starRoインタビュー 音楽家のメンタルケア、国内音楽シーンのスクラップ&ビルド ― グローバルに活動するグラミーノミネートアーティストが後の世代に伝えたいこと

2019.6.20


【Interview】starRo  |  音楽家のメンタルケア、国内音楽シーンのスクラップ&ビルド ― グローバルに活動するグラミーノミネートアーティストが後の世代に伝えたいこと

UPROXX曰く、「恐らく、本当の意味でグラミーにノミネートされた最初のSoundCloud発プロデューサー」と、当初からインディペンデントなスタンスで実直に音楽に向き合ってきたstarRo。サンクラユーザーには、starRoのクリエイティブはいたるところに使用されているので、もはやおなじみだろう。SOULECTION所属、グラミー候補など、その経歴は一見華やかだが、そこには一人のアーティストとして、音楽を作る全ての人間と等しく、深い苦悩の連続があった。世界のトップとインディーズ、どちらのシーンにも深くコミットしたアーティストが苦悩を越えた先に見た景色、これからのアーティストに伝えていきたいこととは。

 

東京へ拠点を構えた理由

——まず、今年から東京にも拠点を構えられましたが、その経緯というのは?

今LAは物価がめちゃめちゃ上がってて、そもそもの生活環境としてどうなんだろうという部分があって。今まではそれだけ物価が高くても、アーティストとしてそこで生活するだけの価値がある場所だったと思うんです。それこそ、アーティストはNYからどんどんLAに移ってきてますし、もはや世界で1、2を争う音楽都市になっている。ただ、僕にとってはですけど、音楽を作るにおいて物価を含め色々な面を我慢してまで居続けるほどのメリットや良いインスピレーションを今や感じられなくなったというか。だから別にもういいかなと。13年も住みましたし(笑)。

最近LAが盛り上がっている背景には、インディーズシーンよりもメジャーの音楽関連のビジネスカンパニーが本社を構えたり、インフラが整備されたりという面も大きいんです。そういう動きを感じながら自分自身を見つめ直してみると、僕の根っからのインディーズマインドにマッチするのは、そういう世界的に確立された街よりも、もっとアップカミングなところなんじゃないかなと。できあがってしまったところよりも「これから盛り上がるだろうな」っていう方が面白く感じるんですよ。5〜6年前まではLAにもそういう雰囲気があったんですけど、今はもうなくなってしまってて。それで、なんかつまらないと感じはじめた頃に東京に帰る機会が増えて、最近の東京の音楽的な面白さを感じて。

なぜ面白く感じたかというと、今日本でもやっとパラダイムシフトが起きてるじゃないですか。CDを軸としたエコシステムが崩れるにともなって、面白いインディーズアーティストがどんどん出てきている。特に若いアーティストにとって、選択肢がCDだけじゃなくなったというのは単に流通経路が変わっただけではなく、これまでCDリリースをベースとした音楽シーンの権利を握っていた人たちがもうシーンをコントロールできなくなったことを意味しているんですよね。いまやアーティストは誰の指図も受けずに、自分の表現とタイミングでリリースできるようになっている。それが今まで感じられなかった東京の面白さにつながってて。グローバルな視点からしても、純粋に「何これ、面白いじゃん!東京からなの?」っていう音楽やアーティストがどんどん出てきている。だから、今の東京および日本はアップカミングだし、自分の中でマジで面白くて。物価もこっちの方が全然安いですし(笑)。

——starRoさんとしては、LAに魅力や伸びしろが感じられなくなった?

