2021.3.14
“Type Beat(タイプビート)”という言葉を聞いたことがあるでしょうか?音楽の歴史、特にヒップホップの世界において大きな変化をもたらしたタイプビートは、日本でもアーティストはもちろん、ある程度の音楽ファンであればもはや周知のものとなりました。ですが、例えば同じビート/トラックの曲が同時期にバイラルするなど、誰でも楽曲をリリースできるようになったからこそ様々なケースが起きている昨今、改めてタイプビートに関する的確な知識が必要となっています。そこで今回は、日本初のタイプビートの制作および販売とリースに特化したプロデューサー集団であるMCKNSY (マッキンゼー)に、タイプビートについて、そしてタイプビートを使用した楽曲をリリースする際の注意点について解説していただきます。
目次
1. はじめに
2019年に全米シングル・チャートの史上最長19週連続1位を獲得した、Lil Nas Xの「Old Town Road」をはじめ、有名無名を問わずにアーティストがタイプビートを使用した楽曲をリリースすることが一般的になりました。
日本でもタイプビートを活用するアーティストが増え、“話題のあの曲はタイプビートを使っていた”といった事例も見受けられるようになりました。
タイプビートのおかげで、プロデューサーとコネクションがないアーティストでもクオリティーの高いビートをオンラインで簡単に購入できるようになりました。
ですが、タイプビートを使用することに不安を感じている方もいると思います。今回はアーティストが実際にタイプビートを使った楽曲をリリースする上で気をつけるべきポイントをご紹介いたします。
2. Type Beat(タイプビート)とは?
タイプビートとは「〇〇っぽいビート」という意味です。例えば「Juice WRLD Type Beat」は「Juice WRLDっぽいビート」という意味です。
YouTube上にはこの様な人気アーティストのサウンドに似たタイプビートが無数にアップロードされており、これらの音源と使用権はBeatStarsやAirbitといったビート販売サイトを通じて簡単に購入することができます。
ビートを買い取るのではなく、使用権をリースするこのビジネスモデルは“ビートリーシングビジネス”と呼ばれ、ヒップホップ業界に革命を起こしました。これによりアーティストは煩わしい交渉をせずに、気軽に好きなビートを低価格で借りられるようになりました。
タイプビートについて、詳しくはこちらの記事をご覧ください。
3. タイプビートを使用した楽曲を音楽ストリーミングサービスで配信してもいいの?
タイプビートのライセンスを購入すれば、使用した楽曲をApple MusicやSpotifyなどの音楽ストリーミングサービスで配信することができます。
ただし、タイプビートのラインセンスには使用制限や禁止事項があります。ここではタイプビートの購入時、楽曲のリリース時、そしてリリース後に気をつけるべきことをご紹介いたします。
4. 購入時に注意すること
(1) 音源ファイルのフォーマット
楽曲を制作する際には必ずCD以上の音質のWAVファイルを使用しましょう。
値段が安いからといってMP3を使用すると、せっかくの楽曲の音質が台無しになってしまいます。必ずWAVファイルの含まれるライセンスを購入しましょう。
また、ステム付きのライセンスを購入すれば、ビートの各パートの個別音声ファイルを入手でき、アレンジやミックスを好みに調整する事ができます。
音源ファイルの違い
- MP3:低音質
- WAV:高音質
- Stems:各パートのマルチトラック音声
また、フリービートと呼ばれるビート販売サイトで無料ダウンロードできるMP3を商用利用することは禁止されているケースがほとんどです。リリースする際には必ず正規購入した音源を使用しましょう。
YouTubeの動画タイトルに「FREE」と謳われているビートであっても決してフリーライセンスという意味ではないので注意しましょう。
(2) ライセンス
ビート販売サイトには様々な価格のライセンスオプションが用意されているので用途にあったライセンスを購入しましょう。
各ライセンスの使用用途
- Non-Exclusive MP3 License: デモ作り
- Non-Exclusive WAV License: 現状のアレンジとサウンドのままビートを使用したい場合
- Non-Exclusive Stems License: アレンジやミックスを調整してビートを使用したい場合
- Non-Exclusive Unlimited License: 使用制限を気にせずにビートを使用したい場合
- Exclusive License: 今後独占的ににビートを使用したい場合
各ライセンスの価格や規約(契約)は販売者ごとに異なりますので購入前に必ず内容を確認しましょう。
不明な点があれば、ビート販売サイトのDM機能やSNSを使って販売者に問い合わせてみましょう。購入の意思を示せば、ほとんどのプロデューサーは返事をくれるはずです。
その際にいい加減な対応をするようなプロデューサーとは、今後プロフェッショナルな関係を築くことは難しいので、購入は避けたほうが賢明です。
タイプビートの購入方法について、詳しくはこちらの動画をご覧ください。
5. リリース時に気をつけること
(1) クレジットの書き方・扱い方
楽曲をリリースする際には、タイプビートのプロデューサーも他の制作関係者と同様にクレジットする必要があります。
多くのオンラインプロデューサーが使用しているBeatStarsのデフォルトのライセンス規約には、ライセンシー(購入者)は、プロデューサーが「プロデューサー」としてクレジットされるよう最善の努力をするものとし、適切な制作と作曲のクレジットをプロデューサーに与えるものとするとあります。
8. Credit: Licensee shall have the right to use and permit others to use Producer’s approved name,approved likeness, and other approved identification and approved biographical material concerning the Producer solely for purposes of trade and otherwise without restriction solely in connection with the New Song recorded hereunder. Licensee shall use best efforts to have Producer credited as a “producer” and shall give Producer appropriate production and songwriting credit on all compact discs, record, music video, and digital labels or any other record configuration manufactured which is now known or created in the future that embodies the New Song created hereunder and on all cover liner notes, any records containing the New Song and on the front and/or back cover of any album listing the New Song and other musician credits.
