音楽プロモーション | 海外メディア/サービスへの楽曲ピッチ&サブミッション Vol.2

アーティスト向け
2018.12.7
音楽プロモーション | 海外メディア/サービスへの楽曲ピッチ&サブミッション Vol.2のサムネイル画像

前回は、「サブミッション・メディア」を理解するにあたっての前提、心づもりのようなものを説明させていただきました。今回はより具体的に、その成り立ちと、それをとりまく現在の環境について考察していきたいと思います。

「サブミッション・メディア」の成り立ち

まずは、「サブミッション・メディア」の成り立ちについて。様々な場所で、様々な内容が語られていますが、我々がリサーチを行ったところでは、以下の記事が最もよくまとまっています。

30 YouTube Music Promotion Channels (That Decide What Goes Viral)

(ちなみに、この「Heroic Academy」というアーティスト・音楽マーケター向けオンライン学習コミュニティは、様々な分野の最新情報とコンテンツが充実していて、非常におもしろいです。英語の読める方は、絶対におすすめ)

記事の内容を抜粋し要約すると、こうです。

2008年より、ティーンエイジャーの間で、YouTube チャンネルに音楽をアップロードするトレンドが生まれました。彼らは自分が好んで聴いている音楽に、その音楽と似合うアートワークをセレクトし、組み合わせて、YouTube にアップロードし始めたのです。

そのトレンドが生まれた背景には、彼らティーンエイジャーが聴きたかった音楽や応援したいアーティストが、当時の YouTube にはアップロードされていなかったという経緯がありました。そして、時を同じくして全世界でエレクトロミュージックが急成長。その影響を受けて、多くの YouTube チャンネル(プロモーションチャンネル)は、EDMをプッシュしていくことになります。

それらは、YouTube の大成長と共に、急速に規模を拡大していきます。数多くのメディア型のチャンネルが生まれ、YouTube 全体を機能させるエコシステムも整っていった結果、気づけば彼らはEDMというジャンルにおいて、最も影響力をもつプロモーションメディアへと成長しました。

また、メディアが主体的に楽曲やアーティストを発見してピックアップするだけではなく、世界で活躍する多くのプロデューサーやアーティストたちが、自分たちの楽曲を彼らメディアへ“サブミッション”し、ピックアップされるのを期待するようになったのです。

 

その中にたとえば、今やモンスター級のキュレーションチャンネルとなった、「The Nations」の存在があります。彼らのフラッグシップチャンネルである「Trap Nation」は、当時まだ中学生(15歳)だった Andre Willem Benzが立ち上げました。

現在の「The Nations」総チャンネル登録者数は4,000万人以上、「Trap Nation」単体でも2,300万人以上を誇る、まさにモンスターチャンネルです。数多くのアーティストヒットのきっかけを生み出し、常にリスナーにフレッシュな音楽を発信し続ける彼らは、2017年にはシーンにおける貢献が評価され、創立者であるAndreがUSビルボードのNo.1ダンスキュレーターとして表彰されています。

 

「サブミッション・メディア」を、みんなはどうみているの?

ここまでは「サブミッション・メディア」の成り立ちを説明してきました。では、いつからこれらのメディアに音楽を提案(サブミット)することが、プロモーション方法として考えられるようになったのでしょうか。

いや、正直に言うと、完全にマーケティング的なとらえ方としてそれを語っているのは、我々だけなのかもしれません。

前述したように、元々これらのメディアは、音楽好きの10代たちによってピュアな動機で生みだされ、運営されていたものです。その規模が拡大していく過程で、結果として特定の立場や見方によっては、プロモーションツールにもなり得る存在となっていきました。


Andre Benzat (The Nations) & Josh Carr-Hilton (The District) at 15th TIMM Business Seminar
Andre Benzat (The Nations) & Josh Carr-Hilton (The District) at 15th TIMM Business Seminar
 

実はちょうど、先月来日していた「The Nations」創業者のAndreらと、話をする機会がありました。「僕たちは君たちのことを、サブミッション・メディアって呼んでます」と伝えると、彼らは大きく笑いながら、「そんなふうに呼ばれてるの!?」と驚いていました。

「テイストメーカー、キュレーター、インフルエンサー、プロモーションチャンネル・・・色んな言われ方をするけれど、僕たちは好きなことをやってるだけで、特に名前は決まってないんだよ」

肩をすくめながら笑う彼らは、今までに何度もメジャーレーベルが、自分たちのような「メディア」(そのとらえ方にまず、課題があるのかもしれません)をつくろうとして、手ひどい失敗を繰り返していることを教えてくれました。


Josh Carr-Hilton (The District) & Andre Benzat (The Nations)
Josh Carr-Hilton (The District) & Andre Benzat (The Nations)
 

このやり取りに、とても大事な本質が詰まっていると感じました。つまり、これらの「サブミッション・メディア」(その名称も造語ですが)は、「カルチャー」であり、なにかとっぴな現代の“マーケティング方法”ではないのです。

日本で彼らの存在が音楽関係者に認識される際、この“カルチャーである”という文脈が削ぎ落とされてしまい、どうしても今、ある種のあたらしいマーケティング方法であり、音楽ストリーミング全盛へと向かう中で、海の向こうから仕入れた“すぐ効くクスリ”のようにやり取りされているのは、残念なことです。

