【Interview】Law and Theory 代表 水口瑛介弁護士 ― ボランティアでアーティストを法的にサポート、音楽に深いリスペクトを持つ弁護士チームのこれまでとこれから
法的なサポートを通して新しい音楽が生まれることに寄与したい――。2018年1月にスタートした音楽家のための法律相談サービス「Law and Theory」。代表を務める水口瑛介弁護士をはじめ、理念を同じくする数名の弁護士によりボランティアで運営されており、開始以来、多くのアーティストの法的悩みをサポートしてきた。楽曲やMVのリリースがアーティスト自身でもできるようになった一方で、アーティストが直面する問題も多種多様になっている今、もっとも必要とされるサービスのひとつだろう。
「LOW END THEORY」から”サンプリングされた”というサービス名からも分かる通り音楽への深いリスペクトを持ったチーム「Law and Theory」のこれまでとこれから。
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目次
スタート以来2年で200件を超える相談
——2018年1月15日にLaw and Theoryが発足され、以来約2年が経過されましたが、”音楽専門の無料法律相談サービス”を現在まで運営され、これまでの活動を振り返ってみて感じたこと、所感をまずお聞かせください。
設立前には、もしかしたら相談がほとんど来ないのではないか、などとも思っていました。しかし、蓋を開けてみると予想していたよりもはるかに多くの相談が寄せられ、心配事を抱えているアーティストが多くいること、そして、彼らの多くが誰に相談したら良いか分からないと思っていることを知りました。
相談内容は多種多様で、法律の専門家の協力なく解決することが難しい問題も少なくありません。アーティストが活動していくにあたり、彼らに適切な法的サポートを提供する存在が必要であることを実感した2年間でした。
——改めてLaw and Theoryの理念を教えていただけますか?
法的な心配事を抱えたアーティストが気軽に相談できる駆け込み寺のような存在となること、心配事を解決して彼らが創作活動に集中できるようにすること、そして、これにより新しい音楽が生まれることに寄与することです。
——現在の運営体制やメンバーはどのようになっていますか?
現在は、私の他に、琴太一弁護士(大阪弁護士会)、尾畠弘典弁護士(福岡弁護士会)、清水航弁護士(東京弁護士会)が所属しています。
相談件数は増え続けていますが、ボランティアで行っているために各弁護士への負担が大きくなってしまっているので、今後も理念を共にするメンバーを増やして、体制を充実化させていくつもりです。
——この約2年のあいだに、実際何件ぐらいの相談がLaw and Theoryに寄せられましたか?
この2年間で約150件の相談が寄せられました。所属弁護士に直接アーティストから相談が来る案件も少なくありませんので、これを合わせると2年間で対応した相談の数は200件を超えると思います。
メジャー/インディー問わず法的な悩みを抱えるアーティストたち
——かなりの相談ペースですね。それだけ悩みを抱えるアーティストが多いということだと思われますが、相談を寄せられるアーティストの規模やジャンルなどもやはり様々ですか?
世界的に活躍されている著名な方から趣味レベルで活動されている方まで、様々なレイヤーの方々からの相談があります。その中にはメジャレーベルと契約されている方もいますし、インディペンデントで活動されている方もいます。
ジャンルは様々ですが、ヒップホップのアーティストの割合が少し高いように思います。サンプリングを用いること、原盤を自身で制作する場合が多いこと、などが理由でしょうか。
アーティスト本人以外にも、中小規模のレーベルや音楽関係の新しいビジネスを模索している方などからの相談もあり、このような相談にも利益相反がない限り積極的に対応しています。
——なるほど、アーティストのサポートをされている方からも相談があるんですね。相談の内容は多岐に渡りケースバイケースかと思われますが、お答えいただける範囲で、例えばどういった相談があるのでしょうか?