感じられないですね。もうこれ以上LAで頑張るとしたら、本当にメジャーを目指すとか、そういうことになってきちゃうんですよ。グラミーにノミネートされた後、一年間くらいその影響で色々なメジャーのライティングキャンプやセッションに放り込まれたんですけど、正直「なんかこれじゃねぇな」って(笑)。

別にマスな商業音楽やそれに関わる人をディスっているわけじゃなくて、適材適所だと思うんです。あれはあれで、そういう音楽ばっかり作っている人がいて、それができるのは本当にすごい才能で。そういう人ってマーケットが求めているものを最短距離で作るのが天才的にうまいんですよ。ただ、僕にはやっぱり無理だと思ったし、ちょっとやりたくないなと。どちらかといえば、これから盛り上がっていく場所で、みんなと楽しく音楽に接していく方がいいよねっていう。だから、グラミーにノミネートされた後の一年は、本当に苦悩の時期だったんです。

Heavy Star Movin’ (starRo Remix)

 

グローバルメジャーの現場の実態

——その時期については「何度も音楽をやめようと思った」ともおっしゃっていましたよね。

そもそも音楽の評価ってすごく分かりづらいですよね。でも、いくら数字じゃないって言っても自分の生活は音楽にかかっているわけだから、特にプロデューサーの場合は結局「稼いだ奴が一番すごい」とか「稼いでなんぼ」っていう空気があって。僕はこれまでアーティスト寄りの立場でプロデューサーをやってきたんですけど、楽曲提供のような請負い仕事が増えてくると、余計にヒットを出した人が偉いっていう感じになってくるんですよ。それで僕も「上を目指さなきゃ」って一瞬勘違いをしてしまったというか。例えば、ビヨンセの曲をプロデュースしたとか、そういう実績がないと恥ずかしいみたいな。勝手にそういうプレッシャーを感じてしまって、だんだん訳が分からなくなって「俺、才能ないのかな」とか作れば作るほど悩みが深くなって。

ヒット曲ってある意味シンプルというか、ヒットを目的に一直線に機械的に作れて、さらにその作ったものをそのまま市場に出せるというのは、さっきも言ったように一つのすごい才能なんです。タイプビートみたいのを、めちゃめちゃでかいスタジオでずっと作っている人たちがいる。それならもういっそタイプビートでいいじゃんって思うかもしれないけど(笑)。だからそういう世界なんですよね、大衆音楽、グローバルメジャーで本当に安定したお金になるのは。

でもやっぱり僕は自分のスパイスを入れたくなっちゃうんですよ。普通のカレーを作ってそれをそのまま出すっていうことが出来ない。だから僕みたいなタイプはそういうメジャーな仕事はできないんですよ。だけど、その時はそういう中に既に巻き込まれてしまっていたんで、他に色んな音楽をやっていく方法があるのに、しばらく気付くことができなかった。で、「音楽やめようかな」って本当にすごい悩んで。LA生活の最後の頃はずっとスタジオに住んで、もはや仙人みたいな暮らしをしてたんです。そういう時に、東京のシーンに触れて「あぁこれだ」と。そうやってグローバルメジャーの現場に触れて、僕の居場所ではないと分かったこと自体は良かったかもしれないです。実際そこに関わらないと理解できなかったと思うので。

——2017年に88risingに紹介された時と現在は、また違う境地にいると。

グラミーにノミネートされる前は、ただのインディーズアーティストだったわけじゃないですか。で、そういう事になって今まで話す機会もなかったような人と会ったり、ものすごく世界が広がって。かなりハイな状況だったと思うんです(笑)。だから88risingの動画が出た時、正直「俺の未来はめちゃめちゃ明るいんだ」って思った。でも一方で、その明るくなる未来って一体なんなのか、いまいちイメージできなくて。そこから一年経ってグラミーによってもたらされたものが何だったのかを考えたら、それは自分があの時に思っていたぼんやりした明るい未来じゃなくて、結局アーティストとしての自分のあり方に気づけたことだったっていう。

 
88rising – StarRo’s Grammy Nomination

88rising - StarRo's Grammy Nomination

https://www.facebook.com/watch/?v=1869019153384080

 
——自分の中で真実にたどり着けたような?

