【Of Independence Vol.2】トクマルシューゴ「何にも縛られてないからやりたい時にやりたいことを始められる」
音楽を取り巻く世界はこの数年で大きく変化した。CDはグッズのひとつとなり、代わりにサブスクとYouTubeが台頭。さらに制作から配信までをiPhoneのみで完結させるミュージシャンも登場した。そこに来て新型コロナウイルス感染症の拡大で、今度は公演の開催が困難になった。
既存のシステムは刷新を余儀なくされているが、ポジティブに捉えれば今こそ「Independence = 自主性、独立性」が重要だ。クリエイションという何もしがらみがない世界で、自分が楽しめるものを想像し、スマホのような手の届く範囲にある機材を使って形にして、インターネットで公開する。そうすれば、大きな資本に頼らなくても、自分の人生を世界に広げることができるからだ。
この企画【Of Independence】ではジャンルや世代を問わずインディペンテデントで活動をしているアーティストに「自分の人生とIndependence」について話してもらう。二回目は独創的な音楽性で世界的に評価されるトクマルシューゴに話を聞いた。1stアルバム『Night Piece』をニューヨークのインディレーベル・Music Relatedからリリースした経緯や、当時の金銭事情、音楽環境の変化などなど、さまざまなトピックについて話してもらった。
取材・文 : 宮崎敬太
アメリカの広さがバンド演奏の太さに反映されていた
——1stアルバム『Night Piece』はなぜニューヨークのインディレーベルからリリースしたんですか?
当時(2004年前後)はインディレーベルが少なかったので、日本には僕が作ってるような音楽を出してるところがなかったんですよ。売り込むにもどこに送ればいいかもわからなかったし。「どうしたもんかな」と思ってたら、ライブハウスでニューヨークのレーベルとつながりのある人と知り合ってデモのCD-Rを渡したんです。そしたらMusic Relatedの人が気に入ってくれて、「うちで出すよ」って連絡をメールでくれて。その人はデモのまま出したいと言ってたんですけど、リリースするならちゃんと作りたかったので、急いで作り直して送ったのを覚えてます。
——当時は今みたいに制作したデータをメールで簡単にやりとりできるような環境はなかったですよね?
そうですね。だから音源はCD-Rに焼いて郵送しました。マスタリングも向こうでやってくれて。最初は日本で流通されてなかったから、CDができてリリースされてからのことは全然知らないんですよ。レーベルの人が「Pichfork(アメリカの音楽サイト)がすごく評価してるよ*」「Other Music(レコード店)で大きく展開されてるよ」と向こうの状況をメールでは教えてくれるんだけど、全然実感なかったですね。今の若い人にはわかりづらいかもしれないけど、すごく不思議な感覚でした。
*https://pitchfork.com/reviews/albums/8270-night-piece/
——メールは英語で?
はい。2年くらいアメリカに住んでいたので少し英語がわかるんですよ。
——それは留学とか?
ギターが上手くなりたくて「本場に行ってみよう」みたいな。子供の頃にピアノを習っていて、10代前半でパンクが大好きになって、ギターを弾くようになったんですね。当時の仲間内では一番上手いと言われてて、実際ちょっと自信もあったんですよ(笑)。
——なぜアメリカだったんですか?
ジャズの本場だからですね。十代の頃は70年代のパンク、ラモーンズやクラッシュから始まって80年代のニューウェーブも聴くようになって。一方で、さらに遡って60年代の音楽もチェックしてたらキング・クリムゾンやピンク・フロイドと出会いました。プログレを弾いているうちにジャズに興味が出てきてどんどんハマっていきました。あの頃の僕は深くて広い世界に飛び込んでみたかったんだと思います。
——向こうではどんな経験をしましたか?
毎日ひたすらライブを観に行ってました。主にジャズでしたけど、インディのロックバンドもたくさん。常に音楽を浴びて吸収しているような感じでした。
——日本とアメリカで何が違うと感じましたか?
