「アーティストが曲の権利を知る必要性」、「リスナーの同調圧力」― sleepyhead・武瑠が異例のプロジェクト通じて伝えたいこと

2020.3.27


「曲の権利」「音楽の自由さ」「リスナーの同調圧力」― sleepyheadが異例のプロジェクトで伝えたかったこと

特にこれからの世代のアーティストはもっと曲の権利を意識すべき―――。そう語るのは、sleepyheadこと武瑠。武道館ワンマンをはじめとしたメジャーのキャリアを経て、現在も時代にアップデートしたスタンスで活動中。様々な壁に直面した自身のアーティスト経験から、先日実施した異例のプロジェクトを通し、今のリスナー、次世代アーテイストに伝えたかったこととは。
 

「アーティストが原盤を持つこと」が何を意味するか

——プロジェクト「ぼくのじゃないはきみのもの」は、改めて前代未聞の試みですね。楽曲「ぼくのじゃない」の使用をフリーにして”自由に音楽を楽しむ”という中で、クラウドファンディングを実施しサポートのリターンとして一般の方も参加が可能、さらに同じ曲に対し46の異なるバージョンを一つのリリースで配信し、収益の分配も実施するというまさに前例のないものになっていました。

「ぼくのじゃない」という曲自体は、実はこの企画ありきで作ったわけじゃなかったんです。以前のバンドをやっていた時代に、残りはアレンジするだけぐらいまで仕上げて個人ストックしていたもので。それからバンドは解散して、僕はしばらくの空白期間を経てsleepyheadをインディペンデントなスタンスで始めたんですけど、以前のバンドの名前や曲についてはもう自由に使えなかったり、自分で作ったものが自分のものじゃなくなったということが、僕の中ですごく不思議な体験で。それで原盤権や音楽に関わる権利を改めて勉強してみたら、「原盤をアーティストが持つこと」が何を意味するかを実感して。

日本ってアーティストが権利に対して疎いというか、なんとなく “アーティストは権利について触れちゃいけない” みたいな雰囲気ありませんか?sleepyheadの活動を通して原盤を持つことを自分で経験したら本当に色々考えさせられて。そういう時に昔作った「ぼくのじゃない」を思い出して、この曲とそういう気付きをマッチさせて発信する企画をやったら面白そうだなと思ったのがプロジェクトのきっかけでした。

——昨年末にまずバージョン違いのMVが公開されましたね。

「ぼくのじゃない」のオリジナルバージョンのMVがすごく評判が良かったんです。で、じゃあそれぞれのバージョンも作ってみようかということで、まずは6人、北村諒くん、篠崎こころちゃん、金子理江ちゃん、chiちゃん、なつかちゃん、uTaくんにそれぞれに歌ってもらったバージョンを録ってMVも制作しました。この最初の6人のマネージャーさんまたは本人に直接会って、企画を最初から説明しました。それぞれの事務所にはよく理解していただきましたし柔軟に対応してもらいとてもありがたかったです。

それで、この6人のバージョンを具体例として「こういう企画をやりたいんです」と各所に説明しにまわって。このプロジェクトを進めるにあたって、MVの撮影やレコーディングスケジュールの調整、ブッキングは本当に大変で気が狂うかと思いました(苦笑)。もっと多くのアーティストの参加見込みもあったんですけど、調整がうまくいかずに頓挫してしまったケースもありました。外に見えてない部分でもすごく労力かかっていて、正直もう一回同じことをやるかっていったら、いやちょっと…っていうぐらい(笑)。

——クラウドファンディングの一般の方のリターンとしての枠もありつつ、多くのアーティストが参加されていますが、その方々はどのように選ばれたんでしょうか?

