【連載】アーティストのための英語コミュニケーション Vol.2 – リリックの英訳
シンガーソングライター / 油彩画家 / 通訳・翻訳家のRie fuが、アーティスト自身の目線でアーティスト活動に役立つ英語コミュニケーションについて解説・紹介する連載『アーティストのための英語コミュニケーション – English Communication for Artists』。
第2回目となる今回のテーマは、歌詞の英訳です。最近では、海外のリスナーにも歌の内容を伝えるために歌詞を英訳したり、英語バージョンをリリースする日本人アーティストが増えてきています。また、歌詞検索サイトや映像配信サービスなどでも、歌詞の翻訳の需要が高くなってきています。私も以前、ラップバトル番組の映像翻訳を手がけ、フリースタイルラップに日本語字幕をつけるという難題を目の前にして頭を抱えたことがありました。今回は、その時に学んだリリック翻訳のコツから、英語詞の韻の種類まで、幅広く紹介したいと思います。
Rie fu
2004年、デビューと同時にロンドンのセントラル・セント・マーチン芸術大学で絵画を学び、アートと音楽を繋げる活動を続けている。日本国内だけでなく、アジアツアー開催など活動の拠点を広げ、2016年からはイギリスでの音楽活動をスタート。2018年、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン大学院にてSpecialized Translation(専門分野翻訳)MSc修士号を取得。「音楽、アート、英語教育」をテーマに、アメリカ、シンガポール、イギリスに住んできた海外経験や、自らの音楽体験を織り交ぜた唯一無二の活動を展開。
https://linktr.ee/Riefu
https://www.instagram.com/riefuofficial
https://twitter.com/riefuofficial
【連載】アーティストのための英語コミュニケーション – English Communication for Artists Vol.2
1.英詞と日本語詞の違い
リリックを訳すにあたって、まずは英語と日本語のリリックの違いについて考えてみましょう。
歌詞の歴史を調べてみると、英語の歌は、合唱やレクリエーションとして、韻やリズム、比喩など、『言葉の音の響きで遊ぶ』という役割がありました。英語圏では子どもの頃から童謡(ナーサリー・ライム)を通して、メロディーに合わせて言葉を学びます。このように英詞の特徴は、音と意味を巧妙に掛け合わせた言葉遊びなのです。
一方で日本の伝統音楽は、劇や物語をメロディーに合わせて伝える役割が重要視されてきました。そのため、日本語の歌詞は内容を伝えること、つまり『語り』とされてきた歴史があります。現代ではCMやメディアの影響で、語呂の響きや言葉のイメージも注目されるようになりましたが、それでも大半の歌謡曲の歌詞は、『共感』や『感動』など、歌詞の内容が重視される傾向があります。
日本語と英語とでは、歌詞の特徴の違いだけでなく、メロディーと合わせた時の言葉の響きにも大きな違いがあります。それは、音節の数です。日本語では、一音節一文字ですが、英語では1つのワードに一音節以上含まれています。つまり、日本語詞を英訳する場合、英語ではより多くの言葉を使って表現できるのです。
2.何のために訳すのか
歌詞を訳す目的は大きく分けて2つあります。
歌詞カードなどに日本語詞の英訳を掲載する、または同じメロディーで英語バージョンとして歌うためです。
英訳を掲載するだけならメロディーという制約を無視して訳せますが、英語バージョンの曲にする場合、うまくメロディーに合わせる必要があります。この場合、①オリジナルの歌詞の内容に忠実に訳す方法と、②直訳せずに内容をくみ取って新たな歌詞を書く方法があります。②の方が英訳の自由度が高く、メロディーと自然になじむので、自分の曲を訳す場合はこちらの方がオススメです。
また、歌いやすさや音としての響きも念頭に入れてみましょう。例えば、音節が多ければ自然と音も詰まって聴こえ、母音が多ければ伸びやかな響きになります。選んだ言葉によって歌い方も変われば、メロディーの聴こえ方も変わります。より本格的な英詞にしたければ、韻を踏んでみてもいいでしょう。韻については後ほど詳しく書いていきます。
3.英訳してみよう
では実際に英訳してみましょう。前述したように、英訳する歌詞が自分の曲の場合は必ずしも一文字ずつ忠実に訳す必要はありません。同じテーマで新たな歌詞として書き換える部分があってもいいでしょう。
はじめから1行ずつ英訳してもいいですが、個人的には、翻訳作業は『パズルを一度バラバラにしてつなぎ合わせる』ものだと思っています。そこで、個人的に歌詞を書くときによく使う方法があります。それはまず始めに『マインドマップ』を書き出すことです。歌の軸となる大きなテーマを中心に書き、そのまわりにキーワードを並べていきます(実際にマインドマップがどんなものかは、この後画像でご紹介します)。
(1)マインドマップを作ろう
まずは、日本語詞の歌の軸となるテーマを書いてみましょう。
そして、キーワードとなる歌詞のフレーズや言葉を書き出していきましょう。
次に、オンライン和英辞典などを使ってそれらの言葉を英訳していきます。ここで一番重要なポイントがあります。それは、英訳を2つ以上調べてみることです。微妙にニュアンスの違う類語をたくさん調べることで、表現の選択肢が増えるからです。その中からよりメロディーに合った言葉を見つけて、韻を踏めそうな言葉と組み合わせてみましょう。
ここでは、前回の記事でも紹介した類語(synonym)検索を活用します。
