【連載】アーティストのための法と理論 Vol.7 – 楽曲制作やライブ出演の契約におけるトラブル回避の工夫 | Law and Theory for Artists

アーティスト向け
2020.11.25
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【連載】アーティストのための法と理論 Law and Theory for Artists Vol.7 – 楽曲制作やライブ出演の契約におけるトラブル回避の工夫

音楽家に無料法律相談サービスを提供するMusic Lawyer Collective「Law and Theory」の弁護士メンバーが、音楽活動における法的な具体事例をQ&A形式で定期的に解説・紹介する連載『Law and Theory for Artists』の第7回。

今回は、楽曲制作やライブ出演の契約を受注する上で、トラブル回避のためにできる工夫について取り上げます。

Law and Theory × THE MAGAZINE
(Illustration : LID BREAK)

 

【連載】アーティストのための法と理論 - Law and Theory for Artists Vol.7

Q. 楽曲制作やライブ出演の受注時にトラブルを回避したいのですが、契約書を作成した方が良いのでしょうか?また、契約書が作成できない場合は、どのようにすればよいでしょうか?

<相談内容>
私はフリーのシンガーソングライターとしてライブ活動を行うかたわら、他のアーティストなどから依頼を受けて個人で楽曲制作を行っています。条件面については基本的に口頭で話を進めているのですが、依頼者とトラブルになることがたまにあります。

先日、依頼者から楽曲納入の前倒しを求められ、それはできないと伝えたところ、依頼者は報酬の一部を支払わないと言い出してしまいました。

また先日、ライブ主催者によってSNS上に私のライブ映像がアップロードされてしまいました。ライブ映像の利用については何も合意しておらず、想定外のことだったため、クレームを入れて削除してもらいましたが、多大な時間と労力がかってしまいました。

今後このようなトラブルを回避するためには、契約書を作成した方が良いのでしょうか?また、契約書がどうしても作成できない場合にはどうすればよいのでしょうか?

 

A. 尾畠弘典弁護士の回答

<回答の概要>

契約書の作成をお勧めします。契約書の作成ができない場合は、少なくとも重要な条件についてはメールなどの記録に残る方法で明確にした上で受注しましょう。

 
1. 契約書が作成できない場合どうする?


楽曲制作やライブ出演について口頭で合意をすれば、法的には契約が成立します。

しかし、口頭での契約の場合、支払いや成果物の納期などの条件やイレギュラーな事態(キャンセルなど)の処理について明確には合意できていないことが多い上、いかなる内容の合意が成立したのかを後から証明することも難しいため、トラブルに発展しているケースも散見されます。

契約書があれば、契約の内容を明確にでき、かつ、契約の内容を証明することができます。トラブル回避のため、可能であれば契約書を作成することをお勧めします。

ただ、依頼を受けて楽曲制作やライブ出演をする場合、依頼者との関係性や慣習、作成の手間、技術的に作成が難しいなどの理由から、口頭で話が進むケースも多いのではないでしょうか。

そのような場合でも、トラブル回避を目指す方法はあります。主要な条件について、発信者と受信者とが特定でき、かつ、文字のやり取りとして記録に残るような方法(メール、SNSのメッセージ等)によってやり取りし、合意の内容を明確化・記録化しておきましょう。

メールなどのやり取りは、万が一裁判になったときには契約の内容を証明するための有力な証拠になり得ますし、「言った、言わない」の議論に陥りにくいため、口頭と比べるとトラブルは格段に減るでしょう。

口頭のやりとりを録音する方法も考えられるところですが、やはり文字の方が明確な表現でやり取りができることから、記録としての価値は高いと思われます。可能な限りメールなどでのやり取りをお勧めします。

なお、①同一の依頼者に対して、単発ではなく一定期間にわたって楽曲提供やライブ出演を反復継続する場合、②動く金額が大きい場合、③関係者多数・工数が大きいなど内容が複雑な場合等については、トラブルになった場合の損害も大きく、トラブルが複雑になりやすい傾向にあるため、弁護士に依頼して契約書を作成することを強くお勧めします。

 

