Ichika Nitoインタビュー SNS発・アメリカ経由・アジア行き — 異能のギタリストがアジアの先に見据える世界地図

2023.2.6

Ichika Nito
Ichika Nito

Instagramに投稿した演奏動画がきっかけとなって脚光を浴び、いまやInstagramのフォロワーは約80万人、YouTubeチャンネルの登録者は227万人まで達する(2023年1月時点)など、世界有数のギタリストのひとりとなったIchika Nito。これまでもアメリカなど海外での活動に注力してきた彼が2022年12月にリリースされた「COLOURS」でコラボレーションしたのは、タイの国民的アーティストTHE TOYSだった。一度きりのコラボレーションに限らず東南アジアへの進出を強めている彼は、その先に何を見ているのだろうか。

取材・文 : Shunta Ishigami
写真 : Kazuya Kashii

 
 
東南アジアへのアプローチ

——2022年12月にリリースされた新曲「COLOURS」は、タイの国民的アーティストTHE TOYSとコラボレーションしたことで話題となりました。このコラボレーションはどうやって実現したものなんでしょうか。

まず前提として、ぼくのオーディエンスの9割は英語圏の方々なので、これまでもアメリカでライブを行うなど海外を意識した活動を続けてきました。東南アジアにも多くのファンがいることは分かっていたのですが、距離も近いのにぜんぜんアプローチできていない状況が続いていて、もったいないと思っていたんです。そんな折にギタリストのCHARさんが所属されている事務所「ZICCA RECORDS」の代表を務めているNaoさんとお話したところ、Naoさんは日本人のアーティストをもっと東南アジアに向けて紹介したいとおっしゃってくれて。NaoさんがTHE TOYSを紹介してくださり、コラボレーションへとつながりました。正直、当時はタイの音楽についてぜんぜん知らなかったんですが、聴いてみたらすごくポップだしセンスもよくて、自分は世界を知らなさすぎたんだなと衝撃を受けましたね。

——「COLOURS」の制作はどのように進んでいったんでしょうか。事前にミーティングなどを重ねるものなんですか?

これまでのコラボレーションではコンセプトや雰囲気について話しながら制作を始めることが多かったのですが、今回はNaoさんが間に入ってくださったので純粋に音楽のことだけを考えながら進めていました。まずぼくがつくった30〜60秒程度のギターループのなかから気になるものをピックアップしてもらい、それをさらにブラッシュアップしてまた相手に渡す。そこからほかの要素を詰めていき、ある程度曲の形がまとまった段階で、ぼくがバンコクへ行って録音を行いました。「COLOURS」というタイトルやテーマ、歌詞についても現地で話しながら決めていったものです。今回はプロデューサーやミュージシャンなど制作スタッフのほとんどが現地の方々だったので、渡航したタイミングでMVも撮影しました。

 
——実際に会うまでほとんどコミュニケーションがなかったというのは面白いですね。

お互いのことをまったく知らない状態で制作を始めたので、かえって忖度もなく意見を言い合えた気がします。個人的にも面白いプロセスでしたね。タイのスター的存在なのでいったいどんな人なんだろうと思っていたのですが、いざ会ってみるとめちゃくちゃ謙虚だしお互いに尊敬しあえる関係性をつくれたのもうれしかったです。

——コロナ禍を経て、ようやく対面でのコミュニケーションを再開できるタイミングでもあったのかもしれません。

今回のコラボレーションも3年前から決まっていたのですが、コロナ禍によって2年間止まってしまっていたんです。それにぼくの場合はインターネット上で知り合ってコラボレーションを進めていくことがほとんどだったので、実際に現地で対面できる価値を感じさせられた気がします。



 
 
音楽に触れられる環境の差異

——レコーディング時は1週間ほどバンコクに滞在されたそうですが、バンコクの印象はいかがでしたか?