(BeatStars: Non-Exclusive License デフォルト規約より)
※注意:BeatStarsのライセンス規約は販売者がカスタマイズすることができるので、販売者ごとに内容が異なります。
ですので、タイプビートを使用していることを知られたくないといった理由でプロデューサー名を伏せるような行為は規約違反にあたります。
また、日本の音楽業界ではトラックの制作者は編曲者として扱われがちですが、海外のヒップホップやダンス音楽業界ではトラックメーカーは作曲者としてクレジットされるケースが多いです。
個人的には、ビートがきっかけで楽曲が生まれた場合はトラックメーカーを作曲者のクレジットに含めるのが妥当だと考えています。ですが、作曲におけるトラックの貢献度はケースバイケースですので、実態に即した適切な書き方・扱い方をしましょう。
時折タイプビートを使用した場合、楽曲タイトルに「Prod. 〇〇」と表記する必要があると勘違いをされている方を見かけますが、楽曲タイトルにプロデューサー名をクレジットする必要はありません。
基本的に音楽ストリーミングサービス、Apple MusicやSpotifyなどのスタイルガイドでは、楽曲タイトルに直接「Prod. 」等の表記がそもそも記載できない仕様となっているようです。
(2) Content ID
オンラインプロデューサーの立場から、リリース時にアーティストに最も気をつけて欲しいことは、独占使用権を購入しない限りタイプビートを使用した楽曲をYouTubeのContent IDに登録してはいけないという点です。
BeatStarsのNon-Esclusive Licenseのデフォルトの規約は、タイプビートを使用した楽曲をYouTubeのContent ID等のいかなる自動識別システムに登録することを強く禁じています。
e. THE LICENSEE IS EXPRESSLY PROHIBITED FROM REGISTERING THE BEAT AND/OR NEW SONG WITH ANY CONTENT IDENTIFICATION SYSTEM, SERVICE PROVIDER, MUSIC DISTRIBUTOR, RECORD LABEL OR DIGITAL AGGREGATOR (for example TuneCore or CDBaby, and any other provider of user-generated content identification services).
(BeatStars: Non-Exclusive License デフォルト規約より)
※参考:YouTube コンテンツ収益化サービスとは?
タイプビートを使用した楽曲をContents IDに登録してしまうと、YouTube上のプロデューサーのオリジナルのビート動画や、同じビートを使用した他のアーティストのミュージックビデオなどが著作権侵害の申し立てを受けてしまいます。
著作権侵害の申し立てを受けてもその動画が削除されることは稀ですが、ビートを作ってくれたプロデューサーや他のアーティストたちに迷惑をかけないためにもタイプビートを使用した楽曲はContent IDなどの自動識別システムに登録しないようにしましょう。
(3) 著作権
覚えていただきたいのは、タイプビートを購入したからといって購入者にビートの著作権が譲渡されるわけではないという点です。タイプビートはあくまでビートの使用権のリースであり、買い取りとは違います。
BeatStarsではExclusive Licenseを購入する際には、購入希望価格とプロデューサーに分配するPublishing Royalties(音楽出版者取分)の割合を提示して価格交渉を行う仕組みになっています。
ですので、音楽出版社が関わるようなリリースの場合は、タイプビートを使う場合であってもプロデューサーと著作権契約を結ぶ必要があります。
ここが理解できないという方は「レコード会社からリリースするときには担当者からプロデューサーに連絡してもらう必要がある」くらいに覚えておいていただければ十分です。
このような海外プロデューサーとの契約の煩わしさから、日本のレーベルが国内のトラックメーカーに海外のタイプビートをリファレンスに「タイプビートのタイプビート」の制作を依頼するといったケースもあります。
また、タイプビートを販売しているプロデューサーが著作権管理団体(ASCAP、BMI、JASRACなど)と契約していないことも少なくないため、一部の印税は未回収のまま「Black Box Royalties」と呼ばれる放置された状態になってしまっているケースもあります。
6. リリース後に気をつけること
(1) 楽曲の再生回数がライセンスの使用制限を超えてしまった場合
タイプビートの非独占使用権には楽曲の再生回数に制限がある場合があります。
もしリリースした楽曲の再生回数が使用制限を超えてしまった場合は、同じライセンスを再購入してリースを更新するか、使用制限のないUnlimitedまたはExclusiveライセンスにアップグレードする必要があります。