演奏での音の太さかな。グルーヴ感というか、バンドの骨太さというか。最近はそこまで差を感じませんけどね。
——なぜアメリカのバンドは日本よりも音が太いのでしょうか?
アメリカってめちゃくちゃ広くて、バンドはその中をいつもぐるぐる回ってる。もちろん日本でもトップバンドはすごい数のライブをしますが、アメリカとは広さが比べ物にならないし、地域によって雰囲気も全然違うので、アメリカツアーは修行感があるというか。これは僕自身がのちに海外でたくさんツアーをやって実感したんですが、ツアー中のバンドが出す音ってものすごいんです。一回こっきりの公演では出せない強さがある。
——お客さんの前で何回も何回も一緒に演奏していると、メンバー個々の技術力はもちろん、バンドの呼吸も合ってきてすごい演奏ができるようになる、ということですね。
ですね。高校の頃にGELLERSを結成して、高円寺や下北沢のライブハウスに出てたんですけど、周りにいたのは多くても週に1回ライブするバンドばかりでした。だからアメリカに行った時はショックを受けましたね。無名でも演奏力が段違いなんです。特に僕はアメリカの小さいライブハウスに通っていたので、音の違いをより生々しく実感しました。
——ではアメリカのレーベルからリリースすること自体にそこまで違和感はなかった?
いやいやそんなことはないですよ。アメリカには単純にギターが上手くなりたいという気持ちで行ってて、活動そのものは日本でやろうと思ってましたから。帰国した後、メジャーレーベル主催のオーディションにもいっぱい応募しました。
——オーディションにはあまりひっかからなかった?
実は全部引っかかってたんです(笑)。でも「女の子がヴォーカルでユニットを組まないか?」とかそういう話が多かったですね。アーティストではなく、ギタリストとして見られたんだと思います。でもあの頃はまだ若かったので、経済的な成功よりも自分の音楽を表現したい気持ちのほうが強かったんです。
制作が自分一人で完結してたから音楽一本で食べていけた
——『Night Piece』はどうやって日本流通させたんですか?
手当たり次第いろんなところにCDを送りました。そしたら「map」という当時ヨ・ラ・テンゴのファンジンなどを作ってた人たちが反応してくれて。それがCompare Notesというレーベルでした。流通の取り次ぎをしてくれるということで、完パケのCDは僕が用意して納品しなきゃいけなかったんです。それでニューヨークからアルバムを取り寄せたら、CDとブックレットがバルクで送られてきて。
——バルクって部品ごとに販売されてるやつですよね?工場直送みたいな。
まさにそういう感じですね。CDも大型家電量販店で一山いくらで売られてるCD-Rみたいな状態でした。切られる前のバームクーヘンというか。しかも「プラスチックケースは自分で買って」って(笑)。最初期のCDは、自分で買ってきたケースにCDとブックレットを入れて、ビニール閉じもしてCompare Notesに送ってましたね。
——内職ですね。
完全に(笑)。だけどやっぱり自分のアルバムがタワーレコードの棚に並んでるのは嬉しかった。嬉しすぎて自分で買いましたもん(笑)。あと店員さんに「トクマルシューゴのアルバムありますか?」ってあえて聞いたり。なかったら取り寄せてもらって。当時のタワレコはお客さんがどういうCDを欲しがってるか敏感で、そういう現場の問い合わせもバイヤーさんたちにも届いてたらしいんですよ。
——確かに当時のタワレコは国内外のすごくマニアックなアーティストのアルバムも買えるイメージでした。トクマルさんもそんな草の根プロモーションをしてた時期があるんですね。
はい。単純に一枚でも多くCDを売りたかったし。
——その時期は生活のための収入はどのように得ていたんですか?
