月追う彼方インタビュー | 新作EP『the face』で鳴らす、00年代への憧れを研ぎ澄ました最新型邦ロック
“あの頃”への憧れをサウンドに込めて、そして今を生きる葛藤を言葉に宿して。月追う彼方が1月14日にリリースした新作EP『the face』は、等身大の3人の進化が詰まった渾身の一作だ。2025年1月にななみ(Dr/Cho)が正式加入してから約一年間、完全体のスリーピースバンドとして全国各地のライブハウスやサーキットイベントを駆け抜けてきた。そんな活動の充実を物語るような楽曲たちが、時に鋭く、しかし響き豊かに掻き鳴らされている。
チャットモンチーをはじめとする00年代邦ロックからの影響を公言する彼女たち。『the face』の制作はもちろん、かつてのロックシーンへの憧憬やバンドの現在地についても語ってもらった。
取材・文:サイトウマサヒロ
2025年、完全体のスリーピースに進化
——月追う彼方は、しほさんとかおりさんが高校最後の夏休みにバンド大会に出場するために結成したんですよね?
しほ(Gt/Vo):はい。元々は父がギターを弾いていて、私も一人で触ったことはあったけど、本格的にバンドをやったことはなかったんです。それから高校生になってコピーバンドを始めて、最初にチャットモンチーの「シャングリラ」と「風吹けば恋」を練習して。初めてスタジオに入って演奏した時は忘れられない瞬間ですね。
かおり(Ba/Cho):私は、ベースを始める前にしほと同じコピーバンドでボーカルをやってたんです。それから、先ほどお話しいただいた通りバンド大会に出るためにベースをやることになって。難しいけどとにかく楽しくて衝撃的だったのを覚えてます。
——結成当初、思い描いていたバンド像はあったのでしょうか?
しほ:正直、本当に何もなくて。リスナーとして聴いていたのも4人組のバンドが多かったから、スリーピースの美学に気付いたのも自分がやり始めてからでした。当初はとにかくバンドがやりたい、という気持ちしかなかったですね。
——失礼な言い方かもしれませんが、最初は思い出作りみたいな側面も強かったのかなと。
しほ:それはありましたね。あと、バンド大会の景品がけっこう豪華で。賞金もあったし、レコーディングを2曲無料でできるっていう副賞もあったんです。「賞金ももらえて思い出作りもできるのか!」みたいな感じで。不純な動機だったかもしれない(笑)。
——そこからバンド活動に本腰を入れ始めることになったきっかけはあったんですか?
しほ:明確にあります。結局その大会では3位だったんですけど、優勝したバンドがすぐに解散しちゃって、主催の方が「レコーディングの権利が余ってるんだけど、やってみない?」って声をかけてくださったんですよ。その時点では曲作りもまったくやったことがなかったんですけど、「無料」っていう言葉に惹かれまして(笑)。そこから拙い曲を録って、CDを焼いて、手作りで梱包して……という経験をしてから、バンドの楽しさにのめり込んでいきました。
——演奏することや曲を作ることだけじゃなく、バンド活動そのものが楽しいっていう感覚?
しほ:そうですね。
——2020年9月にはコロナ禍の中で上京を果たしましたが、当時は恐れや不安はなかったのでしょうか?
しほ:もちろん怖さはあったんですけれど、私たちの地元が北九州の小倉という街で、ギターロックがまったく受け入れられてなかったんですよ。対バンもパンクやハードコアが中心で、ギリギリ歌ものと言えるのはメロコア、みたいな感じでした。それと、ドラマーの人口が少なすぎて、一人のドラマーが9バンドくらい掛け持ちしている状況で。本気で活動していくならこのままだと時間がかかると思って、上京することに決めました。
かおり:私はけっこう楽観主義者というか、しほと一緒に東京に行ったら絶対に楽しいだろうと思って。行け行けゴーゴー!って感じでした(笑)。
——本気になるなら東京に行かざるを得ないという環境だったんですね。それから時が経ち、2025年1月にななみさんが加入しました。
しほ:ななみちゃんとは別のバンドで対バンする機会がちょこちょこあって、その頃からかおりと「あのドラマー良いよね」っていう話をしてました。その後、ななみちゃんが当時活動していたバンドを脱退して、「どこでもサポートやります」っていうインスタのストーリーを上げていたので、速攻で連絡して。当時、ななみちゃんはどう思ってた?
