Maika Loubté、3年ぶりニューアルバム『House of Holy Banana』 リリース 電子音楽の“シン・スタンダード”に到達した全11曲
Maika Loubtéがアルバム『House of Holy Banana』をリリースした。
本作は、儚い日常をSF的視点と近未来的なポップサウンドで描いたアルバム。「人間であるとは何か」という問いを軸に、「家」という極めてパーソナルな空間と、「人間の遺伝子の約半分はバナナと一致する」というシュールな俗説を重ね合わせ、生の有限性と不完全さを静かに肯定する。
「聖なるバナナが住んでる家」「Moshi Moshi」「Vital」「Kingyo-bachi」「Super Producer」といった先行シングルを含む全11曲を収録アルバムの象徴としてリードを飾る「Kumo-no-ito」は、本作の核心を突く意欲作となった。芥川龍之介の『蜘蛛の糸』に着想を得たこの楽曲は、ドリームポップの幻想性と、IDMの緻密なビートが「平和な日常の危うさ」を浮き彫りにしていく。地獄に垂らされた蜘蛛の糸のように、私たちの幸福が微かなバランスで保たれているという死生観は、アルバムが描くテーマをより深く、鋭く問いかける。
サウンドにおいては、ベースレスな音像で都市の焦燥を描くフューチャーガラージ、剥き出しのアシッドトランス、空間を制するアンビエント、そしてノスタルジックなドリームポップなど多岐にわたるアプローチを見せながらも、一貫しているのは「冷たさの中にある確かな体温」だ。鋭利なシンセと、祈りのようなクワイヤ。感情を削ぎ落としたボーカルと、温かな日本語の響き。そこには、生きることの「限りある美しさ」と、「それでも続いていく時間」への冷静なまなざしが宿っている。
客演にbutaji、Marty Holoubek、そしてマスタリングに長年の盟友であるサウンドデザイナーのSountriveといった強固なクリエイター陣を迎え、実験的な試みとポップソングとしての強度が、矛盾することなく一つの作品として成立した。ジャケットアートはグラフィックデザイナーのnyoro2sが手がけている。
Maika Loubté コメント
感覚的なことを言葉にして伝えるのは、いつも簡単なことではありません。変なタイトルをつけてしまったことを我ながら悔やんだりもしましたが、『House of Holy Banana』は、音楽的にもテーマ的にも、自分の中でとても重要な作品になりました。
ある日、SNSで見かけた「人間の遺伝子の約50%はバナナと一致する」という一見ユーモラスな俗説。この俗説に対して「うまく生きられないことがあって当然。なんせ、私たちは半分はバナナだったんだから。」と解釈したとき、いかに人間がちっぽけな存在なのかと気づきました。
今までの人生もこの瞬間も、バナナがすぐに黒くなっちゃうのと同じように、地球規模で見ればなにもかもが一瞬の出来事なのだ。みんな、脆弱なのだな。そう思うと、なんだか全員すこし可哀想で、可笑しさに包まれた存在なのではないかという思いが押し寄せました。
それ以来、生活の中に、ある“ひりひりとした感覚” を覚えるようになりました。砂のように、時間が手からすり抜ける感覚。見慣れたはずの自宅が、儚い星のように光って見える感覚。自分は現実を見ているようで、本当は何も見えていないのかもしれないという悲しくも新鮮な個人的リアリティ。
そんな私的な作品を、心から信頼を寄せる素晴らしいミュージシャンや、理解あるチームメンバーのおかげで完成させることができました。
この音楽が、あなたの日常にも静かに染み込んでいくことを願っています。