【Who’s NXT】Lil Bell Dice | “妥協せずスピード感を持って” ラップスタアでも存在感を示した日本から世界を狙う注目ラッパー
Lil Bell Dice
長野県岡谷市出身のラッパー。
19歳で渡ったニュージーランドでのハードな経験を機に、自身のアイデンティティについて強く意識するように。帰国後、音楽活動を本格化。音楽が身近に鳴る環境で育つ中で身につけた音感、ニュージーランドで話されるUK English特有の語感や抑揚からインスパイアされたリズミカルなフロウ、そしてストイックで疾走感のある世界観が、徐々にファンベースを獲得中。
また、ラップスタア2023では過去最多3,457人の応募者の中から130人に絞られるエリアトライアルへと勝ち進み、さらにその応募動画がSNSで反響を呼んでいる。日本から世界へ発信するラッパーとして活動を加速させつつあるLil Bell Diceが、2020年代を騒がせるラッパーの1人として注目を集めるであろうことは想像に難くない。
Who’s NXT : A series of interviews with featured artists
——音楽に興味を持ったきっかけを教えてください。
僕の母も妹も絶対音感持ちでピアノが弾けたり、弟は独学でギターを弾けるようになったりと、幼少期から楽器や音楽に触れる機会は毎日のようにあったはずなのにも関わらず、どこかピンとこないというか、これじゃない感があって、その時の僕は全く興味を示しませんでした。ですが、ある時YouTubeで偶然Wiz KhalifaのMVを目にした僕は、初めて「これだ」とピンときたことを今でも覚えています。それまでは漠然とした「なんとなくこういう感じが好き」だったそれが、「HIP HOPが好き」に変わった瞬間でした。そこから色んな曲を聴いてみたりするようになりましたね。
——自ら音楽活動をやることになった経緯というのは?
当時僕がまだ16歳ぐらいの頃、地元で同い年の友達数人が既に僕よりも先にラップをしていて、遊んだりしてるうちに僕もリリックを書いたり、レコーディングをしたりするようになっていき、サイファーに参加してみたり、バトルに出てみたりしていたのですが、その時は遊びというか言ってしまえば本気でやってる訳でもなかったので、あまり長くは続かず一度辞めてしまいます。
しかし、後に今度は本気で音楽に取り組むことになるのですが、それは先ほども申し上げました通り19歳で渡ったニュージーランドでの経験が大きいかと思います。そもそもニュージーランドには語学留学で行ったのですが、幼少期に僕を多数の国に連れて行ってくれた祖父がその度に日本語が話せるガイドさんをつけており、僕が英語を話せるようになれば祖父もガイドさんを雇わなくて済みますし、少しばかりの恩返しになるのではと考えていました。ですが祖父は僕がニュージーランドへ渡る直前に病気で他界してしまいます。その時僕は正直もうニュージーランドへ渡る意味がわからなくなっていました。しかしその時はもう既にホームステイ先や通う学校など全てが決まっていたので、なんとか自分の気持ちを整理してニュージーランドへ渡りました。
行った先ではもうとにかくカルチャーショックの連続で、これはもう数日間の旅行とは全然訳が違うなという出来事ばかりでした。その土地に住むということは、そこで生きていかなければならないということであり、僕は後にその大変さを知ることになります。まず全く英語が話せなかった僕はホストファミリーとの会話もままならない状態で、何をするにもGoogle翻訳がなければ何も出来ませんでした。そしてニュージーランドに来てから1週間でタミーバグという、日本でいうところの胃腸炎に感染し半日入院させられたり、序盤から大変な思いをしたわけですが、ある日突然町中でパトカーの音が鳴り響き、ホストファザーにも家から一歩も出るなと言われます。何もわからなかった僕はその日SNSでアップされた、事件の犯人が17分にわたり犯行を生中継した動画を見て、言葉を失いました。それはオーストラリア人がイスラム教礼拝所を襲撃し、合計49人を殺害した無差別テロで、それも僕が住んでいた家から半径2km以内で起こった事件だったのです。その時僕はどれだけ自分が平和ボケしていたのかを気付かされ、なんとも言えない感情に苛まれました。
また、その事件は反移民主義、白人至上主義といった差別をうかがわせる背景があり、もしかしたら僕達アジア人が狙われていた可能性も十分に考えられます。日本にいて普通に生きていたらあまり馴染みのない銃だったり、人種差別をもろに体感した僕は、この経験を無駄には出来ないと思い、日本に戻ってからもう一度本気で音楽に取り組もうと決めました。
——現在の活動拠点はどちらになりますか?