アメリカから帰ってきてからは近所にあるビデオ屋さんでバイトしてました。タバコを吸ってもいいし、映画も見放題だし(笑)。あとCMの仕事をちょこちょこいただけるようになっていたので、それとたまにライブをやってギリギリ生活できるような感じでしたね。
——音楽一本で生活できるようになったのはいつ頃からですか?
翌年に2ndアルバム『L.S.T』を出した時ですね。ヨーロッパツアーが決まったので、バイトをやめざるを得なくなって。そこからは音楽一本ですね。劇的に音楽で稼げるようになったわけじゃなく「なんとかなるかな〜」という希望的観測の下で飛び込んでみた感じかな。
——実生活の家計を意識しつつ、音楽活動をするのは大変じゃなかったですか?
全然。僕、計算が好きなんです。ライブとツアーのギャラ、たまに入るCMの仕事、物販やCDの売り上げ。それに対して自分の生活費がどれくらいか、みたいな。最初は自転車操業でしたけど、自分でイベントをやるようになって、そこからP-VINEさんに拾ってもらってからだいぶ変わったかな。P-VINEさんからは制作費がもらえたんですよ。今ではそんな特殊ではないですけど、多くのミュージシャンの場合、制作費はスタジオを借りたり、ミュージシャンを呼んだり、レコーディングの費用とかでゼロになっちゃうんですけど、僕は全部一人で完結してたからかなり制作費が浮いたんですよ(笑)。もちろんお金のために一人でやってたわけじゃないけど実際かなり助かってましたね。バンドだったらこうはいかなかったと思います。
音楽の伝え方にはいろんなパターンがあることを知っておく
——ヨーロッパツアーも基本的には一人だったんですよね?海外ツアーというと、文化などの面でいろいろハードなイメージがありますが実際はどんな感じでしたか?
フランスのレーベルが僕の作品をヨーロッパで流通していたので、そのレーベルのツアーマネージャーと、アメリカのシンガーソングライターと僕の3人でヨーロッパ中を車で回りました。でも特に困ったことはなかったかな。強いて言うなら寂しかったくらい。僕はそのツアーが初めてのヨーロッパだったのですごく感動したけど、それを誰とも共有できないっていう(笑)。
——ツアーではどんな経験を得ましたか?
例えば若いバンドの場合、日本だと自分でお客さんを集めてライブハウスでイベントをしますよね?でもヨーロッパはライブハウスではなくバーみたいな場所で演奏するんです。誰かしらは観てくれてる一方で、ガヤガヤしててうるさい。そうなると弾き語りが通用しない。だからおのずと音がデカいバンドになるんです。そんな環境の中で弾き語りで成功してるアーティストは本当に凄いんですけど。演者は自分たちに興味ないバーの客を、いかにして振り向かせるかってことを現場ですごく真剣に考えてる。その頃の僕はそういうことはスタジオ内で考えることだと思ってたんです。だからライブ会場では「このバンド良いよね!」くらいのノリでいた。でもヨーロッパの若いバンドは、良いバンドが出てたら、なんで良いのかを現場でものすごく研究してて。その姿勢にはかなり刺激を受けましたね。
——トクマルさんは『In Focus?』までは一人で完結した制作をしていたので、僕はどちらかと言うと自身の世界観を追求するタイプのミュージシャンだと思っていました。だけど、かなり早い段階で、自分の表現を相手に伝えることの重要性について考えていたんですね。
僕はスタジオなり、自室なりに引きこもってガラパゴス化した状況で音楽を延々と作ることも素晴らしいと思うんです。それとプラスアルファ、音楽を響かせる世界があって、その現場で人はどういう音楽を聴くのか。どういう状況になると人は音楽で感動するのか。しかも現場ごとに環境は違うわけで。ガラパゴスにはガラパゴスの現場があるし。ヨーロッパツアーをしたことでいろんな現場があって、状況に合わせることで新しい音楽が生まれることも学びました。
——なるほど。
同じようなことはCM、映画、舞台などの音楽制作にも言えて、それぞれの現場の音の伝え方があるんですよ。音楽の伝え方にはいろんなパターンがあるということを知っておくのは、自分の音楽を広めることに役立つし、新しいアイデアの源にもなると思います。
僕にとって音楽は衣食に近い
——新型コロナウイルス感染症の世界的な流行でライブができないことについてはどう感じていますか?