言葉として誤解されてしまいそうなんですけど、この企画の意図は、”音楽を自由にする”ということだったので、そういう意味で参加してもらうのは誰でもよかったんです。これは本当に誤解されたくないんですけど、つまりこの曲は ”僕のじゃない”というところからスタートしているので、もう僕が曲を自由にできるよう手放してる時点で、誰にやってもらってもいいわけじゃないですか。音楽はそもそも自由なものだし、作ったり歌うのに資格がいるわけでもなくて、誰がやってもいい。普段は音楽をやっていない人にもサポートのリターンで参加してもらったのもそういうことで。音楽って本当に身近なものなんだよっ感じてもらいたくて。なので、この企画をやるにあたって色んな人に相談したり、様々なつながりの中で、この企画の趣旨に賛同してくれてタイミングや色んな条件があったアーティストに参加してもらった感じです。だから本当に悪い意味じゃなく”誰でもよかった”んです。なぜなら ”ぼくのじゃない”から。少しでも誰々にやってほしいとか、そういう僕の意思が入るとその時点で”ぼくのじゃない”ではなくなってしまうので。この部分の説明が一番難しかったです。でも、逆にこんなとんでもない企画によくこれだけの人が理解して参加してくれたなとも思いました。

 

「曲の権利について当たり前のことを、これからの世代のアーティストはもっと気付いてほしい」

——二度とやりたくないほど大変な企画だったということですが、今回やり遂げるためのモチベーションを保ったのは何だったんでしょうか?

やってる時は何かにとり憑かれたように取り組んでいました。自分でまいた種なのに「なんでこんな辛いことやってんだ」って思いつつ。実際体調も壊しましたし(苦笑)。自分なりの使命感に突き動かされていたんですよね。どんな使命かというと、曲の権利について当たり前のことを、特にこれからの世代のアーティストにもっと考えてほしい、気付いてほしいなと思って。

権利についてアーティストが言うと、ちょっと面倒くさいなみたいなムードが漂ってると思うんですけど、色んなことを調べて知れば知るほど、そのムードの方が気持ち悪いなと思って。例えば契約の時に、共同原盤っていうオプションがあるっていう知識があれば、自分のやりたいことに応じた交渉や選択ができる可能性が生まれますよね。僕が事務所に所属していた時は、それは僕の責任でもあるんですけど、知らなかったからそういう話にもならなかった。もちろん、昔から現在にいたるまで権利も含めた色んなシステムが歴史の状況に合わせて作られてきたっていうことは理解しています。そういう枠組みの中の掛け算で、知名度が上がったり人気が出たりヒットが生まれてきたと思うんですけど、これからの世代においては、もうそういう枠組とは別の選択をした方が適しているアーティストの割合も増えてきていると思うんです。だから、まず知っていれば選択できるんだ、というところに気付いて欲しくて。自分でお金を出して制作すれば原盤は自分のものっていうことだったり、知ってて当然のことを。こういうことを伝えたい気持ちが今回の企画をやり遂げられたモチベーションのひとつでした。僕自身これまでの音楽活動で色んな矛盾に突き当たったり悩まされたので、新しい世代のアーティストには、余計なおせっかいかもしれないけど、そういうことを味わってほしくないなと思って。このプロジェクトが単なるsleepyheadのPRの一つだったら、ここまで出来ませんでした。自分のためのPRというだけであればもっと効率の良い方法があるので。このプロジェクトの伝えたかったことの半分は、誰でも音楽というものは楽しめるんだっていう音楽の自由さ・身近さについて、そして残りの半分は今言ったようなアーティストやクリエイターに対するメッセージでした。

 

アーティストを苦しめる”同調圧力”

——プロジェクトをやってみて、そこからまた新たな気付きはありましたか?

こういう新しい取り組みに対し、投じた熱量の割にはやっぱり一般のリスナーからの反応は薄いなと感じました。音楽の関係者からは、とんでもないことやってるねっていう反応も多くあったんですけど、一般の人には中々伝わらないですね。面白がってくれる人、興味を示す人ってほんの一握りで。

あと関心があったとしても割とネガティブなんですよね。例えばクラウドファンディングに関しても、権利とかどうでもいいから僕本人だけが歌ってくれればいいみたいな意見があったり。それはファン心理かもしれないですけど、ただ、この「ぼくのじゃない」の色んなクリエイティブが実現できている予算の出どころを少しでもいいから冷静になって考えて欲しいなと。今回クラウドファンディングで支援してくれた人がいるからこそ、曲やMVのクリエイティブが発信出来たんだっていうことすらちゃんと理解してもらえないキツさはありました。まるでファーストクラスに乗ってる人にエコノミーの人が文句言ってるみたいな。ファーストクラスの料金があるからエコノミーの安い料金が実現できているっていうバランスは当然のことなのに。噛み砕いて言うと、人に歌ってもらえる企画というところまでいけなかったら、この曲はMV撮ることができなかったし、世に出なかったかもしれないわけだから。