ななみ(Dr/Cho):私からすると狙い通りっていうか(笑)。「月追う彼方が完全体のスリーピースになったらもっと良いバンドになるだろうな」ってずっと思ってたし、前のバンドを抜ける時になんとなく「月追う彼方、良いかも」って心のどこかで感じてたんです。だからSNSにはそんな投稿をしたけど、別にどこでも良かったわけじゃなくて、本当は二人が気付いてくれたらいいなっていう狙いがありました。
——相思相愛だったんですね。
しほ:それからスタジオに入る前に東京までバスで来てもらって朝まで飲んで、「正規加入を見据えてサポートしてほしい」っていう話をしたことを覚えています。
——飲みのバイブスも合ったのは大きいですね(笑)。ななみさんの加入から現在までは、出演イベントの規模やフォロワー数・リスナー数の増加などでバンドの躍進を実感できる一年間だったんじゃないかと思いますが、いかがですか?
しほ:本当に良いドラマーが入ってくれたなっていう言葉に尽きますね。今の私たちは強いぞって思いながら活動してます。
——ななみさんが加入して変わったことは?
しほ:バンドの雰囲気ですね。私とかおりは根暗な部分が強いので取っ付きづらい印象があったと思うんですけど、ななみちゃんはライブも明るく楽しく叩いてくれるし、その雰囲気で今までの月追う彼方が塗り替えられて、新しい人が集まってきてくれるようになったと感じてます。
かおり:お客さんからは見えない部分でもななみちゃんはすごくしっかりしてるから、引き締まったように感じますね。
ななみ:二人の時の月追う彼方は、バンド名も相まって“夜属性”っていう印象が強かったことをいま思い出しました(笑)。
「消費される音楽はやりたくない」
——ここからは月追う彼方のサウンドについて掘り下げたいです。活動初期はアンニュイなテイストが色濃かったですが、現在は繊細さを保ちながらより骨太に進化した印象があって。そこには00年代邦ロックからの影響が強く関わっているかと思いますが、今の方向性に踏み切ったのはどういった流れだったのでしょう?
しほ:明確に「こうしよう」と決めたタイミングはないんですけど、色々なバンドと対バンを重ねるに連れて、もっと自分の信じる音楽を固めていかないと絶対にダメだって感じて、本当にやりたい音楽について考えるようになりました。「よし、00年代にしよう」っていうわけではないんですけど、好きで聴いてたのがその時代の邦ロックだったので、自然と今の形になったんだと思います。
かおり:しほが「こういうの、カッコよくない?」って聴かせてくれる音楽のうち、徐々にゼロ年代のバンドが増えていって。しほが作る曲も変化して、より月追う彼方ならではの色が濃くなったように感じます。
——00年代邦ロックと現在の邦ロックの違いはどんなところだと思いますか?
ななみ:SNSがメインの時代ではなかったというのは大きいですよね。もちろん当時のバンドマンたちも頭を使って考えていたとは思うんですけど、今の私たちからすると、ウケるウケないよりもかっこいいものをまっすぐに追求していたように見えます。そのイメージは私たちのマインドにも繋がってると思います。
しほ:私は、TikTokやその他のSNSで消費される音楽はやりたくないんです。私が憧れているロックバンドって、何年経っても色褪せない感動を与えてくれる存在で。だから私たちは、たとえば恋愛バラードがバズりやすいからってそればっかり書く、みたいな戦略的な作り方は一切してないです。
——何が大衆に受け入れやすいかが目に見える時代だからこそ、それに流されないのが月追う彼方のスタンスだということですね。00年代の遺伝子を現代にアップデートするために意識していることはありますか?
しほ:今っぽさに器用に寄せることはできないんですけれど、新しい音楽をインプットして気持ちを動かすことは大事にしています。そうして自分自身の五感を研ぎ澄ませることで、音楽も自ずと進化していくと思います。
——ちなみに、皆さんはチャットモンチーへのリスペクトをたびたび公言してらっしゃいますが、改めてチャットモンチーの凄味ってどんなところだと思いますか?