「密集」の熱狂の中で育ってきた音楽にとっては最悪な状況ですね。例えば、みんなが集まって「ワーッ」となったのがインフレ化してスタジアムロックが生まれたわけで。「密集」が成立しないこの状況では、クイーン、ボン・ジョビのようなバンドは生まれ得ない。そこは悲しいです。でももしかしたらVRを使った新しい形のスタジアムロックが生まれる可能性もあるから、まだなんとも言えない部分もあるけど。とにかく、生で演奏を聴くという素晴らしい体験自体が無くなるはずがないのでどんな形であれ安心して出来るようになりたいです。
※新型コロナウイルスの影響により中止となり形を変えて開催された『トノフォン(リモート)フェスティバル2020』のために各々が自宅等でスマホで録画したものを同時再生したライブ映像(2020年6月公開)
——トクマルさん自身は現在どのように過ごしているんですか?
僕は今外部と接触しないからこそ生まれる音楽、妄想に妄想を重ねる音楽の可能性に注目していて。ガラパゴスの極致から出てきた予想だにしない面白い音楽というか。自分でもそういうものができないかなって模索しているところですね。
※今年5月、6月には新曲「Sakiyo No Furiko」と「Canaria」を急遽配信リリース
——お話をうかがっていると、トクマルさんは常に活動の意欲にあふれているように思います。モチベーションはどのように維持してるんですか?
モチベーションかあ。僕にとって音楽は衣食に近いんですよね。
——「やるぞ!」って感じじゃなく生活のルーティンの一部、みたいな。
そうそう。アルバム制作はちょっと気合いいれて「今日はいいご飯を食べよう」くらいの感覚。だから飽きることもないし、音楽は永遠と回っていく感じがある。何回目かのタピオカブームを楽しんだり、古い服をリメイクしてもう一回着たり。音楽も何度もリバイバルしてくるけど、どこか少しずつ新しくなってて面白いと感じるのと同じかなって。
中学時代に一緒に音楽を聴いてた友達に「ダッセーな」と思われたくない
——音楽は大好きだけど、いい意味で気負いがないんですね。ちなみに2018年に全アルバムをサブスクで解禁した時もそんなバランス感だったんですか?
そうですね。自然な流れでした。実はもともと海外ではずっと配信されていたんですが、権利的なことなど整理しての再配信という形でした。僕はインターネット以前のパソコン通信の時代からパソコンに触れていたので、インターネットと共に育ってきた感覚もあって。MIDIから始まって、リアルオーディオ、その後にmp3が出てきて。当時は音質は悪すぎて聴けたもんじゃなかった(笑)。けど音質の改善と共に音楽をパソコンで聞くことにも違和感はなくなってきて。インターネットが普及してくると、CDやブート盤をアーカイブ化して、無料で公開しちゃう人たちが出てきたんですたんですよね。ファイル共有ソフトが一気に広まって、そういう文化で育まれた音楽もありましたし、みんなCDを買ったらすぐパソコンに取り込むようになってきて、いまやCDドライブさえ付かなくなって。あ、これは今後こういう聞き方になっていくな、と思いました。ただ著作権等の問題がブラックだったので、新たな線引きが生まれて、今はひとまずサブスクの形に落ち着いたところですよね。
——サブスクの浸透によって音楽の聴かれ方が変わったことについてはどう考えていますか?
