ
可愛い子がいても 僕の時間の無駄だろう
君は僕が夢見ていた理想の女の子なんだ
君がいるから 花が咲き
君がいるから 星たちが巡り逢う
僕は何をしたんだろう
こんな幸運に恵まれるなんて…いい気分だ
クリーンで愛溢れる詩的な歌詞は、TikTokやInstagramで興味深い広がりを見せた。最初にトレンドになったのは、父親が娘に向けた親子愛を表現した動画だった。この曲をBGMにして、何万人もの子育て中の父親が我が娘への愛情を示す動画をInstagram Reelにアップロードしたのだ。#SunandMoon で検索をすると、子育て中のパパやママが赤ちゃんの我が子と一緒に写っている動画がたくさん出てくる。ほかにも、母親と娘、カップルやパートナーと共に一緒に踊っている動画もある。すべての動画に共通しているのは、「かけがえのない大切な存在への愛情表現」だということだ。アニーズが奥さんのことを想って書いた曲が、ソーシャルメディアを通じて、男女の愛に限定されない多くの人々に開かれた“愛”を表現する楽曲へと成長した。
@dadlifejason They are my sun and moon. #dadlife #daughters #onepieceluffy ♬ original sound – DadlifeJason
オープンヴァース・チャレンジ
近年TikTokでトレンドとなっている「オープン・ヴァース・チャレンジ」も、この楽曲のバイラルを後押ししている。このチャレンジは、曲の一部をユーザーに開放し、歌やラップなどを自由にのせることができるもので、バーやライブハウスで飛び入り客にマイクを開放する「オープンマイク」とよく似ている。
Sun and Moon Mashup | Open Verse TIKTOK Challenge | Unzipped Compilation
自分で綴った歌詞、歌唱力、ラップ・スキルなどを披露できるオープン・ヴァース・チャレンジは、クリエイティブな創作コミュニティを生み出している。アニーズの「Sun and Moon」に関しては、メロディラインやコーラス含めてクオリティの高いコンテンツとなっており、多くの才能が発掘されそうな勢いである。
海外アーティストとして初の快挙!ビルボード・フィリピン・ソング・チャートのトップに!
フィリピンのヒップホップ・コレクティブ:Ex Battalionの元メンバーで、現在はシンガーとして活動しているジョン・ロア(JROA)は、このチャレンジへ参加したことをきっかけに、オフィシャル・リミックスが発表された。ジョン・ロアは自身の母国語であるタガログ語で素晴らしい歌声とラップを披露しただけでなく、曲アレンジやソングライターとしての才能も見せつけた。タガログ語で歌われた「Sun and Moon」のリミックスが公式発表されたことをきっかけに、フィリピンのTikTokユーザーがリミックス曲にダンスの振り付けをつけたジェイロア・ダンス・チャレンジもトレンド入りした。
Anees – Sun and Moon Remix (ft. JROA)
ジョン・ロアとのコラボレーションは「Sun and Moon」をフィリピンでのバイラル・チャート1位獲得へと導いただけでなく、ビルボード・フィリピン・ソング・チャートのトップに立った初の海外アーティストという偉業を達成させた。
「Sun And Moon」でわかった“余白”の重要性
Sun and Moon – Anees (Pinoy Mashup)
シンプルなメロディと言葉数が少なくゆとりのある歌詞で構成される「Sun and Moon」の楽曲構成を見てみると、“余白”が重要な要素であるということが分かる。6月のWashingtonianのインタビューで、アニーズは「すべての人に開かれた音楽の作り方を、ようやく見つけた」と下記のように語っている。
「“Slip”は素晴らしい曲だけど、僕はラッパーのマインドで書いていた。できるだけ多くの言葉を詰め込もうとしていた。メロディと余白を持った曲の書き方を理解していなかったと思う。曲作りを重ねて成長するにつれて、曲のすべての隙間を埋める必要はないことを学んだ。みんな“余白”が好きなんだよ。その“余白”を自分自身で埋めることができるからね。」
引用元:Tori Bergel “Anees Is Happy for You to Tell Him What His Music Means”Washingtonian,June 1, 2022
確かに楽曲を聞いてみると、ひと工夫してアレンジしたくなるような余白が存在する。実際にオープン・バース・チャレンジの動画を見てみると、参加者に開放された小節だけでなく、楽曲のあらゆる部分にコーラスやラップの合いの手を加えている動画が多い。アニーズが曲作りの中で“余白”を残す大事さに気づけたのは、人々が交流できるアートを発信するというソーシャルメディアの特性を熟知しているからこそかもしれない。
混沌とした世界でポジティブな精神を発信するアニーズ
アニーズは「Sun And Moon」の他に、パンデミック中にうつ病との闘いやメンタルヘルスの不安定さについてオープンに語った「Neverland Fly」、セルフ・ラブとセルフ・ケアをテーマにした「Drunk On Myself」という楽曲を発表している。また、生配信で常にファンと関わりを持ち、視聴者にポジティブな言葉を投げかけ人々を励まし続けてきた。リスナーは彼の音楽だけでなく、ポジティブで陽気なアニーズの人柄にも魅了され、ファンになっているようだ。
Anees – Neverland Fly (Official Video)
Anees – Drunk On Myself (Official Video)
ロシアのウクライナ侵攻をはじめ、不安になる暗いニュースが多い昨今、かけがえのない人に向けた愛や幸せを歌った「Sun and Moon」が人々の共感を高めたのは必然のような気もする。そんな彼が音楽でやりたいことは、普段エンターテインメント業界で紹介されないような、心を揺さぶりつつも冷静でポジティブな感覚を、音楽を通じて共有することだそうだ。
「僕が音楽でやろうとしていることは、ある種の精神を広めることだ 。僕たちはみな人類規模で同じ経験をしている。それは時として相当ダークなものになる。僕の音楽は、誰でも共感できるような親しみやすいものにしたい。親しみやすいものであればあるほど、僕のメッセージはより多くの人に伝わるだろう。」
引用元:Razmig Bedirian“Anees the Rapper on new single ‘Love Is Crazy’: ‘I want my music to feel like the everyday human‘” Arts &Culture ,June 24, 2021
ソーシャルメディア発のアーティストが続々と登場するなか、アニーズのようにインディペンデントで活動するアーティストは今後も増えていくことだろう。彼らの音楽キャリアが一瞬で終わるのか、長期的なキャリアを築けるのかは分からないが、彼らがどのようにしてバイラルを生んだのかを見てみると、インディペンデントで活動するアーティストにも、参考になる多くのヒントが見つかるだろう。「音楽は癒し」であると信じるアーティスト、アニーズの今後に期待が高まるばかりだ。
images via anees epk