以前からIbanezというギターブランドをエンドースしているので、まずはIbanezの店舗をいくつか訪れました。タイの楽器店に行くこと自体が初めてだったのですが、めちゃくちゃ綺麗だし活気もすごかったですね。PolyCatというバンドが出演しているインディレーベル主催のフェスにも行ったんですが、ショッピングモールの屋上にある会場に3,000人くらいのお客さんが集まっていて、しかもそのほとんどが30歳以下の若者だったので驚かされました。インディバンドシーンがすごく盛り上がっているんだな、と。そのフェスはドリーミーな感じのポップスがよく流れていて、ゆるく聴ける酩酊感のあるロックが好まれていることを知れたのもよかったです。街なかやショッピングモールの中にはカジュアルでおしゃれなミュージックバーもたくさんあって、すごくいい雰囲気でした。

——リリース後は現地での反響も大きかったのでしょうか。

これまでTHE TOYSがほかのアーティストとコラボレーションすることは少なかったので、多くのメディアが取り上げてくれましたし、現地メディアからインタビューも受けました。YouTubeもやはり東南アジア圏のファンからのリアクションが大きかったですね。

——東南アジアのオーディエンスがもっと増えそうですね。日本と東南アジアで受け取られ方も異なるものなんでしょうか。

東南アジアというか、海外と日本を比べると、音楽という文化に触れてきた時間の多寡によって聴ける音楽のジャンルが増えたり減ったりするように思います。たとえばタイやアメリカ、チリといった国々に行くと街なかのいたるところで楽器を演奏している人を見かけるし、生まれたときから日常的に音楽と触れていますよね。日本ではインスト音楽が受け入れられづらいとよく言われますが、これも小さい頃から触れている音楽が少ないからだと思うんです。他方ではその特殊性によってJ-POPらしいリズムや節回しが生まれている側面もあるとは思うのですが、自分の場合は海外のファンが多いので、アメリカだけでなくタイのような東南アジア圏でももっとファンを獲得できると思えたのは大きかったですね。



 
 
加速するコラボレーション

——「COLOURS」の前にはタイのトラックメーカーNoppadon Saeaedをプロデューサーとして迎えたEP『WINDOW』を発表されていましたし、東南アジア圏のアーティストとのコラボレーションが増えている印象を受けます。しかも昨年年末にはフィリピンも訪れていたそうですね。

フィリピンでは、Clara Beninという女性シンガーとのコラボレーションを進めています。1週間ほどマニラに滞在して曲をつくったのですが、今回は彼女の曲をぼくがアレンジすることもありました。さらに今回は、現地でライブにも挑戦しましたね。ぼくはこれまでSNSやインターネットである程度名前を知られるようになってからライブなどの活動を行っていたのですが、アジアではローカルからライブを仕込んでいって50人、100人、200人……とレベルを上げていきたいと思っているんです。

——では、かなり少人数の前で演奏を?

でも、ぼくが思っていた以上にたくさんのオーディエンスが来てくれて。2つのミュージックバーで演奏したのですが、どちらもぼく自身が告知していないのに口コミだけでたくさんの人が集まってくれたんです。1からレベルを上げるつもりが、「強くてニューゲーム」みたいなことになってしまいました(笑)。

——フィリピンのオーディエンスはいかがでしたか?

ぼくの音楽は静かで切ない曲が多いので静かに聴いてくれるオーディエンスが多いんですが、フィリピンは盛り上がりがすごくて。会場に入ってギターを持った瞬間にコールが始まって、あちこちから歓声があがっていました。元気な曲をもっとつくってもいいのかなと思わされますね。

——東南アジアでの活動にもかなりポテンシャルがありそうですね。

手応えはかなりありました。2月にまたフィリピンを訪れる予定なのですが、次はキャパを抑えつつきちんと告知してライブをやってみようかなと思っています。さらに今年は5月にIbanez主催の世界ツアーを行う予定なんです。日本から韓国やインド、南アフリカなど世界中さまざまな国の店舗やライブハウスを巡ってくる予定です。3週間くらいですべての国を回るので、かなり弾丸ツアーにはなりそうなんですが……(笑)。

——コラボレーションもさらに増やしていく予定なんでしょうか。

フィリピンで次にコラボしようと思っているアーティストは決まっていて、IV of Spadesというバンドのメンバーだったギタリストと連絡をとっています。IV of Spadesは2020年に解散してしまったんですが、いまでもSpotifyで月間リスナーが430万人くらいいるマンモスバンドなんです。

——面白そうですね。国を越えたギタリスト同士の交流も盛んなんですか?