少し前に岡崎体育さんがファンをランクづけして大炎上しましたけど、結局みんなが平等に手にできるものしか発信しないでほしいっていう同調圧力ってすごいんですよ。しかもさらに怖いのは、同じ構造でもこれまで行われてきたことに対しては麻痺していて受け入れられてしまっていること。例えばコンサートでSSS席が用意されていることって、言い換えれば普通にランク付けなんですけど、別にそれで炎上はしないですよね。もう当たり前のことだから。かたやファンクラブでランキングを付けると不満が出るっていうその矛盾が気持ち悪くて。その気持ち悪い同調圧力的な思考が、かえって好きなアーティストの首を絞めているって気付いてほしいです。慣例となっている不平等はスルーして、活動を持続するための新しい取り組みの中に少しでも不平等を感じさせることがあったら叩くっていうのはかなりキツい。これは相当不健康だなと思います。新しいことができないし慣例からも抜け出せない。

——武瑠さんもこれまで新しいことを実施された際は大変だった?

僕の場合、昔から服が好きなのでアーティストのグッズじゃない服を本格的に作りたいと思ってブランドをはじめたときも、「金儲け」とか「一部の人にしか買えないものを作るな」とかめちゃくちゃ文句言われました。他にも、まだクラウドファンディングが今ほど国内で普及していない2012年に映画制作のプロジェクト実施したときも、それだけのことなのに「死ね」、「金の亡者」、「ゴミ」とか、今だったら訴訟レベルのバッシングをファンから受けた経験があるんです。もうそうなるとファンですらないですよね。だからちゃんとした考えに基づいたアーティストの新しい取り組みに思考停止して文句を言う人ってかなり問題だなと昔から思ってて。

同調圧力が高まりすぎると、全てのアートが滅びてしまう。新しい取り組みを通じて得られる収益によって新たなクリエイティブが提供されるのに、根拠のない自分勝手な押し付けでアーティストの動きを制限して苦しめてしまうと新しい作品すら生まれなくなってしまう。こういう問題に対しての警鐘は今だからこそ鳴らさなければいけないと思います。

 

知識を得ることで広がるアーティストとしての選択肢

——武瑠さんは同調圧力に負けない発言でファンが離れることには慣れた?

もうsleepyheadの活動においてこういうことは普段から言ってますし、理解されずに離れてしまう人がいたらそれは仕方がないと割り切っています。でも、そうやってふるいにかけた上でも去年ブリッツのワンマンを経験できましたし、いい状態を作れている感はあります。これだけ自分の意見をはっきり言って周りから見て理解しづらい尖ったやり方でも、この規模でできるんだっていう。バンドの時に武道館までいくことはできたので、その次は数の勝負じゃなくてとことん自分が面白いと思ったことを突き詰めてそれに賛同してくれる人を集めることに舵をきった結果として、ブリッツでワンマンができたり、ちゃんとアートに挑戦できる状況がつくれているっていうのは自分でもよくやってるなと。まだまだですけど、こんなやり方もあるんだということを自由な発想を持っている次の世代のアーティストに対し提示できていればいいなと思います。アーティストも知識と選択肢を意識しないと、いつのまにか従来の型にハマって事務所に入らなきゃいけないとか、フェスへの出演だけにとらわれたりしがちだと思うので。特に国内のロックはいわゆる売れるためのシステムが出来上がってるんで。ただ、薄くてもたくさんファンがいる方が勝ちとか、そういう空気とはこれからも戦っていかなきゃいけないんだろうなとは感じています。

——そういった辺りでジャンルによって雰囲気の違いを感じることはありますか?

ヒップホップとかはアーティスト自身の理解も行き渡りつつある感じはありますよね。

——ちなみに、武瑠さんは様々な音楽表現をされていますが、今はそういう”ジャンル”というものは意識されますか?

