ARuMインタビュー 1stアルバム『Still ARuM』リリース ― 自分を認めて誰かを救うために握るペンとマイク
いくら稼いでも満たされないし、いくら研ぎ澄ましても弱さばかりが己の身に突き刺さる。それでも(あるいは、だからこそ)マイクを握り続けるのがラッパー・ARuMだ。2022年に活動を本格化させると、AMEBA『RAPSTAR 2023』SELECTION CYPHERへの進出や楽曲「KATEI」がSNSで話題を呼ぶなど、着実に評価を高めてきた。そうして完成した待望の1stアルバム『Still ARuM』は、全11曲が演出抜きのドキュメンタリー。たった一人の声で言葉を繋ぎ、ARuMという人間の脆さも隠さずにその存在を証明する。話を訊くと、リリックの行間に沈む思いを掬い取るように、静かに応答してくれた。
取材・文:サイトウマサヒロ
中途半端な街の中途半端な自分を変えたHIPHOP
——HIPHOPとの出会いについて教えてください。
HIPHOPを聴いてるっていう自覚はなくて、先輩たちの溜まり場で流れてる音楽っていう感じでしたね。中学の時、同級生にはヤンキーが一人もいなかったので、一個上の悪い先輩たちの家に泊まりに行くようになって。そこで流れてるのがEXILEかHIPHOP、みたいな。そこで先輩からKOHHを教えてもらって、TSUTAYAとかでCDを借りるようになって。KOHHがいなかったら(ラップを)やってないし聴いてないと思います。「iPhone5」を聴いた時に「こんな歌詞でいいの?」みたいな衝撃を受けて。綺麗事じゃないっていうか。それからANARCHYとか、日本語ラップをどんどんディグって。KOHHとANARCHYはずっと聴いてます。
——HIPHOPに出会う前、熱中してたものってありますか?/strong>
ないっすね、マジで。ヤンキー漫画はめっちゃ読んでましたけど。『ドロップ』『デメキン』『OUT』とか。
——HIPHOPに出会って変わったことは?
HIPHOPを聴いて理解していくにつれて、自分にピッタリじゃんって感じるようになって。悪いことをしててもそれが曲になったり、マイナスがプラスになっていくから。KOHHも家庭環境が悪かったりするじゃないですか。それもあって、俺に合ってるかもって思いました。で、高校に入ってから出会ったラッパーに、「お前もやれよ」ってラップをやらされたんですよ。俺はDJとかエンジニアがやりたかったんですけど、実際にラップをやってみたらドハマりして。初めて何かに夢中になれました。
——何にも打ち込めなかった自分が。
それまでは何やっても中途半端で終わっちゃってて。「俺、何ができるんだ?」と。勉強もできないし、サッカーもやってたけど面白くないし。不良もやってはみたけど、奥まで行くにつれて無理だなって。隣で友達が急にぶん殴られて血だらけになってるのとか見ると、ここでやって行ける気しないなって。そうやって何でも中途半端に終わってしまう自分に対する劣等感はありました。地元も、田舎でもないし都会でもないし、中途半端な街だったから。
——地元の千葉・柏に対する思いは最新アルバムの収録曲「BedTownBoy」で語られていますね。僕も千葉出身なのですが、東京近郊のベッドタウンって、都心にアクセスしやすいからこそ現実的な閉塞感が漂っているような印象があります。
まさにそうですね。田舎でもないし、都会でもないから、色がないじゃないですか。何もない田舎や都会の街には、特色があるから……ないものねだりなんですけど。
——「東京に行ってやるんだ」みたいなエネルギーが湧く距離感でもないし。
近いから「東京来てやったぜ」でもなく、かといって地元にシティ感があるわけでもない。
——EP『TOKYO』は東京に対する愛憎がテーマになっていました。
なんだかんだ言って東京は憧れだし、好きな場所ですね。人も多くて活気になるし、ドラマや映画の舞台になるのも東京。でも、地元のこともちょっと好きになってきてて。離れてみると「ここはこっちの方が良い」っていうのが見えるようになって。空が広かったり、落ち着いていたり。
——そういったポジティブとネガティブの両面をリリックに落とし込むのがARuMさんらしさなのではないかと思います。先ほど家庭環境に関する話題もありましたが、楽曲「KATEI」でも語られていたハードな状況について、当時のことをお聞かせいただけますか。
正直、断片的にしか覚えてないんですよね。そのイメージをそのまま曲にしたっていう感覚です。暗くて誰もいない、汚い家の中でボーッと立ってる自分とか。一番、人生のどん底でしたよね。でも俺がそれを気にしてたかっていうと、そこまで気にしてなかったと思うんですよ。
——それが当たり前になっていたというか。
うん。そういう環境があって、気にしているわけではないけど、色んなことが重なって気持ちはどんどん沈んでいって。希望もないし、どうしようもなかった。何をどうすればいいかもわからなかったし、ただただ毎日を過ごすしかなかった。その中で『高校生ラップ選手権』とかヤンキー漫画みたいに夢中になれるものが、希望とまではいかなくても自分を支えてくれていた感覚はあります。
——当時の体験は、今の活動や曲作りにどんな影響を与えていると思いますか?