著作権や原盤に関連する楽曲の権利関係についての相談がやはり多いです。制作した楽曲に対して自分がどのような権利を有しているのか、その権利に基づいてどのようにお金が入ってくるのか、などというものです。楽曲の権利関係やこれに伴うお金の流れは複雑で、理解も容易ではありません。また、音大や専門学校でもこれを体系的に学ぶ機会は多くないと聞きます。しかし、アーティストとして活動していくにあたり、これらについて最低限の理解は必要です。相談への個別的な対応だけでなく、講義を行ったり、分かりやすいテキストを提供したり、理解の手助けになる活動もしていきたいと思っています。
次に楽曲の制作に関する相談が多くあります。他アーティストの楽曲からサンプリングを行ってよいか、購入したタイプビートを用いて楽曲を制作しても良いか、過去にリリースした楽曲を自分で編曲し直してリリースして良いかなどというものです。制作前に相談がある場合もあれば、実際に権利者からのクレームを受けてしまってから相談がされる場合もあります。
それ以外には、レーベル、レコード会社、音楽出版社などとの契約に関する相談が続きます。提示された契約書にサインして良いか内容を確認してもらいたいというものや、所属レーベルとの楽曲の権利や印税を巡ったトラブルについて意見をもらいたいなどというものです。国内のレーベルだけでなく、海外のレーベルとの契約についての相談もあります。
他には、割合として多いわけではないのですが、大規模レーベルに所属せずにインディペンデントで活動していきたいというアーティストから継続的なサポートを求められることは非常に印象的でした。自分でスタッフや顧問弁護士と直接契約して活動していくスタイルを選択するアーティストが増えつつあるように感じます。このようなアーティストと共に歩みながら近い距離でサポートしていく仕事は、私にとって非常に刺激的なので、特に力を入れて取り組んでいます。
——国内でも海外のようにアーティストがイニシアチブを握って、弁護士をはじめとした各分野の専門家の方々を自分のスタッフにアサインすることがいよいよ進んでいきそうですね。水口さんは寄せられる相談に対し、どれぐらいまでコミットされるんですか?
質問に対してメールで回答してすぐに終了する案件も多いですが、正式に依頼を受けて交渉や訴訟の代理人として活動することもあります。
——訴訟になることもあるんですね。
はい。また、先に述べたように活動全般について継続的なサポートを必要とするアーティストから依頼を受け、顧問弁護士として契約して継続的に関与させてもらっているアーティストもいます。
法的サポートを通して感じた今のアーティストに必要なこと
——多くの相談に関わる中で、少なくともアーティストは普段からこういったところを音楽活動において意識しておいたほうがいいな、など日々のアーティストとのコミュニケーションから浮かび上がってきたことはありますか?
自分がどういうアーティストになりたいのかというヴィジョンを明確に持つことと、自分の楽曲が生み出しているお金がいくらくらいなのかを認識しておくことが必要ではないかと思います。
それによって、どのような形態で活動していくべきなのか、自分以外の誰に関与してもらう必要があるのか、そのために自分の楽曲から発生したお金を誰にどのような割合で配分していくべきなのかということが決まってくるのではないかと思います。
——テクノロジーの進化にともない、国内の音楽を取り巻く環境も従来の枠組みがあてはまらなくなりつつあります。
DTMにより低コストでの原盤制作が可能になったこと、TuneCoreなどのサービスの登場により配信が容易になったこと、SNSを用いたプロモーションが必要不可欠になっていることなど、音楽業界は数年前とは全く異なる状況になっているのではないでしょうか。極端なことを言えば、「自分で出来る」時代になっています。
他方で、日本の伝統的な音楽ビジネスの仕組みにおいては、著作権も原盤権もアーティスト本人の手に残らない場合が多く、それゆえアーティストに還元されるのは相対的に小さな金額になります。このような状況に疑問を感じているアーティストは増えていると思います。
サブスクで1曲あたり数万から数十万回程度の再生数のアーティストの場合、大規模レーベルに所属しても十分な収入は得られない場合が多いようですが、自分達で全ての権利を持って配信を行った場合には、それなりの収入を手にすることが可能です。
アーティストとして活動を長く続けていくために、自分達で楽曲の権利を持ち、これをコントロールしていくというのは合理的な選択ではないかと思います。
音楽好きだからこそ、アーティストも安心して相談
——アーティスト、そしてサポートするスタッフにも、自分のヴィジョンと変化していく音楽環境とを照らしあわせた上での新しいマインドセットが求められますね。少し話は変わりますが、こういった音楽に関連するサービスをボランティアで運営されているだけあって、ご自身もかなり音楽好きだとか。
あまり熱心ではなかったのですが、幼稚園から高校生までクラシックピアノを習っていました。転機となったのは、中学生だった90年代後半にHi-STANDARDを中心に盛り上がっていたメロコアシーンに傾倒したことでした。Vo&Bの難波さんに憧れてベースを始めたのもこの頃です。これをきっかけにライブハウスやレコード屋さんに通うようになり、様々なジャンルの音楽を聴くようになりました。
20代の頃は、弁護士になるための勉強と平行して、DTMやオリジナルのバンドでの活動もしていました。司法試験の数か月前にライブをして、見事に直後の試験に落ちたのも今では良い思い出ですね(笑)。
今は、SolfaやWhite Space Labなどの都内のクラブでDJをさせてもらうことがあります。
——そういった経験があるからこそ、アーティストサイドの気持ちも分かるし、”同じ言語” でアーティストとやりとりができ、アーティストも安心して相談できるんでしょうね。ちなみに、あえて最も好きなアーティストや楽曲を挙げるとすれば?