楽曲が著しくヒットでもしないかぎり、個人で活動されてるアーティストにいきなりプロデューサーからライセンス更新の催促が来るようなことは考えにくいですが、楽曲の共同制作者であるプロデューサーを尊重し、使用制限を超えた場合は速やかにライセンスの更新を行いましょう。
(2) ビート被り
一般の音楽リスナーにはまだタイプビートは認知されていないために、ビート被りによるパクリ疑惑や炎上にアーティストが巻き込まれてしまうケースがあります。
複数のアーティストにビートの使用権をリースするというビートリーシングビジネスの構造上、タイプビートを使用する限り他のアーティストとビートが被る可能性があります。
たとえ独占使用権を購入しても、それ以前に他のアーティストが同じビートの非独占使用権を購入していた場合、その過去の購入者の権利は存続するため、ビートが被ってしまう可能性は残ります。
もし独占使用権の購入の際にビート被りが心配な場合は、販売者にそのビートが過去に購入されているか問い合わせることをおすすめします。
タイプビートの使用によるビート被りがきっかけのパクリ疑惑や炎上に罪のないアーティストたちが巻き込まれてしまう光景には心が痛みますが、大衆の理解を得るにはしばらく時間がかかるでしょう。それぞれのアーティストが同じビートでいかに個性を出しているかといった違いを楽しめるような風土が根付くことを願っています。
MCKNSYは日本でのタイプビートの啓蒙活動に今後も力を入れてまいりますので、この記事をシェアしていただくなどといったかたちで応援していただけると嬉しいです。
7. まとめ
タイプビートを使用した楽曲をリリースする際にアーティストが気をつけるべきポイントをご紹介いたしました。「使用制限」や「禁止事項」といった言葉で萎縮させてしまったらそれは本意ではありません。
より多くのアーティストが気軽にタイプビートを使用して楽曲をどんどんリリースしていって欲しいというのが多くのオンラインプロデューサーの願いです。
ビートストアの画面の向こう側にいるのは、頭の固い弁護士や怖い警察官ではなく、この記事の読者のような、インディペンデントな音楽活動を志すクリエイター仲間です。
お互いにリスペクトを持って、今回紹介した最低限のルールを守れば、裁判を起こされたり、トラブルに巻き込まれることはまずないでしょう。
もしもインディペンデントアーティストが困ったときの駆け込み寺として、音楽家に無料法律相談サービスを提供するMusic Lawyer Collective「Law and Theory」といったものもあります。
※Law and Theoryによる連載「アーティストのための法と理論」
正当な対価を払い真摯に対応すれば、オンラインプロデューサーの多くはきっとアーティスト活動の心強い味方になってくれるはずです。
TuneCore Japanには配信からの収益が自動で分配できるSplit機能があるので、国内のプロデューサーとコラボレーションをする際には比率を決めて配信からの収益を分配するなどといった方法でお互いをサポートすることもできます。
MCKNSYでは海外のオンラインプロデューサーとは違い日本語でのサポートはもちろん、全てのライセンスに再生回数制限がありませんので、より気軽にビートをご使用いただけます。さらに、MCKNSYのビートを使用した楽曲に限り格安でミキシングも承ります。
英語が苦手でBeatStarsでの購入方法がわからない、クレジットカードがないためオンライン決済ができないといった場合は、ご連絡いただければ、ご希望の方法でビートをご購入いただけるように個別で対応させていただきます。
この記事を参考にタイプビートを使用した楽曲のリリースにチャレンジしたいと思う方が増えれば嬉しいです。
参考文献:
BeatStars Help Center – What can I do with a Free download?
BeatStars Help Center – How do I receive publishing royalties and know when someone exceeds their contract terms?
TuneCore – WHAT IS THE DIFFERENCE BETWEEN THE WRITER’S SHARE AND PUBLISHER’S SHARE?
TuneCore – WHAT IS THE DIFFERENCE BETWEEN MUSIC DISTRIBUTION AND PUBLISHING ADMINISTRATION?
YouTube ヘルプ – Content ID の申し立てとは
JASRAC – 使用料が作詞者、作曲者、音楽出版者に届くまで
Songtrust – Black Box Royalties
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[2021年10月22日 編集部追記]
本稿を執筆したMCKNSYの森代表に出演いただいたTHE MAGAZINEのポッドキャストエピソードも公開されているのであわせてお楽しみください!
https://anchor.fm/the-magazine-talk