うーん。何か影響があるかというとあまりないと思います。「KATEI」を作って、そこで終わった感がある。
——楽曲制作が過去の精算になると。
そうですね。一種の消化で、モヤモヤしたら、絶対に曲を作って出しちゃう。そうすることで前に進めるっていう役割があると思います。
——なるほど。2023年には単身ニューヨークに渡りましたが、現地での体験はいかがでしたか?
とにかく、一人一人のエナジーが桁違いなんですよ。アーティストもですけど、街を歩いている人もめっちゃ生き生きしてる。ホームレスがドアを開け閉めしてチップを貰おうとしてたり、小さい子どもがお母さんと一緒に地下鉄でお菓子を売ってたり、そのハングリーさってヤバいなって。ハーレムとかに行くと、そこがHIPHOPそのものだから、「俺は本物にはなれないのかもしれない」とかも思いましたし。黒人のラッパーがこういう環境でやってきたと思うと、日本人がHIPHOPをやって本物になれるのかっていう悩みは抱きましたね。もちろん、ニューヨークでスタジオに入ってレコーディングをしたことは一つの自信にはなったんですけど、片や自信を失う場面もあって。考えさせられました。
——そこで自分なりの落とし所は見つかったのでしょうか?
日本人にしか作れないものっていうのは必ずあると思うんで。どっちがリアルとかじゃなくて、その土地ごとのHIPHOPの形があるから、僕は僕のHIPHOPを作ろうっていうのが今の結論です。
——実際、ニューヨークでのレコーディングで環境の違いを感じる点はありましたか?
DJ MUNARIさんに連絡してレコーディングをしたいって伝えたら、「ここに行け」ってブロンクスのスタジオの住所が送られてきて……画面の向こうでよく見るような光景だったから、マジかって。本場のクリエイターの前で今からラップをするぞっていう緊張感はあったし、日本では味わえない感覚でした。
——ARuMさんのリリックはストイックで内省的なところが特徴だと思いますが、どのように書き進めているのでしょうか?
そうですね、基本的には内面のことを書きます。スタジオでビートを流して、書きながら録って、っていう感じで。テーマがある曲だったら、ノートに絶対言いたいことと流れをバーっと書いて、でもノートを持ちながら録るのはダルいからまたiPhoneに打ち込む。
——不思議とラッパーはいまだに紙とペン派の人が多いですよね。
その方が頭の中と言葉が繋がってる感じがあるっていうか、ダイレクトにリリックが出てくる気がします。
——リリックを書くという行為は、ARuMさんにとってどんな意味があるのでしょう?
基本的に、リリースするために曲を作るっていうわけではなくて、もっと自然な行為というか。気持ちが溜まってきたら曲にする。そうするとスッキリします。もちろん普段考えてることしかリリックには出てこないんだけど、聴き返すと「これ、めっちゃ思ってるな」って改めて気付いたり。そうして自分の思いを消化してます。
——ビート選びにはどんなこだわりがありますか?
単純に、最初の2秒でカッコいいかどうかです。クラシカルな雰囲気のものが好きですね。
ラッパーではなく一人の人間が生んだニューアルバム『Still ARuM』
——ここからはニューアルバム『Still ARuM』の話を。まずは作品を完成させてみて率直な手応えを聞かせてください。
満足は全然してないです。まだ行ける。
——やっぱりストイックですね。
100点を付けたらそこで終わりなんで。
——アルバムの構想はいつ頃から?
1年くらい前に作ろうってことになって、いろんな曲を並べて、チームで「ここが足りないよね」「こういう曲がほしいよね」って話し合って、足りない部分を埋めていった感じですね。明確なテーマがあったわけではないけど、「ARuMがどういう人間なんだろう?」っていうのを知ってもらうことを大事にしてました。ラッパーとしてファイトポーズを取るというより、ありのままであろうと。
——これまでの集大成というよりはこれからの第一歩という感覚の方が強いですか?