しほ:えっちゃん(橋本絵莉子、Gt&Vo)の声と楽曲はやっぱり唯一無二で、絶対的な強みだなって感じながらいつも聴いてます。
かおり:私は歌詞の語彙力がすごいなと思います。「こんな表現があるんだ!」みたいな言葉の組み合わせで、色んな捉え方ができるので。
——メンバー全員が作詞に携わっているのも珍しいですよね。個人的には、作編曲もさることながらサウンドの説得力がすごいバンドだと思うんです。そして、月追う彼方も音がカッコいいバンドだなって。今はDTMっぽい音をあえて演出するバンドも多いけど、月追う彼方にはその場の空気感がしっかり残っているというか。
しほ:嬉しい。それはとても大事にしてるところです。
ななみ:私は、サウンドで時代を表すことができると思ってて。しほさんが作ってくる現代に寄せていない曲に対して、音作りで現代っぽくすることも、あえてそうしないこともできる。今回のEPでは、楽曲によってどう聴いてほしいかを意識しながら、月追う彼方らしさを押し出したい時はあえて今風ではない音にしたりとか、こだわって音作りをしました。
挑戦と研究が結実したニューEP『the face』
——さて、今回リリースされるEP『the face』ですが、まず完成させてみての手応えはいかがでしょうか?
しほ:今までで一番良い出来ですし、聴いた人を絶対に月追う彼方のファンにできるっていう自信に満ち溢れてます。
かおり:「これが今の月追う彼方だ」っていう、名刺代わりの一枚が出来たと思います。
ななみ:とにかく早く聴いてほしいし、早くリリースしたいです(※取材はリリースの約1週間前に実施)。そう思える音源が作れたのが嬉しいですね。
——『the face』というタイトルにはどのような思いが込められているのでしょうか?
しほ:3人になって初めて作った作品で、かおりが話してくれた通り「これが今の月追う彼方だ」って言い切れる一枚になったので、「今の私たちの顔」という意味が一つ。あとは、今までよりも楽曲の幅を広げることが出来たと思っているので、一枚の中で色んな顔を見せられるという意味も込めました。
——一曲一曲のまとまりやサウンドのパワーがグッと高まった印象です。その要因はなんだと思いますか?
しほ:ななみちゃんが入ってくれてからのこの一年間はハードに活動してきたから、結束力や団結力が高まったのが一つの要因だと思います。あとは作曲面でも「意識的にできないことをできるようになろう」っていうチャレンジを続けてきたので、楽曲の幅を広げられたのかなと。一曲目の「ロックンロールが鳴り止まない」は、今までやったことがなかったサビでのシンガロングとか、イントロで苦手だったギターのカッティングを取り入れたりして作っていて。今までずっと感覚でやってきたことを、今回は頭を使いながら組み立てました。
——「ロックンロールが鳴り止まない」はエネルギーが凝縮されたキラーチューンですね。ライブでの景色からイメージが膨らんでいったのでしょうか?
しほ:そうです。今のセットリストに、こういう曲がプラスされたら良いだろうなっていう発想で。これを聴いたお客さんとは絶対に距離が縮まるだろうなっていう明るい曲を目指しました。私、ちょっと気を抜くと曲が暗くなっちゃうので(笑)。
——先行配信されていた「余白」はバラードテイストな楽曲ですが、どのように制作しましたか?
しほ:たくさんバラードを聴いて。どのくらいのBPMが心地良いかを研究しました。かといって、世の中にたくさんある素晴らしいバラードに寄せたら私が書く意味がなくなっちゃうから、言い回しなどはブレずに自分らしいバラードを目指しました。
ななみ:私、バラードのドラムを考えるのがめちゃくちゃ好きで。ドラムアレンジは作曲と違って、先代が作ってきたものを盗めば盗むほど良いと思ってるんです。だから私も色んな曲を聴いて考えました。最近ヒットしたバラード曲にはどんな共通点があるんだろう、とか。
——興味深いですね、もう少し具体的に聞かせていただけますか?