選ぶのは非常に難しいですが、15年以上熱心に聴き続けているのはアメリカのジャムバンドSTS9です。
バンドサウンドと無機質な電子音が絡み合いながらインプロで進行する彼らの楽曲はどれも素晴らしいですが、中でも「Instantly」、「Ramone & Emiglio」は特に好きです。
——最近だとどういった音楽を聴いていますか?
無機質なゆったりとしたミニマルハウスが好きで、Oge、Cabaret、Perlon、Irenic、Quality Vibeなどのレーベルのリリースは常にチェックしています。
また、Robert Glasper周辺の若い世代のジャズプレーヤーや、BrainfeederやWarp関連のアーティストをよく聴いています。
日本のアーティストでは、最近はD.A.N.、indigo jam unit、小袋成彬、Cero、KID FRESINO、Emerald、ZORNあたりを聴くことが多いです。
——エレクトロからジャズ、バンドサウンド、ヒップホップ等、本当に幅広いですね。あと、プロフィールを拝見すると一般社団法人日本キックボクシング選手協会の理事も務められているとのことですが。
音楽以外には格闘技、特にキックボクシングが好きで、日々トレーニングをしています。その縁で、かつてK-1で活躍されていた佐藤嘉洋氏が設立した日本キックボクシング選手協会の理事をしています。
野球やサッカーなどのメジャースポーツには選手の権利擁護や地位向上を目的とした選手会が存在しますが、キックボクシングにはこのような団体は存在していませんでした。競技の発展のためには、選手サイドに立つこのような組織が必要だと考えています。
——当然だと思いますが、手がけられているのは音楽やスポーツといった方面だけではないんですよね?
クライアントワークとしては、音楽とスポーツ以外の分野では、ファッションブランド、デザイン事務所、IT、流通、教育、不動産など、幅広い分野の企業からの依頼を受けています。
地道かつ積極的に活動を
——幅広くご活動ですが、やはり水口さんがもともと「音楽が好き」という強い気持ちとそれに伴う知見という下地があるからこそ、アーティストもこれまで安心して相談できてきたと思うのですが、今後のLaw and Theoryが改めて目指すものはどういったことでしょうか?
派手な展開は考えず、引き続き、地道にアーティストからの相談に対応していきたいと考えています。
もっとも、多数の相談を受けて知見が蓄積されているので、これを何らかの形で還元することが出来るような場にも今後は積極的に出ていかなければならないなと思っています。
——最後に、法的な悩みを抱えているアーティストへメッセージをお願いします。
アーティストとして活動していく中で、悩みにぶち当たったら、Law and Theoryのウェブサイトの問い合わせフォームからメールを送ってみてください。些細なことでも構いません。もちろん秘密は厳守します。
私たちは、アーティストの皆さんが悩み事から解放され、そして、前向きに活動をしていくためのきっかけになれると思います。
Law and Theory オフィシャルサイト
水口瑛介弁護士 Twitter
【連載】アーティストのための法と理論 Law and Theory for Artists