本来的には、これらの「サブミッション」を起点にそこでやり取りされている物事、育まれているカルチャーやコミュニティを発見し、楽しむこと。そしてそこから、アーティストやレーベルごとに異なる固有の可能性や気付きを見出すことにこそ、価値があるはず。

Andreが我々に語ってくれたように、そのカルチャーやクリエイティブへのリスペクトや想いがないまま、マーケティング的な動機付けのみでこれらに関わると、その先には、レーベルにとってもアーティストにとってもメディアにとっても、“手ひどい失敗”が待っていると思います。

 

クラブもラジオも、雑誌も同じ。

これら「サブミッション・メディア」の特徴のひとつとして挙げられるのは、前述したような、その担い手(運営者)の若さです。「Trap Nation」が設立された当時、Andreが若干15歳だったことに代表されるように、はじまりにいるのはいつも、音楽ギークな、カルチャーを愛する若者たち。彼ら彼女たちが好きなものをシェアし合っている場所が、結果的にメディアのような影響力を持つようになっていた。

そして、この“結果的に生まれたカルチャー”を包摂し、分かりやすく説明・共有するために作った造語が「サブミッション・メディア」であることはすでに述べましたが、日本で特殊なのは、この一連のカルチャーが、実態を超えて仰々しくとらえられてしまっていることです。頭でっかちになって、勝手にイメージばかりを膨らませてしまっている、と言った方が正しいでしょうか。

この「サブミッション・メディア」に自らの楽曲をサブミッションしているアーティストもレーベルも、紹介されるコンテンツを楽しんでいる音楽リスナーも、それぞれ音楽と関わる中で、音楽を楽しみながら取っている自然なアクションです。

そこに特段構えて向き合う必要はなく、自分の音楽と相性が合うと感じるのであれば、気軽にサブミッションしてみればいいし、好みのコンテンツを多く発見できると感じるのであれば、定期的にチェックすればいい。“海外で生まれている新しいもの”として仰々しくとらえずに、まずは自分で“実際に試してみる”ことが必要なのだと思います。

そして「サブミッション・メディア」という括りはしていますが、そこにある本質は、昔から音楽と共にあるものたちとなんら変わりません。独立したセンスでコンテンツを集めて編集した、ユニークな場所がある。そのセンスに惹かれて、多くの人たちが集いはじめる。場の引力が、どんどん高まっていく。そこでピックアップされたカルチャーが、より多くの人々に届きはじめる。この営みはクラブにもだって例えられるし、雑誌にだって例えられるかもしれない。

またそれは、アーティストやレーベルサイド、“サブミッションする側”の立場から眺めても、“自分の音楽を好いてくれそうな人たちに、音楽を届けに行く”という、昔からずっと培ってきた不変な音楽プロモーションのはず。ラジオ局のディレクターにデモCDを渡しに行くのと同じように、今はインターネットを介して、海の向こうにいる音楽愛好家たちに自分の音楽を届けられるようになった。ただ、それだけのことです。

 

「マーケティングありき」から、勇気を持って離れる

長くなってしまいましたが、本章で最も伝えたかったのは、音楽を取り巻くあらゆる物事について“マーケティングありき”で考えはじめる癖から、一度離れてみることの大切さです。それは今、音楽産業全体に足りない“勇気”なのかもしれません。

ここまで綴った「サブミッション・メディア」というカルチャー全体を、前後の文脈を飛ばしてマーケティング的に眺めると、本来とは全く違う姿に見えてきてしまいます。そして悲しいことに、その“全く違う姿”を拠りどころに、音楽プロモーションの方法論として検討されている光景が、すでにあちらこちらに見られます。

音楽を売り込むための、あたらしいマーケティング・ツール。そう捉えてしまったほうが簡単なのは理解できますが、その態度でこれらのカルチャーに対峙した際に、恐らく、いや、ほとんど望むような結果は出ないのではないでしょうか。

ココに存在しているのは、“マーケティング”ではなく“カルチャー”であり、音楽というコンテンツ、クリエイティブを中心にして、作り手と受け手が共に楽しみ、驚き、切磋琢磨している場所です。なによりも重要なのは、そこでやり取りされる“コンテンツ”がフレッシュでおもしろいことに尽きるのであり、その眼差しなくしては、なにも生まれません。

自分自身がアーティストかレーベルスタッフかを問わず、まずはそこで生まれている“カルチャー”に身を投じてみて、発見した気づきや視点を、今後の音楽活動に生かしていく。制作する音楽へフィードバックするのもよし、実際にサブミッションをするのもよし、気になった場所やコンテンツを、ベンチマークとしてチェックし続けるもよしです。

大事なのは、門を叩いた経験もないのに、叩いたような気分にはならないこと。“マーケティングとして知っている”ではなく、当事者としてそこに参加して、自分なりの体験とフィードバックと意見を持つ。「サブミッション・メディア」との向き合い方、まずはそこから、はじめてみるのはいかがでしょうか。

今回は、「サブミッション・メディア」の成り立ちとそれをとりまく現状をお伝えしました。抽象的な話が続きましたが、次編では、具体的な「サブミッション・メディア」(テイストメーカー、キュレーター、インフルエンサー、プロモーションチャンネル)の紹介や、サブミッションやピッチのマナーをお届けします。

この記事の執筆者
Takashi Watanabe | 渡邊貴志
Artist Promoter / 1990年山形県生まれ