【連載】アーティストのための法と理論 Vol.6 – ラッパーとビートメーカーとの権利関係 | Law and Theory for Artists

2020.10.7


【連載】アーティストのための法と理論 Law and Theory for Artists Vol.6 – ラッパーとビートメーカーとの権利関係

音楽家に無料法律相談サービスを提供するMusic Lawyer Collective「Law and Theory」の弁護士メンバーが、音楽活動における法的な具体事例をQ&A形式で定期的に解説・紹介する連載『Law and Theory for Artists』の第6回。

今回は、ラッパーとビートメーカーとの権利関係について取り上げます。

Law and Theory × THE MAGAZINE
(Illustration : LID BREAK)

 

【連載】アーティストのための法と理論 - Law and Theory for Artists Vol.6

Q. ビートメーカーから提供してもらったビートにラップをのせて楽曲を制作したのですが、この完成した楽曲の権利が誰のものになるのか、詳しく教えてください。

<相談内容>
SoundCloudで偶然耳にしたビートが気に入ったため、このビートを作ったL-Dillaというビートメーカーに連絡をとり、ビートを作ってもらい、そのビートのデータを送ってもらいました。

私がリリックを書き、送ってもらったビートの曲構成に手を加えた上でそれに乗せてラップをし、自宅のDAW環境で録音しました。その後、二人でデータのやり取りを繰り返しながらミックス作業とマスタリング作業を行い、最終的な楽曲を完成させました。

この完成した楽曲の権利は誰のものになるのでしょうか?

L-Dillaとは今後も良い関係で一緒に活動していきたいので、しっかりと整理しておきたいです。

また、タイプビートの販売サイトでビートを購入した場合の注意点についても知りたいです。

 

A. 水口瑛介弁護士の回答

<回答の概要>

楽曲の歌詞の著作権はあなたに、曲の著作権と最終的に完成した楽曲の原盤権はあなたとビートメーカーの共有になるでしょう。権利を共有しておくことで良いのか、その場合のお金の配分方法をどうするかについては、二人でよく話し合っておく必要があります。

タイプビートを使用する場合には、事前に販売元ビートメーカーとメッセージでやり取りして権利関係の詳細を確認しておくことをお勧めします。

 
1. 楽曲の著作権は誰のものか?


楽曲の権利を考える際には、楽曲を構成する歌詞と曲に分けて考える必要があること、そして、著作権と原盤権(レコード製作者の権利)とに分けて考える必要があることは、ここまで本連載をお読みいただいた方にはお分かりだと思います(ピンと来ていない方は本連載をvol.1から読み直してみることをオススメします。)。

では、はじめに著作権についてはどうでしょうか。

まず歌詞、つまりリリックですが、これは当然ながらリリックを書いたあなたに権利があります。

次に曲については、ビートを作成したL-Dillaに権利があることはもちろんなのですが、ビートの上に乗るラップのフロウ(メロディやリズム)についても曲を構成する重要な要素の一つですから、あなたにも権利があります。つまり、曲の著作権はあなたとL-Dillaとが二人で共有しているということになるでしょう。

 

2. 楽曲の原盤権は誰のものか?


原盤権は音を固定した際に発生する権利です。

今回はあなたとL-Dillaがデータのやり取りを繰り返しながら一緒にミックス作業とマスタリング作業を行って最終的な曲を完成させた(音を固定した。)ということですから、あなたとL-Dillaとが二人で原盤権を共有しているということになるでしょう。

ここで、仮にあなたが一人でミックス作業とマスタリング作業を行った場合には、最終的な曲の原盤権はあなた一人のものになると考えられます。もっとも、あなたが最終的な曲を完成する過程では、L-Dillaから送ってもらったビートの音源を使用しています。このビートはL- Dillaが作った(音を固定した。)わけですから、L-Dillaが原盤権を持っていることになります。

つまり、あなたが最終的な曲の原盤権を手に入れる過程で、L-Dillaのビートの原盤権を使用しているという関係にあります。この場合、L-Dillaの持つビートの原盤権についても権利処理をしておく必要があるでしょう。この点は本連載Vol.2 – 原盤権で詳しく説明がされています。

 

3. ビートメーカーとの間でトラブルにならないように何をしておけばよいか?


