KIRINJI インタビュー | 新レーベル・syncokinから発表したアルバム『Steppin’ Out』は冷静でポジティブなKIRINJIの現在地点を刻み込んだ傑作
ミュージシャンになってなかったら自分は今何をしてたか?
——インスト曲「seven/four」を挟んで、怒涛の後半に雪崩れ込みます。「I ♡ 歌舞伎町」はトー横キッズの歌ですか?
と、いうよりもあの一帯で起こってることの歌です。
——なぜ歌舞伎町をテーマにしようと思ったんですか?
僕、歌舞伎町のTOHOシネマズによく行くんですね。そしたらある時期から急にいわゆるトー横キッズの走りみたいな子が集まりだしたんです。昼間はそんないないけど、夕方以降になるとものすごい数がいて。後々ニュースとかで咳止め薬を飲んで痙攣してる子の映像とかニュースで見て、そこでトー横キッズと呼ばれてることも知りました。また別の日に映画を観に行って、西武新宿線のほうに行ったらその道に女の子たちがいっぱい立ってたんですよ。その時は「なんだろう?」程度にしか思ってなかったんだけど、後々その子たちが立ちんぼしてたって知ったんですね。ものすごくびっくりしたんです。僕が知ってる立ちんぼは……、なんと言ったらいいんだろう。
——昭和的な感覚だと、海外から来た方や、年配の方などをイメージしますよね。
そうですね。でも僕が見たのはそういう感じじゃなくて、本当に普通の女の子だったんです。そこから色々調べてみると、実はトー横キッズと呼ばれる子たちは、家庭で暴力を受けたり、何らかの事情で社会に居場所を無くした子どもたちで、補導なり、支援なりされても、結局あそこしか居場所がないからまた戻ってきてしまうんです。なぜ僕がそんなに興味を持ったのかと言えば、あそこに集まってる子や、立ちんぼをしてる子たちは、自分の子供たちと同世代だからです。
——遠いところにあると思っていた社会の周縁部が急に自分の視界の範囲に入ってきた、と。
その子たちの中には、もしかしたら自分の子供たちと友達になってたかもしれない子もいるわけで。さらに言うと、この曲の2番では立ちんぼを買ってる中年男性の目線も入れました。彼らを擁護するつもりも肯定するつもりもないけど、あの歌舞伎町周辺にいる人たちに共通しているのは寂しさだと思ったんです。
——「この俺はまだあの氷河期に閉じ込められている」というのは40代の男性のことですよね。僕がまさに世代なのでこの感覚はすごくわかります。就職できてもパワハラが当たり前で、メンタルヘルスへの理解もなかった。僕は1977年の早生まれですが、同世代の成功者が極端に少ない。中田英寿さんくらい。一個上で前澤友作さんと佐久間宣行さんかな。70年代後半から80年代年頭くらいに生まれた世代は、可視化されづらい辛さを抱えて生きていると思います。
そういう意味では、「いつかこの悲劇を喜劇に変えてみせる/惨劇を起こしてしまわぬうちに」という歌詞はまさにその世代のことを歌ってるんです。バブルの恩恵は受けられず、受験戦争に巻き込まれ、しかも就職氷河期。仮に何とか派遣社員になれても、すぐ切られてしまう。挫折の連続で、人生が全く安定しない。そういう人っていっぱいいると思うんです。しかも男性は社会的にはマジョリティだからいわゆる弱者としても認められない。未成年の買春が言語道断なのは前提。だけどそこだけにフォーカスするといま歌舞伎町で起きてることを矮小化してしまう気がして。
——僕らは大きな意味でマイノリティではないですからね。それに自分たちの境遇とマイノリティが受けてきた差別と比べるつもりもない。だけど高樹さんがフラットな視点でそこに気づいてくれたのは嬉しいです。
僕だってあと数年遅く生まれたら、ミュージシャンになれてたかわからない。これからだって、ふとしたきっかけで転落してしまうかもしれない。自分がミュージシャンになってなかったら、今はどんな仕事をしてたかって結構よく考えるんですよ。
——だから等身大の中年男性の気持ちも入れたんですね。
そう。この「I ♡ 歌舞伎町」ってTOHOシネマズを出て、思い出の小道のほうに歩いていくと飲食店のビルの壁面にネオンとしてでっかく付いてるんですよ。外国人観光客には撮影スポットとして人気らしいけど、僕が最初に見たトー横キッズと言われる子たちはその辺にいたんです。その後、広場の方に出てきたんですね。そういう意味でも象徴的だと思ってこのタイトルにしました。