長野県をベースに活動していますが、最近は有難いことに県外にも呼んでいただける機会が増えてきました。
——直近でリリースされた作品についてご紹介お願いします。
BCDMGに所属し、BAD HOPをはじめとする国内HIP HOPからR&Bまでメジャー、インディ問わず幅広く楽曲を手掛け、数々の名作を生み出してきた同郷のMONBEEさんとコラボEP『Now or Never』をリリースしました。7曲で構成された今作はHIP HOP、R&B、Soulとジャンルレスかつハイクオリティな仕上がりとなり、今まで僕1人では出来上がらなかったであろう作品が数々と生まれ、そのおかげで新しい自分と出会うことも出来たので、僕としてはかなりの収穫でした。また、活動を始めた当初からいつかMONBEEさんと一緒にやりたいと思っていたので、その目標を達成した瞬間でもあり、MONBEEさんにはプロデュースをはじめ、本当に何から何までしていただき、感謝しています。
先ほども申し上げました通りジャンルレスかつハイクオリティな作品であるのはもちろんのこと、SNSで反響があったラップスタア誕生2023の応募動画をベースにした「書き溜める歌詞」が入っていたり、EP通して楽しんでいただけると思うのですが、中でも僕が個人的に気に入っているのは「Now or Never」と「Liberty」です。この2曲はどちらもニュージーランドでの生活からインスパイアされた楽曲で、両曲の共通点は生と死です。“あなたはもしも明日自分が死ぬと知っていたら何をしますか? 今本当にやりたいことをやれていますか?”そんなメッセージを込めて作りました。この2曲はMVも公開していて、そちらも見ていただけると、より世界観が伝わるかと思います。
EPのタイトルにもなっている「Now or Never」は僕からMONBEEさんに映画のサウンドトラックのようなビートで曲を作りたいと申し出たところ、送られてきたのがあのビートで、一発目聴いた時に鳥肌が立ちましたね。その瞬間にニュージーランドで出会った友達が発したNow or neverという言葉が降りてきて、そこからインスピレーションを受けて書きました。
また「Liberty」はシングルカットでEP前に一度リリースしており、その日が祖父の誕生日だったこともあって、個人的には思い入れのある曲です。なるべく普段話しているような言葉で思っていたことをそのまま書きました。特に気に入ってるラインは「カタコトの英語同士でも分かり合えた。ずっと一緒にいたら韓国語とかも覚えた。話す言葉、肌の色とかそんな物は何も重要な事じゃないのさ」です。このリリックは僕にしか書けません。
MONBEE & Lil Bell Dice『Now or Never』
——特に思い入れのある、イチオシの楽曲をあげるなら?
どの曲も僕にとっては宝物なので、正直選べません(笑)。それでも一曲選ぶとしたら「Liberty」ですね。聴きどころは先ほども説明した通りなので、割愛させていただきますが、ニュージーランドでの経験があって今の自分がいます。あれがなかったらきっと音楽もやっていなかったことでしょう。また、MONBEEさんと作った1つ目の曲でもあります。個人的ではありますが、それらの理由から僕のイチオシは「Liberty」です。
ですが、人気なのはダントツで「Cry」で僕自身も気に入っています。この曲もMVを公開していて、Dex Filmzさんのチャンネルで上がっているのでまだ見ていない方はぜひ見てみてください。
——普段の音楽制作はどのような環境やプロセスで行っていますか?
僕の場合は、まずビートを聴いてそこから感じた物を漠然としたイメージとして膨らませていって、少しずつ言いたいことやトピックを絞っていきます。おおよそ固まってきたところで、フローから考えて、そこにリリックを当てはめていくこともあれば、言いたいことを先に書いておいてからフローを考えて、上手く言いたいことがそのフローにはまるようにやっていくこともあります。この時に、小節だったりフローの兼ね合いで自分が本当に言いたいことを言い切れないことがあるのですが、それをなるべく無くして自分が言いたい通りに歌うということを意識しています。だいたいこの作業をしながら同時進行でレコーディングをしていくので、書いた物を歌って録るというよりかは、歌いながらDAWに言葉としてメモしていってるようなイメージです。
ちなみにレコーディングは自宅のスタジオでしています。一通り録り終えたら、数日間それを聴いてみて足りないところを足していったり、逆に要らないところは削ったりして、そのパラデータをMONBEEさんに送ってMIXしてもらいます。そうして僕の曲は完成します。
——まだLil Bell Diceさんのことを知らない人に、ご自身のアーティストとしての特徴を伝えるとしたら、どんなところになりますか?