アメリカではギタリストのコミュニティが形成されているんですが、東南アジアの国を越えたつながりはなさそうな気がします。国ごとにコミュニティが分かれている印象を受けますね。こうした活動をきっかけにして、東南アジアのギターシーンがもっと活性化されたらいいな、と。多くの若者はこれまでアメリカのギターヒーローに憧れて演奏を始めていましたが、東南アジアのギターヒーローが現れるともっと面白いですよね。

 
 
文化に依存せず活動を広げるために

——東南アジアのアーティストとコラボレーションするうえでは、普段からアジア圏のアーティストをチェックすることも多いんでしょうか。

実際にコラボレーションを行う際はNaoさんから紹介していただくことも多いのですが、もちろん自分で探すこともあります。たとえばインドネシアにはメタルシーンがあって、ギタリストもすごく多いんです。Ibanezの方と話していてもインドネシアは活発だと言われますし、YouTubeやInstagramを見ていても、面白いギタリストがけっこう多くて。ぼく自身も3月までにはジャカルタに行ってみたいと思っています。

——Ichikaさんの活動もどんどん活発になりますね。やはり外に出ていく意識が高まっているんでしょうか。

コロナ禍の間に増えたファンの方々と、ようやく直接会って演奏を聴いてもらえるタイミングが来たような気がします。ぼく自身としても自分の音楽はデータではなくライブで聴いてもらいたかったし、直接聴いてもらうことで感情になにか刻まれるものがあればいいなと思っていたので、どんどんライブの機会を増やしていきたいです。

——IchikaさんはSNSでの活動が注目される機会も多いですが、あくまでも直接聴いてもらうことを重視されているんですね。今後はどのように活動を広げていこうと考えていますか?

まずはアメリカに依存しないファンベースをつくりたいと思っています。こうして東南アジアでの活動を広げていくことで、2年後くらいにはどこの国に行っても活動しやすい状態をつくれるといいな、と。ぼくは楽器ひとつでつくれる音楽を通じて人の感情を動かしたいと思っているので、聴いてもらえる人がいないとこの夢はかなわないんですよね。日本のオーディエンスだけを想定すると日本人が好きな音楽をつくらなければいけなくなってしまうし、だからといってアメリカだけに広げればいいわけでもない。どこかのカルチャーに依存しない絶対的な音楽をつくりたいし演奏したいと思っていて、もっといろいろな人に聴いてもらえるような状態をつくっていきたいです。

——多くの人に聴いてもらうという意味では、もっと有名なアーティストとコラボレーションしたり、いわゆるメジャーなシーンに出ていくという考え方もあると思うんですが、まずアジアへとフィールドを広げようとされているのが面白いですね。

ギターのインストだけを聴いてもらうのって、すごく難しいと思っているんです。だからいろいろな活動のあり方を知っておく必要があるし、YouTubeやSNSなども意識的に活用しています。たとえばYouTubeには完成度の高い映像だけを厳選するというよりは副産物のようなものやボツになったアイデアをブラッシュアップしたものもアップロードしているのですが、たくさんの音源や映像を見てもらうことで、知らずしらずのうちにIchika Nitoのスタイルを違和感なく受けいれてもらえるようになると思っていたんです。ぼくと同じようなスタイルですでに成功している人があまりいないので、本を読んだりゲームをしたり、いろいろなものから影響を受けつつ新たな手法を取り入れることも多くて。日々やりたいことも変わってしまうものではありますが、音楽をつくる理由はつねに変わっていません。自分のつくる音楽によって人の感情を動かしていくために、これからも活動を広げていけたらと思います。


Ichika Nito & THE TOYS「COLOURS」

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