そうですね。一周した感じはありますね。

 

アーティストのメンタルケア

——先日海外で、メンタルヘルスに不調をきたすアーティストが多いというデータの話題もありましたが、starRoさんは音楽活動をする上でつきまとう不安に対し、どのように向き合っていますか?

そもそも「自分を不安にさせているものは何だろう?」ってことなんですよね。そして、それは「自分がアーティストとして周りからどう思われるのか」にたどり着くと思うんです。けっこう長く鬱状態の時期があったんですけど、なぜそうなったかというと、僕の場合、例えばツアーが続いたりすると移動の時間や待ち時間がほとんど一人なんです。バンドやチームじゃないので。そうすると、昨日のステージで失敗したことや、ふと言われた言葉とか、普段考えないことばかりが頭を巡って、どんどん落ちていくっていう。他にも、グラミーによっていろいろな環境の変化がものすごいスピードで起きたんですけど、一回そのスピードに慣れてしまうと、常に同じ早さで物事が成長していかないと、とてつもなく不安に陥るんです。SNSのフォロワーやリアクション、再生回数だったり、そういう数字で表されるもの。そういった成長スピードがちょっとでも弱まると、止まってしまったような感覚になって、どうしようもなく不安になる。

でも、ある時そういうスピードや数字、周りの声は結局自分じゃコントロールできないんだっていうことに気付いて、やっと楽になったんです。とどのつまり、ただただ音楽が好きで純粋に作りたくて作っている、そういう気持ちを大事にして音楽と向き合うことが、アーティストとして精神状態を保つ唯一の方法なんじゃないかなと思って。

アーティスト、ミュージシャンなんだから「音楽が好き」っていうのは当たり前なんだろうけど、時々「あれ??」って感じることもあって。音楽活動してて「音楽が好き」なのか、「有名になりたい」のか、果たしてどれだけのアーティストがその辺をきちんと分けて考えられてるんだろうって思うんですよね。長く音楽活動ができている人って、やっぱり「音楽が好きでたまらない」っていう人なんですよ。活動がずっと右肩上がりなんてことは絶対にあり得ないので。最終的には、そういう気持ちを持っている人じゃないとやっていけない世界なんだなと。依頼や締切なんか関係なしに、もう音楽が作りたくてたまらないっていう、シンプルにそこに正直にやればいいんだっていうのが、闇の時期から抜け出した時に分かったこと(笑)。

In The Studio With starRo

 

承認欲求と創作活動

——グラミーにノミネートされるようなアーティストでさえ、そういった葛藤を越えて、最終的に音楽への純粋な気持ちが活動の支えになっているということは、多くのアーティストにとっても希望になるでしょうね。アーティストは、承認欲求と創作のバランスを保つのも難しいでしょうし。

とはいえ僕も昔は承認欲求だらけでしたよ。音楽に限らず、サラリーマンだった頃は上司に認められたい、仕事で認められたいって思ってた。あるいは、サラリーマンなんだけど実はこんなもんじゃないって、作った曲を友達に聴かせて無理やりいいねって言わせたり(笑)。承認欲求って音楽だけじゃなくて人生全般に関わってくるんで、それといかに闘っていくかが大事だと思います。年齢関係無く、いつまでたっても承認欲求から逃れられない人もいるでしょうし、それはそれまでの人生で起きた様々な出来事に起因していることなので、コントロールが難しいんですよね。去年、音楽以外も人生の全てがうまくいかなくて、僕自身カウンセリングにも通ったんです。それで改めて自分と音楽について向き合ったんですけど、やっぱり僕も承認欲求をコントロールできてなかったなと。「自分が抱えていた問題を(承認欲求で)埋めようとしていただけだった。これじゃうまくいくわけねえじゃん」って。