そうですね。これで多くの人に届いてほしいです。
——リリックの書き方やラップのアプローチに変化はありましたか?
昔は歌詞を重視してたけど、今回は音も大事にしながら作りました。あとはあんまりありきたりなことは言わないようにしてて。「金を稼ぐ」とか……それがすべてではあるんだけど、違う言い回しを選んだり。誰とも被らないように心がけてましたね。
——それは伝わってきます。作品全体を通して、生活についてもスキルについてもノーフレックスで。ブレイク前のラッパーでもスキルを誇ることは多いけど、 ARuMさんは「借りぐらしのBBoy」で「もっと上手くなりてえラップ」とこぼしている。
昔は「俺のスキルがどうのこうの」みたいなラップをしてたこともあったんですけど……まあ、ラッパーなんだからラップ上手いのって当たり前じゃないですか(笑)。「俺、ラップ上手いぜ」って、バカみたいだなって。もっと上手い人、いっぱいいるし。普通にもっと上手くなりたいです。
——その他にも「Honne」の「悔しいのが本音 / もうこれ以上は負けたくねえ」とか、弱さを認めて向き合うラインが印象的です。
そういうラップをするのは苦しいけど、最近はそれが誰かの背中を押したりできたらいいなって思うようになりました。他人のためにやってるわけじゃないし、綺麗事みたいになったら嫌なんですけど。大前提は自分のためで、その先に誰かがいたらいいなって。
——それはラッパー仲間とかに限らず、多くのリスナーに対して?
そうですね。「Honne」は、何かを諦めようとしてる人に「行けるって」と声をかけるようなつもりで書きました。今まであまりやってこなかった比喩を交える書き方をしていて、新しい自分が見つかった感覚があるので、アルバムの中で一番好きな曲ですね。
——ARuMさんは自己との対話を続けている印象があったので、その話は少し意外です。
でも、どんな曲だってそういうもんじゃないですか。他のラッパーの曲が自分のことのように聴こえたり。そうなればいいなって。
——このアルバムを完成させたARuMさんは、ラッパーとしてどんな地点に立っていると思いますか?
ここからって感じですね。今回はラッパーとしてというよりは人間として作った作品なので、次はラッパーらしい作品も作りたいし。とにかく人の心を動かすものを作りたいです。それが本物だと思うので。
——まずはARuMさんが自分自身を知るためのアルバムだったのかもしれませんね。
確かにそうかもしれないです。
——そういう自己認識と『Still ARuM』というタイトルには関連性があるのでしょうか?
そうですね。作品全体が揺れ動いていて、自分を見つめながら、迷いながら作ってた。それでもまだARuMでいるという意味で名付けました。
地元の星になりたい
——今後の活躍も楽しみです。ARuMさんは今後どのようなラッパー像を目指していくのでしょうか?単にヒットを飛ばして成り上がるというだけでもないような気がするのですが。
普通に金は欲しいっすけどね。貧乏のままは普通に嫌なんで。金を得た上で人の心を動かしたい。
——やっぱりリスナーからの反応が大事?
自分が満足するのも大事ですけど、自分が音楽に救われたように、次は僕がそっち側に立たないといけないのかなって。KOHHとかANARCHYを聴いてると、フィールするっていうか、共感できるんですよね。「白いご飯に醤油かけて食べるのもうまい」っていう歌詞(ANARCHY「Moon Child feat. KOHH」)に「わかるわ」ってなったり。
——そんな同じ状況にいた人がスターになっているのは大きな希望ですよね。
そうですね。だから地元の星になりたいですよね。俺みたいな子に、こういう道もあるって示したい。不良とか、何も持ってない子にもスポットを当てられるのがHIPHOPだから。彼らの生活を明るくできるような音楽を作っていきたいです。そのために、自分の認めきれない部分を受け入れたり変えて行ったりしないといけない。
——そうして自分と向き合い続ける方法の一つがARuMさんにとってはラップなんですね。なんで自分がラップをやっているのか、考えることってありますか?
あります。現状の答えは、金を稼ぐため、自分が誰かを救う側に行くため、あとは好きだから。
——具体的に立ちたいステージや目標はありますか?
WWWでワンマンをやりたいし、地元のPALOOZAでもワンマンやりたいですね。
——最後に2026年の活動のビジョンを教えてください。
2月にSSPっていうラッパーとミックステープを出します。その後にEP、アルバムも作る予定です。ライブもたくさんやりたいです。色んなところで。

ARuM 1stアルバム『Still ARuM』 https://linkco.re/0asMDtgE
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