2. 明確にしておくべき事項


以下、楽曲制作とライブ出演を想定して、少なくとも契約書上あるいはメール等でのやり取りにおいて明確にしておくべき事項を挙げます。

 
(1)楽曲制作

ア 楽曲の内容
楽曲の内容について依頼者の指定がある場合は、曲調やジャンル、長さなどについてできる限り具体的にしておきましょう。楽曲の内容について完全にあなたに委ねられているのであれば、その旨を明確にしておきましょう。

 
イ 納入期限、納入方法
日数や日付を特定する形で納期を定めておきましょう。また、納入にあたって記録媒体を用いるか否か、記録媒体の種類・送付方法、データ形式・送信方法等も明らかにしておきましょう。

 
ウ 納入後の検査の方法
納入後は依頼者に成果物の内容を確認してもらうことになります。成果物の確認方法について取り決めをしておきましょう。納入後の修正要求に応じるか否か、応じる回数や限度についても明らかにしておいた方が良いでしょう。

 
エ 報酬
報酬の金額や計算方法は必ず明らかにしておきましょう。支払期限については「納入後●日以内」、「●年●月●日」といった形で特定しておきましょう。

 
オ 著作権・著作隣接権の帰属等
あなたが楽曲制作を行うのであれば、あなたが楽曲の著作者及び著作権者となります。また、あなたが楽曲制作にあたり楽器を演奏するなど実演を行っている場合や、原盤を制作している場合は、あなたは実演家・レコード製作者として著作隣接権を保有することになります。

契約においては、これらの権利を依頼者に譲渡するのか否か、譲渡する場合はこれらの権利が一定期間経過後に返還されるのかされないのか、あるいはライセンス(権利はあなたに留保したままで、一定の使用を許諾するだけ)にとどまるのかという点や、ライセンスの範囲などについて明らかにしておきましょう。

なお、あなたは著作権の一つとして、楽曲の編曲などの改変を行う権利(=翻案権)を有しています。つまり、依頼者はあなたの許諾なく楽曲の編曲などを行うことはできません。この権利を依頼者に譲渡しないのであれば、編曲などの可否や二次的著作物の利用に関する条件についても明確にしておきましょう。

著作権については本連載Vol.1、著作隣接権については本連載Vol.2Vol.4などでも説明していますので参照してください。

 
カ 著作者人格権に関する事項
著作者であるあなたは楽曲について著作者人格権(公表権、氏名表示権、同一性保持権)を有します。この権利はあなたに専属的に帰属し、譲渡はできないと考えられています。そのため、これらの権利を譲渡する内容の合意はできません。

特に氏名表示権と同一性保持権に関して、以下の点に留意してください。

楽曲の著作者は、楽曲を公衆へ提供する際に、著作者の実名又は変名を著作者名として表示する又は表示しないことにする権利(=氏名表示権)を有しています。要は、クレジット表記の有無ついては著作者であるあなたが決定することができるということです。この点について希望がある場合は、明確にしておきましょう。

また、楽曲の著作者は、その意に反して楽曲を改変されない権利(=同一性保持権)を有しています。納入後に依頼者が楽曲を改変することを許諾するか否か及び許諾の範囲などについて明らかにしておきましょう。

著作者人格権については本連載Vol.3Vol.4などでも説明していますので参照してください。

 
キ キャンセルの場合の精算等
少なくとも依頼者の都合によるキャンセルの場合の報酬の処理やキャンセル料の有無・金額については明らかにしておいた方が良いでしょう。下記のメール文例も参考にしてください。

 
 
(2)ライブ出演

ア ライブの内容等
日時、場所、出演時間、ネット配信の有無、拘束時間等について明らかにしておきましょう。

 
イ 報酬、経費
報酬については金額、支払期限について明らかにしておきましょう。経費については、交通費、宿泊費、機材運搬費等の負担の有無・程度、精算方法等について明らかにしておきましょう。