例えば、あるバンドの中にやる気のないメンバーがいたとして、他のメンバーからしたら「何であいつちゃんとやらないんだ」ってなるじゃないですか。「みんなでやってるんだからちゃんと練習には来るべきだ」とか。でも結局そういう問題じゃないんですよ。何でちゃんと出来ないかって、その人には音楽を抜きにしても、どうしてもそうなってしまう何かがあるんですよ。自信がないだとかね。だから、音楽以前にまずはそこに打ち勝たないといけなくて。特に音楽はすごく不安定な職業なので、なおさらそこが重要で。そういうことを、僕の周りには言ってくれる人がいなくて。別に偉そうなことを言うつもりは全然ないんですけど、音楽活動で漠然と悩んでる人に対して、老婆心ながらこういうことは伝えていきたいなと思ってて。

——遅かれ早かれ、どのアーティストもstarRoさんのように改めて自分を振り返る時がいつか来るでしょうから、自分にとっての成功と失敗、そして自分を不安にさせていることを意識しておくことは大切かもしれないです。

幸いなことに僕はサラリーマンを長くやっていたので、色々な生き方があることを経験した上で、あえて不安定な音楽の道を選ぶことがどういうことなのか、客観的に見れてた部分はあったかもしれないです。逆に、例えば20歳でデビューして社会人としての人生が音楽だけで、ふと「何で俺こんなに不安定になっているんだろう」って気付くのはやっぱりツラいと思うんですよね。だから、僕の経験からの言葉や情報の発信が少しでも役に立てばいいなと。もちろんそれをどう受け止めるかは人それぞれだと思いますが。

 

アーティストを許容する社会構造

——その不安定さは、アーティストを許容できる社会の構造にも関係してくると思うのですが、以前、メジャー = オーバーグラウンド と インディーズ = アンダーグラウンドがある中で、海外はその中間 = ミドルグラウンドの層の厚さが日本とは全然違うとおっしゃっていましたね。

この前アメリカの小学生がLil Nas Xの「Old Town Road」を歌ったり踊ったりして盛り上がってる動画がTwitterでバズってましたけど、つまりはそういうことなんですよ。それくらい音楽が根付いている。


https://time.com/5598290/lil-nas-x-old-town-road-school-performance/

 
日本はそういう意味で音楽人口の割合が他の国に比べてまだまだ低いと感じます。人と違った音楽を聴きたいっていう音楽好きがアンダーグラウンド、みんなが聴いてる流行りの音楽を聴くのがオーバーグラウンドだとしたら、その中間の層が厚ければ厚いほど、その国に音楽が根付いているということだと思うんです。そして、その厚みがアメリカにはあるんですよね。そこが厚いから、オーバーグラウンドからはみ出ているけどかっこいい音楽をやってるアーティストも、生活できるぐらいのサポートが期待できる。日本が今そうなれてないのは、結局CDが原因だと思うんです。CDのリリースがベースにあると、そこを一部の人が握っている限りやっぱり分断されちゃう。一方で、CDというフォーマットが早々と崩れて多様なアーティストがリリースできる環境に適応した国は、さらにミドルグラウンドを広げることができているし、その結果、社会としてアーティストの許容量もでかくなっている。とはいえ悲観しているわけではなくて、やっと国内でも従来の音楽業界の枠組みが無くなってきてるので、日本的なミドルグラウンドはこれから徐々に広がっていくんだろうなと思います。

——そのアーティストが自分自身でリリースできる状況について、改めてどのように思われていますか?

僕も以前メジャーからシングルを3曲リリースしたことがあるんですけど、結局のところ「何であれ出したんだっけ?」っていうぐらい手応えがないんですよ(笑)。要はメジャーでリリースをして恩恵を受けることができる人って、ごく限られた、それこそCardi Bのようなクラス。そのレベルのアーティストじゃないと、もうほとんど意味がない。メリットといえばMVが作れることぐらい。アメリカだとラジオでのエアプレイに少し動いてくれるかもしれないとか。それ以外で、自分でできなくてレーベルにできることって何ですか?って思っちゃうくらい何もないんですよね。そういう意味で、今後レーベルが担う役割については逆に興味深いなと思っています。僕としては、「レーベルに入らないとダメだ」っていう発想をいったん無くして、まずはある程度自分たちで動くっていうスタンスでやった方がいいと思いますね。特に若いアーティストは。

——やっぱりUSはそういうマインドのアーティストが多いですか?

