百足『Orange』インタビュー「クオリティにこだわることが迷惑をかけた人たちへの報いになる」

インタビュー
2024.3.25

“こんなんなっちゃうんだ”

——「Full Bet」はヴァースの頭に “成功も炎上も画面の中”、“親も仲間も泣かせた分/このバースで全てを取り返す”、“日本中で叩かれ枯れた花/必要なのは水だやらないハナ” といったパンチラインが必ず入ってるリリックの構成は流石だなと思いました。

ありがとうございます。でも構成とかはそんなに意識してないかも(笑)。

——バトルの賜物?

どうなんですかね……。ただ韻に関してはバトルでも使い回すし、やってると自然と暗記してきちゃうんです。この4文字にはこういう韻があるとか。たぶんみんなもストックがある。思いついた言葉の後の小節の最後を韻で締めることに関してはバトルで培ったと思います。

——とはいえ、バトルと曲作りでは使う頭がまったく違うと言いますよね?

曲作りを始めたばかりの頃は誰かをディスるような、本当にバトルっぽいクサい言葉しか出なくて、それが自分的に気持ち悪すぎたので、意識的にバトルっぽい四字熟語みたいなのは使わないようにしてました。

——「HENJIN」の “好きなことするため長年待った” というラインはどういう意味ですか?

今の話とも繋がるとこもあるんですけど、曲を作り始めた頃ってほんと右も左もわからなかったんです。ずっとバトルしかしてこなかったんで。やってくうちにラブソングを書く楽しさに気づけたけど、今度は徐々にラブソングが足枷となったというか。変な話なんですけど、ラブソングばかり書いてたら、普通のラップが書けなくなってしまったんです。そこに対する悩みはかなりありました。でも逮捕されて自分には言いたいことがいっぱいあるんだと気づきました。

——逮捕は大変な経験だったけど、自分を見つめ直す機会にもなった?

そうですね。逮捕されて良かったとは思ってないですけど、あの浮かれてた時期に捕まってなかったら「HENJIN」のリリックは書けなかったと思います。

——勾留中に徐々に意識が変わってきたんですか?

いや、出てからですね。中にいた時は“俺に対する世間の評価はもう終わってるんだろうな”くらいしか予想できてませんでした。それよりも出てきた時、実際に感じた周りの視線とか、想像していた以上に評価が変わってたことに驚きました。“こんなんなっちゃうんだ”みたいな。「君のまま」が出てなかったからたぶんこんな大事にもならなかったと思う。最初の頃は逃亡犯みたいでした。顔も隠して。でもどこ行っても指さされる。それで事の重大さに気づいていったって感じです。そういう状況になったら、自然と歌詞がガンガン書けるようになりました。ラップが書けるとオートチューンも使えるようになって。なので、「HENJIN」のそのラインはようやく自分が好きなことをバランスよくできるようになったという思いを込めて書きました。

——“今つくる側/次の教科書” というラインも印象的でした。ラップミュージックのリスナーって、バトル出身か否かでかなりセパレートされてる気がするんです。

たぶんバトルが好きな人ってバトルで人気のラッパーがヒップホップでも人気なんだって勘違いしてる部分があって。バトルからついてきてくれたファンの人が、徐々に音源のほうに進んでってもらえるとめっちゃ嬉しいです。今回のEPだったら「Full Bet」と「HENJIN」はバトルが好きな人に気に入ってもらえると思う。例えば16歳の時に僕をバトルで知ってくれた人が、20歳になって夜中のクラブに遊びに行くようになって、その現場に自分がいるような状況になったらいいなって思いますね。


 

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この記事の執筆者
宮崎敬太
音楽ライター、1977年神奈川県生まれ。ウェブサイト「音楽ナタリー」「BARKS」「MySpace Japan」での編集/執筆/運営を経て2015年12月よりフリーランスに。2019年に「悪党の詩 D.O自伝」の構成を担当した。また2013年にも巻紗葉名義でのインタビュー集『街のものがたり 新世代ラッパーたちの証言 (ele-king books) 』も発表している。