ここまで説明してきたとおり、歌詞の著作権はあなたにあり、曲の著作権はあなたとL-Dillaの二人で共有しており、最終的に完成した楽曲の原盤権もあなたとL-Dillaの二人で共有していると考えるのが原則になります。

しかし、楽曲の著作権や原盤権をL-Dillaと共有している場合、あなたが曲を利用したいと考える際に、逐一L-Dillaの同意をとらなければならないことになります(著作権法第65条第1項、第2項)。

例えば、楽曲のヴァイナルを発売するためにどこかのレーベルと契約することにした場合、曲の著作権と原盤権の譲渡または利用許諾をレーベルに行う必要があるでしょうが、これをあなた一人だけで決めることはできず、L-Dillaの同意が必要ということになります。

そこで、著作権と原盤権をあなたが一人で持っておくという選択肢を検討しても良いでしょう。あなたが一人で持つためには、L-Dillaから曲の著作権と原盤権を買い取らせてもらう(譲渡してもらう。)ということが考えられます。

ここで、楽曲の権利が誰にあるかという問題と、楽曲から生まれるお金をどのように分配するかという問題は、別の次元の話です。つまり、楽曲の権利を誰が持つか、そしてその権利が生み出すお金をどのように分けるかということは、あなたとL-Dillaの二人の契約で自由に決めることができるのです。フェアな方法と割合でお金の分配があれば、L-Dillaとしても権利をあなたに一元化することに理解を示してくれるかもしれません。どのような方法が良いか、二人でよく相談して決めるのが良いでしょう。

例えば、まとまったお金を一度に支払って権利を買い切ってしまうという方法や、楽曲がお金を生む度に決まった割合で分配をしていくという方法があります。後者の方法を用いる場合には、入ってきたお金を分配するという手間が定期的に発生してしまいますが、TuneCoreを使って楽曲の配信をする場合には、スプリット機能を使用すれば、原盤権に関してはこの手間はなくなります。

 

4. 購入したタイプビートを使用する場合の注意点


最近では、BEATSTARSなどのタイプビート販売サイトで購入したビートを使用するというパターンも多いようです。タイプビート販売サイトで購入したビートを用いて楽曲を制作する場合には、タイプビートに関する権利について注意が必要です。

多くのタイプビート販売サイトでは、「Basic」、「Premium」、「Exclusive」などいくつかのプランが用意されています。低価格のプランにはオンラインでの再生数やフィジカルの販売数に制限が設けられていたりする一方で、高価格のプランにはこのような制限がなく、また、独占利用できる条件となっていたりする場合もあります。

これらの条件については、ビート販売サイトで統一して法律的な取り扱いが決まっているわけではありません。また、各プランの法律的な詳細については記載がないことも多く、パッと思いつくだけでも

・著作権や原盤権は購入者に譲渡されるのか、それとも利用許諾されるに過ぎないのか

・今後ビートを独占利用できるとしても、以前に同じビートが販売されていないことまで約束されているのか

・楽曲としてリリースする際にはビートメーカーの名前を記載しなければならないのか

・再生数が上限を超えてしまった場合、あらためて上のプランを購入し直すだけでよいのか

など、様々な疑問が生じてきます。

また、BEATSTARSのFAQを見ると、ビートの権利はこれを販売している個々のビートメーカーが保有しており、その販売条件はそれぞれが設定しているため、直接メッセージのやり取りをしてもらいたい旨の説明がなされています。つまり、BEATSTARSはビート販売の場を提供しているに過ぎず、ビートメーカーと購入者との間の権利関係の処理には関与してくれないということです。

リリースした楽曲が思わぬ大きな再生数を記録した場合、同じビートを使用している楽曲が現れた場合、など様々なトラブル発生の可能性があります。

ビートを購入して楽曲を制作する場合には、ビートメーカーと直接メッセージのやり取りをして、先にあげたような条件について詳細な内容を確認しておく必要があるでしょう。


 
アーティストのための法と理論 Law and Theory for Artists

 

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https://suzuri.jp/lawandtheory

この記事の執筆者

水口瑛介弁護士

弁護士(アーティファクト法律事務所)。音楽家のための無料法律相談サービスを提供するMusic Lawyers Collective「Law and Theory」を設立し、2022年まで代表を務める。アーティスト、レーベル、音楽関係企業などをクライアントとする案件を多く手がける。

https://twitter.com/eisukewater