USはほとんどそうですね。商業的にケタ違いの一部を除けば、誰もレーベルとサインすることなんか気にしてないですよ。だって、別にそれでも音楽で食っていけますから。日本に帰ってきて本当にびっくりするのは、未だにレーベルや事務所がないとダメって思いこんでる若いアーティストが多くいること。本当に「え、大丈夫なの?」って思っちゃいます。ただ、その辺の認識も間違いなくこれから変わっていくとは思います。

 

starRoから見た現在の東京/日本のシーン

——やはり東京も活動拠点になったということで、そういう日本のシーンを改めて盛り上げていきたいという気持ちもありますか?

むしろ僕は「混ぜて」って感じで(笑)。東京に帰ってきて、多くの若いアーティストと会ったり、一緒に音楽を作ったりしてるんですけど、本当に面白いですよ。それこそデイリーレベルで面白くなってるぐらい日々驚いています。あと、海外を視野に入れていたとしても、もう「英語じゃなくてよくない?」っていうふっきれたポジティブな雰囲気も感じます。世界的にみても「日本語で歌ってるけど、いい音楽だね」って感じられるものが東京からいっぱい出てきている。これって実はかなり重要なことで。

そもそも、海外狙いだとしても、無理して英語で歌うのは違うと思ってて。海外で売れるっていうことは、そんなに単純なことじゃないんですよ。英語には英語の間合いがあって、発音は当たり前で、そこにグルーヴやいろいろな要素が兼ね備わってはじめて最初の土俵に立てる。そして、そこからいかに突出できるかということなので。最初の土俵に立てたところで海外を狙うって言っても、そんなレベルなら普通にUSの音楽を聴くよってなりますし。そんなに甘いもんではなくて。だったら、もう自分たちが一番得意な日本語でかっこいいものを作ることに専念した方がいいんじゃないかって。それがカッコよかったらそのまま海外にも届くだろうし。既に、もう日本も海外も意識しないで、自分たちがかっこいいと思うことを追求してる新しいアーティストの流れを感じています。

——ちなみに、今starRoさんが気になる日本のアーティストというのは、例えば?

Friday Night Plansは純粋に「この声質は今まで聴いたことない、気持ちいいしかっこいい」っていう、声だけで勝負できる魅力があると思います。Tepppeiさんのプロダクションも素晴らしいし。ヒップホップだと、Taeyoung BoyNormcore BoyzYENTOWNクルー、Tohjiくんもかっこいいですし、バンド系だとTempalayKing Gnuもいいですよね。本当の意味でのミクスチャーが増えはじめてる気がしてて。millennium paradeHIMIくんも。そういうアーティストに触れると、「俺も頑張ろう」ってなっちゃいます(笑)。

 
Friday Night Plans – ‘Plastic Love’ Cover Version (Original Song by Mariya Takeuchi)

「Plastic Love」各配信ストア:https://linkco.re/tqyDRXcu

 
——そのように日本語でも海外目線でかっこいいものが新しく生まれている一方で、Tyler, The Creatorが山下達郎さんの曲をとりいれたり、ブルックリンで細野晴臣さんの作品が人気があったり、新旧両方の時系列で日本の音楽が評価されている流れになっていますよね。

日本の音楽が一番かっこよかったのって80s〜90sなんですよ。バブルだったからやっぱり予算のかけ方が違ってて。今だったらいかにもっていうインディーズバンドでさえ、当時はメジャーでめっちゃ給料もらってたり(笑)。そういうことだから、その時代のメジャーアーティストの予算で作られた楽曲のクオリティってやっぱりすごいんですよ。海外には、山下達郎さんや角松敏生さんとか、あの辺の音だけを集めたWebのチャンネルもあるし、特に黒人の若い子はその辺大好きですよ。「めっちゃファンキー!」みたいな。そういう影響は今すごくありますよね。

 

境地に達してはじまった新プロジェクト “POPS研究会”

——先ほど言語の話も出ましたが、今度新しいプロジェクト POPS研究会 として出される作品ではstarRoさんご自身で、しかも日本語詞で歌われていますが、歌おうと思ったきっかけや経緯というのは?