 
ウ 録音・録画の有無、利用等
ライブの録音・録画を許諾するか否か、音声・映像の利用可否、利用期限や範囲、対価の有無・金額等について明らかにしておきましょう。

 
エ 出演不能の場合の精算等
依頼者の都合でキャンセルになる場合もあれば、出演者の都合でキャンセルになる場合もあります。また、出演できないことについて、双方に責任がない場合もあります(災害など)。それぞれの場合に報酬をどのようにするか、既に発生している経費をどちらが負担するかなどといった点は、明らかにしておくべきです。下記のメール文例も参考にしてください。

 

3. メール文例


正式な契約書が締結できない場合を想定し、契約内容の確認のために相手方へ送信するメールの文面の案を考えてみましたので参考にしてみてください。

このようなメールを「たたき台」とし、条件交渉自体をメールのやり取りにより行うことで合意の内容が明確になり、トラブルも少なくなるでしょう。

【楽曲制作の場合】

●● 様
この度は楽曲制作のお問い合わせありがとうございます。
以下のとおりご契約の条件等をご案内いたします。

  1. 納  期
    ご依頼から50日以内
  2.  

  3. 納入方法
    要協議
  4.  

  5. 対  価
    金●万●円(税別)
  6.  

  7. 支払期限
    納入後30日以内(銀行振込み)
  8.  

  9. 著作権等
    1. 著作権譲渡ではなく独占的利用の許諾(ライセンス)となります(編曲などの改変行為は許諾いたしません)。
    2. 実演家・レコード製作者として当方が有する権利の譲渡及びその対価については、要協議。
    3. 楽曲公表後、当方のSNSアカウント等において、ポートフォリオとして本件楽曲を無償利用させていただきます。
  10.  

  11. クレジット
    当方指定のクレジットを表示していただきます。
  12.  

  13. キャンセル
    依頼者様の都合によるキャンセルの場合、以下の区分に応じたキャンセル料をキャンセル日から7日以内にお支払いいただきます。
    1. ご依頼日~納期の25日前
      金●万円
    2. 納期の24日前~11日前
      金●万円
    3. 納期の10日前~
      金●万円

 
ご不明な点やご意見などがあれば何なりとお尋ねください。
納入方法等の協議事項について確定の後、正式なご依頼としてお受けいたします。
引き続きよろしくお願いいたします。

 
【ライブ出演の場合】

●● 様
今回のご依頼の内容や条件について、現在までのところ以下のように合意できたと理解しています。

  1. 出演日時等
    2020年11月21日(土)
    16時30分~17時15分
    拘束時間 : 10時00分~18時30分
  2.  

  3. 開催場所
    ●●県●●市●●1-2-3 ●●ホール
  4.  

  5. 出演料
    金●万●円(税別)
    支払期限 : 2020年12月31日
  6.  

  7. 経費等
    自宅・会場の往復交通費、会場・宿泊先の往復交通費、宿泊費、楽器・機材類の運搬費等の出演経費は、●万円を上限として貴社が実費負担
    ※精算方法は前回のライブ(2019年11月16日開催)と同様
  8.  

  9. 出演不能の場合
    貴社都合の場合、貴社は出演料全額を支払い、当方の経費を負担する。
    当方都合の場合、貴社は出演料全額を支払わず、当方の経費を負担しない(当方都合でも貴社都合でもない場合(例:災害等)も同様)。

 
万一当方の認識違いがある場合は、お手数ですがメールにてご指摘ください。
なお、貴社による出演時の録音、動画撮影については承諾いたします。音声及び映像の利用等については引き続き協議させてください。

 
上記メールの文面はあくまで一例であって、合意すべき全ての事項を網羅しているわけではありません。状況に応じて項目や内容の加除修正を行う必要がありますのでご留意ください。


 
アーティストのための法と理論 Law and Theory for Artists

 

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https://suzuri.jp/lawandtheory

この記事の執筆者
尾畠弘典弁護士
弁護士(尾畠・山室法律事務所)。音楽家のための無料法律相談サービスを提供するMusic Lawyers Collective「Law and Theory」メンバー。離婚、相続、行政案件等を広く手掛けるかたわら、音楽家への相談に対応している。プライベートではジャズピアノの演奏活動を精力的に行っている。