CDやレコードしかなかった時代の、アルバムを聴くという文化は徐々になくなりつつありますよね。サブスクだとシークレットトラック(クレジットされてない隠し曲。CDの時代は最終曲に数秒から数分の無音を収録し、そのあと聴くことができた)みたいな遊びも成立しないと思うし。アルバムを作らないミュージシャンも出てきていますし。僕自身はアルバムをしっかり聴くのが好きだし、ミュージシャンとしてはアルバムを全部聴くことで生まれる充実感を味わってほしい気持ちもあるけど、同時にそういう新しい聴き方も音楽を成長させると思うから、個人的には今後どうなっていくかを楽しみにしています。
——めちゃめちゃポジティブな考え方ですね。
ネガティヴなことは自分の中だけで完結させるようになりました。今は嫌なことや疑問に思うことがあったら文章にして、気持ちをまとめることにします。昔は好き嫌いがはっきりしてたけど、今は嫌いなものも自分に引っかかるという意味では、逆に好きなんじゃないかっていう発想の転換ができるようになりました(笑)。だから今はすごくポジティブだと思います。
——前回の曽我部さんに取材した時にも感じたんですが、トクマルさんはとても柔軟ですね。
あー(笑)。もしかしたら曽我部さんもそうかもしれないけど、飽きっぽいんですよ。いろいろやりたいし、知りたいし。面白いと思ったことは全部やってみたいタイプというだけですよ。
——一方で揺るぎない信念も感じました。それを自分で言語化するならどういったものになりますか?
中学生の頃、一緒に音楽を聴いてた友達に僕が今作ってる音楽を聴かせて「ダッセーな」って思われたくない、くらいかな(笑)。こういうことって難しく考えようと思えばいくらでも難しくできるけど、なるべくシンプルに捉えるようにしてますね。
——では最後の質問です。トクマルさんにとっての「Independence」を教えてください。
昔はインディというと大げさに聞こえがちだったけど、僕はただやりたい時に始められることだと思うし、むしろ今はそれの方が自然な形に感じます。あれこれ考えず配信ボタンを押しちゃえばいいかなって。それでどうにもならなくてもいい。実際、大概はどうにもならないし(笑)。でも何にも縛られてないし、どうにもならなくても、好きなままだと思うし、それが「Independence」の良さだと思うんですよね。
Info
New release 「Mazume / Hora」2020年12月25日 配信リリース
各配信ストア : https://linkco.re/mC4FUYuC
今年5月と6月にかけて久々のオリジナル新曲となる「Sakiyo No Furiko」と「Canaria」を急遽配信リリースし、趣向を凝らしたそれぞれのミュージックビデオ(「Canaria」はなんと世界初の手書きアニメーションによる360°VR作品!)とともに大きな話題を提供したトクマルシューゴ。それと並行し、コロナ禍における新しい音楽の楽しみ方を模索した「TONOFON(REMOTE)FESTIVAL」を主催するなど、新たな挑戦を続ける彼による、待望となる新曲。
「MAZUME」は、ガットギター、アコ―スティックギター、エレキギター、ラップスティールギター、チェロと、めくるめく展開のもと様々な弦楽器が音を繋いでいくメロディアスな楽曲。トクマルシューゴならではの一筋縄ではいかないポップセンスと卓越したプレイが融合しつつもどこか穏やかさを感じさせるその曲調は、真冬の部屋にささやかな暖を灯すような魅力に溢れている。
「Hora」は、「架空のバンド」を想定して作られた、印象的なリフレインを伴った楽曲。こちらも弾けるようなポップさが魅力だが、ロック/ポップからトライバルな要素まで股にかけるような強烈なリズムとドライブしまくる演奏は圧巻(リードギターはトクマル主宰のトノフォンからデビュー・アルバムをリリースしている田中ヤコブ)。チャールズ・ブコウスキーへのオマージュ(!)も織り込んだという新境地のリリックも、楽曲との摩訶不思議なマッチを魅せる。
【NEWS】本日発売!!!
『トクマルシューゴ / Mazume』
ミュージックビデオ公開
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— トクマルシューゴ (@shugotokumaru) December 24, 2020