自分がプロデュースする時に、一番疲れる部分ってコミュニケーションなんですよ。今まで色んなアーティストをプロデュースしてきましたけど、本人とのコミュニケーションがうまくまとまらなくて結局リリースに至らなかったケースもあって。そうなると、すごく消耗するんですよね。だから、毎回一緒にやるアーティストに会うたびに「仲良くできるかな」とか音楽以外の部分の心配がすごくあって(苦笑)。

——音楽のコラボは突き詰めると「人間性のコラボ」と言っていましたよね。

本当にそうなんですよ。はっきりいって音楽的な相性より、人間性の相性の方が大きいんです。それこそ最初の1曲ぐらいは、音楽の趣味とかで盛り上がるんですけど、4曲、5曲ってなってくると、音楽の相性だけじゃ済まされなくなる(笑)。もちろん、人間性があうアーティストとは今でもコラボレーションしていますけど。

 

「OMAE」各配信ストア:https://linkco.re/hdXXUSN0

 

「Moya Moya Party」各配信ストア:https://linkco.re/mQebG748

 
で、今回なんで自分で歌うようになったかというと、僕は歌が上手くないから自分で歌うことを避けていたんです。でも「自分ならこういうメロにするのにな」っていう気持ちを抱えながら共同作業するストレスを考えたら、もう自分でやってしまおうと。とにかく自分が作りたい歌を作ろうと思って。それで、いざやってみたら、あっという間にできたんです。しかも日本語詞で。出来上がった後の完結感、満足感もすごくて。今まで探していた最後のピースが見つかったというか、歌まで自分でやることで自分が作りたかった世界観を全て作れたんですよね。こうして言葉にするとなんだか簡単なんですけど、ここに辿り着くまでが本当に大変で。様々な経験を経て、今の境地に至って開き直ってやっと作れたっていう。新しいプロジェクト POPS研究会 はそういう経緯ではじまりました。

——そこではトレンドも意識せず?

一切意識していないです。もちろん普段新しい音楽も聴いているので、無意識的に入ってる部分はあるかもしれないですけど。POPS研究会 の曲を聴いた人の多くは、「いい意味で昭和感がある」って言ってくれるんですけど、それも僕的にはけっこう嬉しくて。いわゆるシティポップ的な文脈とはまた異なる昭和からのインフルエンス、メロや歌詞の感じをアップデートできているかなと。個人的には、今一番リアルな日本の音楽だと思ってます。「アメリカで流行っているから」とか「海外を意識して作りました」とかじゃなくて、僕の考える「これが日本のかっこいい音楽でしょ」っていうのを僕なりに作ったつもりです。

 

 

「Melted」各配信ストア:https://linkco.re/401QV5zT

 
——曲を作るときのインスピレーションはどういうところから得ていますか?

色々ありますけど、まずは感情ですね。あとは何だろう…例えば白いまっさらなキャンバスがあったとして、いきなりそこに何かを書き始めるって難しいと思うんですけど、赤いインクが一滴ぽたっと落ちてれば、そこから広げられるじゃないですか。そういう何かしらのきっかけはあるかな。僕、毎回同じプラグインを使うことはないんで、その日たまたま使ったプラグインのプリセットを選んで鳴った音から作りはじめることもありますし、逆に、完成形が頭にあってそれを単純にカタチにするだけのときもあります。ただ、少なくともビートから作り始めることは絶対にないですね。

——それはどうしてですか?