僕が音楽活動をはじめた時にビジュアルっていうジャンルを選んだのは、ジャンルとしての影響じゃなくて、もともとファッションと音楽の掛け算が好きで、マルコム・マクラーレンとピストルズのパンクのムーブメントからなんです。昔の自分が一番やりやすかったのがたまたまビジュアル系だったっていうだけで。でも、そういう〜〜系っていう括り自体が活動を重ねるごとにどんどん自分の中で意味のないものになっていったんです。未だに僕のことをそういう系統のミュージシャンだって見る人もいますけど、今はそれすらどっちでもよくて。

——今はビジュアル系についてどう思われていますか?

もうあまりに離れたことをやってるんで、僕自身がそういうシーンとどう関わればいいか分からなくなっちゃったっていうのが本音です。音楽も実際違うんだけど、でもプレイリストの関連アーティストにはそういうアーティストが出てきちゃって、どうしたらいいんだっていう(苦笑)。だから自分の現状との距離感が分からないっていうだけで、頑なに関わりたくないとかそういうわけじゃないです。

——sleepyheadの客演やコラボを見ていても、ジャンルで括るのは野暮な感じもするぐらい多彩ですよね。最近はギタリストのichikaさんとsoine.もやられていますが。

ichika君はさっき話したような旧来の枠組みとはまた違うフィールドでギタリストとしての価値を世界に示すことができているとてもクレバーな存在だと思ってて。soine.については実は遊びの延長のプロジェクトなんです(笑)。ichika君と温泉旅行に行った帰りに、せっかくだから何かやろうかっていう話になって。じゃあ世界観とかを作るのは僕が得意なんで僕がやって、アレンジとかはichikaくんがやって、カバーからやってみようかっていう気楽な感じのノリで。

 

「アーティスト自身が自分のどの曲が世界のどの地域で何回聴かれているのか、今や知っていて当然」

——最後に少し話は変わりますが、「ぼくのじゃないはきみのもの」でTuneCore Japanのスプリット機能を活用して収益の分配を行われていますが、一つの作品において40を超える参加アーティストとスプリットするというのはシステムを作った僕たちとしても前例のないケースだったわけですが、スプリット機能を活用しようと思ったのはどういう経緯だったんですか?

「ぼくのじゃないはきみのもの」の企画自体はスプリット機能について知る前から進行していたんで、その時点では原盤収益の分配に死ぬほど手間がかかるだろうなと悩んでいたんです。そうしたらちょうどTuneCore Japanからその機能がリリースされたことを知って「最高のタイミングで最高の機能が出た!」って(笑)。完璧なタイミングでしたね。具体的に機能の詳細を調べたら、99人までスプリットできるし割合も一人づつ設定することができるって分かって、もうこの企画にぴったりだと。支払いって人間関係に直結するとても大事なところなんで、そこが透明かつ自動でできるっていうのは本当に助かりました。

あとスプリットしている同士で可視化されたクリアなレポートを共有できるのもいいなと思って。何回再生されているかお互いに分かりますから。少し話は逸れますけど、そもそも事務所やレーベルに所属しているアーティストって自分の楽曲がどれくらい再生されているか知らないことが多々あるんですよね。それって本当に恐ろしいことで。あんまりこういうことを言うと余計なこと言うなって人も少なからずいるかもしれないんですけど、もうそういう時代じゃなくて。アーティスト自身が自分のどの曲が世界のどの地域で何回聴かれているのか、今や知っていて当然だと思います。

——僕らもアーティストに新たな選択肢を提供できればということでスプリット機能を開発したので、今回こういう風に企画にのせながらクリエイティブを加速するツールとしてアクティブに使っていただけたのは作った側からしても新たな発見でした。

まだこの機能を知らない人もたくさんいると思うんですけど、すごい可能性を秘めてますよね。そもそもクリエイティブってシェアすると楽なんですよ。同じレベルにいる同士であればなおさら。僕はクリエイターのシェア・ベースメントであるakubi Inc.っていう会社もやってて自分たちだけで自走できる体制を構築してるんで、一緒に何かやりたいっていうクリエイターさんにはぜひ声をかけてもらいたいです。レーザー・アニメーションを手がけるアーティストチームのMESだったり、海外のフェスに出ているアーティストや、映画や広告の世界の第一線で活躍しているクリエイターもたくさんいて、事務所に撮影スペースもあるんで(笑)。


「アーティストが曲の権利を知る必要性」、「リスナーの同調圧力」― sleepyhead・武瑠が異例のプロジェクト通じて伝えたいこと

 

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