例えば、『愛』という言葉だったら、love synonymでGoogle検索すると、これらの類語表現が出てきます。
fondness, tenderness, warmth, intimacy, attachment…
より多くの英語の語彙(ごい)を習得できて、一石二鳥ですね。
これも前回の記事にも書いたことですが、調べた類語は必ず英和辞典で細かい意味を調べましょう。同じ『愛』でも、恋愛、友情、家族愛、博愛など、場合によって使う言葉が違うので、自分の表現したいニュアンスとマッチしていないと不自然に聴こえてしまうからです。
(2)韻を踏んでみよう
より本格的な英語詞に挑戦したいなら、韻を踏んでみましょう。冒頭で紹介したように、英詞の歌の特徴は、『言葉の響きで遊ぶ』ことです。韻を踏むことで言葉の響きの心地よさが加わり、より一層耳に残るフレーズになります。
オンラインツール (https://www.rhymezone.com/ など)を使って、韻を踏める言葉を検索し、マインドマップに書き足していきます。
『愛』の例でいうと、
love→dove, glove, shove…など
(3)韻律にはいくつもの種類がある
英語の韻律にはさまざまな種類がありますが、ここでは3つ紹介します。
Perfect rhyme(完全韻、または同韻)
Run/fun, hop/stopなど、母音と最後の子音が同じ単語のペアのことで、もっとも一般的な韻の踏み方です。Bearとscareのようにつづりが違っていても完全韻です。
Near rhyme (不完全韻)
曲の歌詞によく使われるのが、不完全韻です。Near/air, still/realなど、歌い方によっては韻を踏んでるように聴こえる言葉です。
Alliteration(頭韻)
頭韻は、行の頭で同じ子音で始まる単語を繰り返すことです。”she sells seashells by the seashore “のような早口言葉(tongue twister)によく見られます。
4.英訳サンプル
それでは最後に、具体的な英訳の例を見ながら、今まで紹介してきた英訳のコツをおさらいしてみましょう。
TuneCore Japanから2020年にリリースしたセルフカバーアルバム『Rie fu Classics』の収録曲は、すべて歌詞を自分で英訳した英語バージョンです。その中から、「ツキアカリ」という曲の英訳の一部を例に挙げてみます。
(日本語詞)
青い 青い 空に
月の光を灯す
淡く 甘く 重い
そんなものにとらわれて
この月明かりの下 ひとり知れず
君の名前だけを呼んでいた
いつまでも未来を探してた
この光の中に…
マインドマップ
こちらが、この曲を英訳する際に実際に作ったマインドマップです。
まずは、曲の大きなテーマ、『月明かり』を中心に書いてみました。その周りに、『サイクル』『人生の旅』『見守る』『癒し』などのキーワードをちりばめて、さらにその横に韻を踏む言葉を並べていきます。
『月』という言葉から、moon, cycle, crescent(三日月), beam(光)、などを連想し、beamと韻を踏む言葉(dream, team, cream, seem…)を並べていきます。
キーワードがそろったら、それらをパズルのように組み合わせていきます。
英詞は日本語より多くの言葉を埋められるので、日本語詞にない内容も加えてあります。
例えば、
“madness”of indigo sky (『まるで正気を失ったような』青い空に)
“Gracefully” you put on the moonlight(『優美に』月の光を灯す)
など、日本語詞の大胆なスケッチに、細部を書き込んでいくイメージです。
そして完成した英訳バージョンがこちらです。
In the madness of indigo sky
Gracefully, you put on the moonlight
Hazy and vague memories
Following me all through the night
Under the Moonshine, standing all alone
Reaching for a star of my own
I saw my destiny, a way to get home
In the radiant crescent glow
『青』(blue)の類語を調べていくうちに、より深くて暗い色合いのindigoという言葉に出会いました。月が煌々(こうこう)と輝く暗い夜空にピッタリな言葉ですね。
その次は、韻を踏んでいきます。曲の中心にあるテーマ、『月明かり』(moonlight)とnight, 『ひとり知れず』(alone)とown、homeとglowは不完全韻ですが、『オウ』の音を強調して歌うことで韻を踏んでいるように聴こえます。
実はAメロとサビ、両方で『月明かり』を表現する言葉が登場していますが、Aメロでmoonlightという言葉を使ったので、サビではmoonshineと表現してみました。
このように、リリックの英訳は他の文章の翻訳と違って、自由度が高く、類語や韻など英語の響きの楽しさに触れるきっかけにもなります。正解がないからこそ、柔軟な発想で英訳に挑戦してみましょう。
参考文献
・山崎 晶 『ポピュラー音楽の歌詞における意味内容の変化 ―音韻論とメディア論の観点から』
・Writers Write “Types of Rhymes”
・Johan Franzon,(2008) Choices in Song Translation, The Translator, 14:2, 373-399, DOI:10.1080/13556509.2008.10799263