僕の特徴はファルセットです。ファルセットというのは要は裏声で、「Cry」や「書き溜める歌詞」は特にその色が濃く出ている曲です。ラップスタア誕生2023のエリアトライアルでもZOT on the WAVEさんはじめ、オンエアではカットされてしまいましたが、YZERRさんKOWICHIさんにもファルセットが特徴的だと言って頂けたのを覚えています。先日、地元のイベントにKOWICHIさんとZOT on the WAVEさんがお見えになった際、エリアトライアルでのことを覚えていてくださっており、その話で盛り上がりましたね。またflowにはかなり拘っていて、毎回聴き心地の良さをとことん追求しているので、特徴であるファルセットを使いこなした気持ちの良いflowが聴く人の耳に残ると思います。リリックはなるべく聴き手に伝わるよう意識して書いており、自分の感情をストレートに歌うことが多いですね。
あとは僕を語る上で欠かせないのはファッションだと思います。ラッパーが数多く存在する中で、ファッションも欠かせない一つの要素だと考えていて、僕のMVやInstagramを見てもらったらわかると思うんですが、基本的に昔のドメスティックブランドしか着てません。中でもPHENOMENONとSWAGGERというブランドが大好きでそればかり着ています。オオスミさんがまだやっていた頃の物が好きで、今はもうなかなか出てこない物も多いですが、めちゃくちゃ探して買い漁ってます(笑)。MVで着ている服は全て私物で、MVの為に買うこともありますし、逆に既に持っていた物を着ることもあります。もちろん曲によってイメージや世界観も変わるので、それに合うよう毎回自分なりにスタイリングしてます。いつか有名なスタイリストさんにスタイリングを組んでもらったりしてみたいですね。
——Lil Bell Diceさんはどういったアーティストに影響を受けましたか?
僕自身誰かに影響を受けるということがあまりないので、影響されているかどうかは正直言ってわからないのですが、強いて言うならChris Brownですかね。個人的に色んな曲を聴く中で飽きずにずっと聴いていられるのは、やっぱり聴き心地の良い曲なんです。彼の多彩なフローや歌声は僕の目指すところでもあり、なおかつ彼はダンスも出来てかっこいいですよね。ただ日本語で彼のようなスタイルを確立するのは結構難しいと思っていて、僕自身キャッチーでメロディアスな曲を作ることが多いので、あまりにもポップになり過ぎてしまわないよう、他の要素も上手く取り入れながら日本語で表現出来るように意識しています。
——曲でいうと、どういった楽曲に影響を受けましたか?
この曲というのは特に無いのですが、楽曲を作る際に映画のサウンドトラックやBGMからインスパイアを受けるということはよくあります。あとは目で見たものや感じたこと、匂いだったり自分の身に起こった出来事を曲に上手く落とし込むようにしています。
——音楽活動にあたって、何か特に意識していることはありますか?
妥協しないことですね。出来ないと言った方が正しいかもしれません。完璧主義なんですよ。それが時に自分を苦しめることもありますが(笑)。
あとはスピード感ですね。ただでさえ入れ替わりの激しいジャンルなので、どんどん新しい作品を出して色んな手を使って一人でも多くの人に届けられたらと思っています。というか制作していないと落ち着きません。罪悪感すら感じます(笑)。
——そういった意識の中で、Lil Bell Diceさんがリスペクトするアーティストはいらっしゃいますか?
MONBEEさんです。先ほども申し上げました通り、ただでさえ入れ替わりの激しいジャンルの中で長年シーンの前線を走り続けるということは容易ではありません。僕には想像も出来ないほどの努力をして、幾多の壁を乗り越えてきたはずです。そんな方と一緒に音楽をやれていること、僕は光栄に思っています。
——現在の音楽シーンについて感じることはなにかありますか?
日本だけでなく、これからもっとアジア圏が注目されていくと思うので、そうなってきた時に僕のバックボーンやアンデンティティを活かして頭角を現すことが出来たらと思っています。
——では最後に、今後の活動の予定や展望をお願いします。
今後も今までと変わらずスピーディーに動いていくつもりですが、今まで誰かを客演に招くということをあまりしてこなかったので、色んなアーティストと制作してまた新しい自分と出会い、より多くの人達に僕の作品を届けられたらと思っています。
また、楽曲のクオリティはもちろん、MVやファッション、その他の要素全て含めて僕は成り立っています。どれか一つだけを知っているよりも、全て知った上で僕を見てもらった方が、より一層楽しめると思います。