日本猿インタビュー 「自己満足で終わって死ぬのが一番嫌」 ダンサブル&インテリジェントなネクストスター、覚悟の新章へ

インタビュー
2025.10.30

『ラップスタア』落選で着火した覚悟

――ラップやリリックに関しては、自分のスタイルをどのように捉えていますか?

僕は“今”にフォーカスして曲を書くことが多くて。一年前と言ってることややってることが全然違ったとしても、フレッシュなラップをするように心がけてます。トレンドを追うっていう訳ではなくて、自分のスキルやセンスをアップデートし続けて、常に新しいものにしたい。だから、最新のリリースがいつも僕の中ではベスト。ラップに関しては、声を一つの楽器だと考えて、音楽的に聴けるのかどうかを大切にしてます。タイトなラップをするように心がけてますね。

――「過程」には“俺は俺の歌詞がバイブル / あいつより5倍踏む”というラインがありますし、ライミングにはこだわりを感じます。

そうですね、こだわってます。ただ、長い韻を踏みたいっていうよりは、韻の置き方を考えながら作ってますね。1、2と踏んで3は踏まずに4で踏むとか、頭だけで踏んでいくとか。緻密に構成して、練って練って書くタイプなので時間がかかります。聴いてて気持ち良くないとダメっていうのが大前提で、あとは早いラップをするときにベロが気持ち良く当たるか当たらないか、という基準でも言葉を選んでますね。ただ、それで言いたいことを言えないっていうのは全然お門違いだと思うので、じっくり考えて。


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――8月27日にリリースされたシングル「相反/eye hand」は、「音楽と直接結びつく『耳』や『声』ではなく、『目』と『手』にフォーカスする」というコンセプト、そしてそれを同一トラックの2曲で表現しているのが興味深いですね。

最初は色んな身体の部位をリリックに盛り込もうと思ってたんですけど、作っているうちに、「音楽には目や手も絶対必要だ」っていう考えが膨らんでいって、そこに焦点を当てた結果こういう作品になりました。

――音楽は聴覚だけでなくその他の五感も駆使して味わうものだと。そこにはクラブの空気感なんかも関わってきますね。

そういうことです。だから、「eye hand」はクラブの雰囲気に寄せて、バンガーなサウンドにしてもらいました。最初は「相反」だけでリリースしようと思ったんですけど、リミックスではなくタイトルを分けた別の曲としてクラブミュージックを作れば、よりメッセージがハッキリと伝わるんじゃないかっていう発想でした。言ってることは同じでも、聴く場所や環境によって楽しみ方が増えればいいなって。「相反」は家でイヤホンを着けてリリックを追いながら聴いてほしいし、「eye hand」はクラブや車の中で爆音でかけて、ただただブチ上がってほしい。どっちも音楽の楽しみ方の一つだと思うので。


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――リリースしたばかりの新曲「2025 freestyle」についても聞かせてください。これまでも「freestyle」と名付けられている楽曲はいくつかありますが、その他の楽曲に比べてラフなテイストで制作されているのでしょうか?

「freestyle」が付いてる曲には基本的にフックがなくて、曲のコンセプトをカッチリ決めず、その時の自分の心情をそのままに歌っています。

――リリックでは、『RAPSTAR 2025』落選を受けての心境が綴られています。応募動画は現在までに約7,500いいね!・96万インプレッションを獲得しており、大きな話題を呼びました。

あんまり会ってない友達や親からも「見たで」っていう連絡が来ました。でも正直、それなりの反響が絶対に得られるっていうのは曲が出来た段階でわかってましたね。そのくらい、納得のいった曲でした。

――その自信ゆえに、落選のショックも大きかったでしょうね。

僕、今年の4月に新卒で就職したんですよ。なぜかっていうと、やっぱり音楽やるにはお金がかかると思って。で、仕事で営業先に向かっている時に『ラップスタア』落ちたっていう連絡が来て、正直受かってるだろうと思ってたから頭が真っ白になりました。「この先どうしよう」と思って、夜も眠れず。翌日、出勤するために最寄駅までは行けたけど電車に乗れなくて。「このままだとだらだらラップを続けることになっちゃいそうだな」と思って、次の日には会社に辞めるっていう話をしました。

――それが“落ちたことを知って渡した退職届”のラインですね。現状では力が及ばなかったからこそ、もっと自分に火を点ければ上に行けると思った?

はい。実際、働いていると音楽のことを考えるには時間というよりも余裕がなくて。家に帰っても、クリエイティブなマインドではなくてビジネス的な考え方が続いてしまっているっていう。それは良くないし、あとは危機感を持ちたくて。

――楽曲「154 freestyle」では“見た目はGUCCIで中身がSHEINが蔓延る日本のシーン”とラップしてますし、日本猿さんが目指しているものって、経済的な成功とはまた別にあるように感じます。

“見た目はGUCCIで中身がSHEIN”は表面だけで内容が伴ってないラッパーを皮肉ってるんですけど、僕はそれとは真逆にいると思ってるので。カッコいい人は、内側がカッコいい。

――ラッパーとして、どのような理想像を描いていますか?

ただただ良い曲を作りたいです。それも、自分だけが満足する曲じゃなくて、一人でも多くの人が良いなって思える曲。評価されへんまま自己満足で終わって死ぬのが一番嫌なんで。大衆に擦り寄るわけではなく、僕らしい曲をやってそれが色んな人に届いたら一番かな。そうやってリスナーやファンを増やして、もっと大きな会場でライブしたいですね。

――そうすれば、それこそ日本猿さんがHIPHOPに出会った時に感じた「こういう生き方してもいいんだ」という気持ちが多くの人に伝わるかもしれない。

はい。僕の生き方を一つの例としてリスナーに提示できればなと思ってます。

――「2025 freestyle」はMVも公開されていますが、どのような映像になっていますか?

Ennという映像クルーのHeuristicがディレクションしてくれて、僕の彼女でコンテンポラリーダンサーのairi nishiwakiが踊ってくれました。より僕の言いたいことが伝わるような作品になったかなと思います。普段から、音楽の解像度を高めるために視覚的な部分、「eye hand」でいう「eye」の部分は大事だと思ってますね。僕自身、曲を聴きながら映像を思い浮かべることが多くて、その想像とアーティスト自身が発信するMVの映像が違っていたり、逆に似通ってたりするのが面白くて好きなんですよ。同じくEnnのVARDYもずっと僕のMVをディレクションしてくれてて、良いものを作ってもらってます。


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この記事の執筆者
サイトウマサヒロ
1995年生まれ、フリーのライター。インタビュー、ライブレポート、コラムなど書きます。