音楽のジャンルって、結局はビートだったりするんですよ。だから、そもそもジャンルを意識していないので「こういうビートにしよう」っていう発想にならないんですよね。僕はどっちかというと歌を作ってるつもりなので。メロやコード、音像とかが先に来て、そこにハマるものを組み上げていくという感じ。

——starRoさんぐらいになると、もはや本能の音楽作りの域とも言えると思うのですが、サラリーマン時代のロジカルな思考から、今の感覚的な思考へはどのようにシフトされてきたのでしょうか?

ある意味必然的に音楽がメインになったんですけど、気がついたらこうなってたというか。左脳的思考って使わないとびっくりするぐらい衰えていくんですよ。最近めちゃめちゃ忘れ物するし。会社員時代にプロマネやってたとは思えないぐらい(笑)。

——意識して感覚的な思考へ振り切ったタイミングがあった?

だんだんとですね。人それぞれ思考のバランスがあると思うんです。論理的な思考がベースにあるのか、逆に感性や感覚的な部分がベースにあるのか。そこにそれぞれ職業や生活、環境に応じて色んな考え方が乗っかってくる。僕はどっちかといえばもともと感覚的な人間なんですよね。だからサラリーマン時代の思考を捨てた今は「こんなに楽でいいんだ」みたいな。まぁ振り切った結果、私生活に支障をきたしてる部分もあるんですけど(笑)。でもそこはもう仕方ないかなと。大人になることも捨てちゃったし、男らしくあることも捨てたというか。ある種、動物に近くなったような。

——なかなかその境地に達するのは難しそうです(笑)。

年齢的な部分もあると思いますよ。だってもう僕は後に戻れないですもん(笑)。これが20代なら軌道修正もありますけど、もはや無理ですからね。単に後がない状況でやってるという。

 

悩みを抱えるアーティストへ

——とはいえ、starRoさんの経験や考え方、覚悟の中には、アーティスト活動を長く続けるヒントが多く含まれていますね。

まだまだ自分でリリースできることを知らない若い人もいっぱいいるじゃないですか。それってある意味すごく楽しみなことで。さっき言ったように、レーベルや事務所に所属しなきゃいけないって思ってる人がまだまだいっぱいいるし、CDベースじゃない新しい枠組みに本当に早く気付いて欲しくて。気付いたら気付いたで、多分、自分でリリースすることに伴うやるべきことの多さに圧倒されると思うんです。MV制作だったり、プロモーションだったり。「え、自分でこんなにやらなきゃいけないの?」って。一旦、そこでまずふるいにかけられると思うんです。それはもうどうしようもなくて。でも本当に音楽が心の底から好きで「自分の音楽をみんなに聴いて欲しい」って思っていたら、そんな苦労なんてなんともないはずなんですよ。だからシーンとして新しい仕組みができた今、やる気がある人とそうでない人が振り分けられるのは、僕的にはいいことだと思っていて。やる気がある人にはどんどん進んで欲しいし、TuneCoreみたいなサービスがそのやる気を具現化していく存在になっていると思うし。

——そのふるいの段階は、一度自分のアーティスト活動を振り返る良いタイミングになるかもしれないですね。アーティストのメンタルの部分も興味深いお話が伺えました。最後に、そういった部分でこれからのアーティストへアドバイスなどあれば。

結局「こうしたらうまくいく」っていうのはないんですよ。本当になくて(笑)。その「本当にない」っていうことを理解した時に、はじめて楽になると思うんです。ただ、多分これをしっかりと理解するにはすごく時間がかかることだとも思います。だからまずは、自分ができることをとにかくやり続ける。そして音楽をどれくらい好きなのか、改めて自分に問うてみるっていうことですね。そこに尽きると思います。

starRo
Twitter
Instagram
Facebook
YouTube
SoundCloud
 
POPS研究会
Twitter
Instagram
 

 

この記事の執筆者

THE MAGAZINE

国内のインディペンデントアーティストをメインに新たな音楽ムーブメントを紹介するウェブメディア