ななみ:感覚的には、シンガーソングライターのバラードはビートをじっくり聴かせるものが多いですね。でも、最近ヒットしてるバラードはドラムのおかずありきで作られていて、ドラムだけを聴いていても楽しい。
——一音一音の役割が大きいぶん、ドラムのフレージングで楽曲のテンションをコントロールしやすいのかもしれません。
ななみ:そうですね。ドラムの力で楽曲全体のムードを高めることができるけど、それが歌の邪魔になっていないかという意識が大切だと思います。
——かおりさんはいかがですか?
かおり:アップテンポな曲よりもベースが目立つので、フレーズを考えるのが楽しかったです。ラスサビに向かって高まる感情をベースで表現していて、後から聴いて自分でも「良いな」と思えるくらい気に入ってますね。
——今作では、2023年リリースのEP『未明』に収録された「ハルジオン」が再録されています。なぜ改めてこの曲を?
しほ:『未明』はドラムが打ち込みだったから、生ドラムで録り直したかったというのが一つ。あとは、「ハルジオン」が好きだって言ってくださるファンの方が多くて、「月追う彼方のライブ曲といえば」っていうくらいの曲だから、今の3人で録ったらどんな仕上がりになるんだろうっていう好奇心が大きかったですね。
——レコーディングの際はどんなことを意識しましたか?
しほ:当時よりも歌でできる表現が増えたので、もっと情緒的に歌うことを意識しました。細かいところでは、原曲を聴いたときにブレスの位置を改善できると思ったので調整してます。
——全曲粒揃いのEPになっていますが、あえて一曲イチオシするとしたら?
しほ:全部好きだけど……お気に入りは「うたかた」ですね。スリーピースっぽさ、余白を持たせるアレンジや音作りを大事にしてて。イントロはアルペジオだけで、ギターはバッキングを入れなかったりとか。歌のメロディもめちゃめちゃ良いし、歌詞も、ラスサビにだけ入っているリフも好きで、お気に入りのポイントが多い曲です。
かおり:私は「内緒の話」がイチオシで。ピック弾きで録るのが初めてで、歪んだサウンドになっているので、今までの月追う彼方らしさは残ったままで新鮮な印象の曲になったと思います。心臓がギュッとなるような歌詞にも、愛が詰まってますね。
ななみ:私も「うたかた」って言おうと思ったけど、被ったから「ロックンロールが鳴り止まない」で(笑)。もし月追う彼方をコピーしたいっていう高校生がいたら、とっつきやすい曲なんじゃないかな。ストレートだけど隠し切れてない人間臭さがあって、歌詞も良いですよね。他の曲はもうライブで演奏しているけど、「ロックンロールが鳴り止まない」はこれからライブで育っていく曲だと思うので、期待も込めてイチオシとさせてください。
——では最後に、2月からのリリースツアーに向けて、来場を検討しているリスナーにメッセージをお願いします。
ななみ:『the face』は良い曲が多すぎてセトリを考えるのがめちゃくちゃ大変だけど、ライブで見える景色を楽しみにしてます。月追う彼方の魅力はライブでこそ完全に伝わるものだと思うので、音源を聴いて良いなと思ったらぜひライブハウスの生音も浴びに来てください。ライブのクオリティは私たちの強みなので、ぜひよろしくお願いします!
しほ:『the face』は幅広い楽曲が入っていて、絶対に刺さる曲が一曲はあると思うので、まずは手に取って聴いてほしいです。そして、ぜひライブに足を運んで、月追う彼方に出会ってほしいです。
かおり:ツアーではこれからの月追う彼方がより楽しみになるようなライブを一本一本大事にやっていくので、ぜひ遊びに来てください。

【ツアー情報】
月追う彼方 pre.「“the face” TOUR」
2月12日(木)at 神戸 太陽と虎
2月13日(金)at 福岡 OPʼs
2月18日(水)at 広島 ALMIGHTY
2月20日(金)at 名古屋 ell.SIZE
3月11日(水)at 高松 TOONICE
3月12日(木)at 大阪 LIVE SQUARE 2nd LINE
3月20日(金・祝)at 小倉 FUSE
3月30日(月)at 静岡 UMBER
4月9日(木)at 仙台 FLYING SON
4月10日(金)at 新潟 CLUB RIVERST
4月24日(金)at 東京 Spotify O-Crest
チケット https://eplus.jp/tsukiou_kanata/

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