【連載】アーティストのための法と理論 Vol.2 – 原盤権 | Law and Theory for Artists

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2020.5.26
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【連載】アーティストのための法と理論 Law and Theory for Artists Vol.2

音楽家に無料法律相談サービスを提供するMusic Lawyer Collective「Law and Theory」の弁護士メンバーが、音楽活動における法的な具体事例をQ&A形式で定期的に解説・紹介する連載『Law and Theory for Artists』の第2回。

今回は、原盤権に関する問題を取り上げます。

Law and Theory × THE MAGAZINE
(Illustration : LID BREAK)

 

【連載】アーティストのための法と理論 - Law and Theory for Artists Vol.2

Q. レーベルとの契約終了後に、レーベル在籍時に制作してリリースした楽曲を、原盤データをそのまま利用して再リリースして良いでしょうか??
また、この楽曲のパラデータを用いてリマスタリングした上で再リリースしても良いでしょうか??

<相談内容>

私は3人組インストバンドのリーダーです。以前はとある大手のレーベルに在籍していましたが、契約期間満了後、1年程フリーの期間を経て、現在は別のレーベルで活動しています。

現在作成中のアルバムに、前のレーベル在籍時に制作しリリースした楽曲Aを収録したいと考えています。前のレーベルから許諾を得ずに、私の手元にある原盤データをそのまま収録することは可能でしょうか?

また、私の手元にある原盤の元となったパラデータを用いてリマスタリングをした上で収録することは可能でしょうか?

 

 A. 尾畠弘典弁護士の回答

<回答の概要>

前のレーベルに楽曲Aの原盤権がある場合は、楽曲Aの収録について、前のレーベルから許諾を得る必要があります。

原盤の元となったパラデータを用いてリマスタリングした上での収録についてはケースバイケースであり、前のレーベルの許諾が必要となる場合と不要となる場合の両方があり得ます。

また、前のレーベルとの間で楽曲Aの再レコーディング禁止の合意をしている場合は、収録できない可能性があります。

 

1. 原盤権とは?


「原盤権」とは、レコード製作者がレコード原盤に固定された音について有している権利のことです(正確には著作隣接権として規定される「レコード製作者の権利」といいますが、一般的に、原盤権と呼ばれています。)。なお、ここでいう「レコード」とは、アナログレコードだけでなく、CDや磁気ディスクなど、音を記録できる媒体に固定された音のことをいいます。

原盤権にはレコードの複製、送信可能化、譲渡、貸与などを独占的にできる権利が含まれています。「レコードの複製」とは、例えばレコード原盤を用いてCDをプレスすることです。また、「送信可能化」とは、例えばレコード原盤のデータをネット配信することです。

原盤権を持たない者がこのような行為を行うには、原盤権を持つ者(原盤権者)の許諾が必要です。このような行為を許諾なく行った場合は、原盤権者はその行為を差し止めたり、賠償を求めることができます。

なお、原盤権は、届出や申請などは必要なく、原盤制作時に法律上当然に発生し、レコードの発行が行われた翌年から起算して70年を経過するまで存続することになります。

 

2. 原盤権は誰の手にあるか?


原盤権は、レコード製作者に帰属します。レコード製作者とは、著作権法上「レコードに固定されている音を最初に固定した者」を指します。レコード製作者の定義はこのようにあまり明確ではありませんが、原盤制作時における費用の負担者がレコード製作者に該当するという判断をした裁判例があり、これと同様に考えられています。

そのため、前のレーベルが楽曲Aの原盤制作の費用を負担していた場合は、前のレーベルがレコード製作者となり、楽曲Aの原盤権を持っていると考えられます。なお、原盤権が前のレーベルから別のレコード会社などへ譲渡されている場合もありますので注意が必要です。

 

3. 原盤権と著作権の関係は?


楽曲の著作権とは、楽曲を複製する、編曲する、演奏する、複製物を譲渡・貸与する、などといった行為を独占的に行うことができる権利であり、原盤権とは全く別の権利です。

原盤制作が行われた場合は、一つの楽曲について、著作権と原盤権の2つの権利が存在することになります。それぞれの権利が別の者に帰属していることもよくあります。

楽曲Aについても原盤権の他、著作権が発生しています。

楽曲Aの著作権者が誰かを別途確認する必要があることや、あなた以外の者が著作権者である場合には著作権者からも許諾を得る必要があることは前回の記事「アーティストのための法と理論 Law and Theory for Artists Vol.1」で解説したとおりです。

楽曲利用一般について言えることですが、著作権の問題とともに原盤権の問題をクリアする必要がありますので注意が必要です。なお、JASRACとNexToneは原盤権の管理は行っていませんので、原盤利用の許諾は基本的に個々のレコード会社などから得る必要があります(一般社団法人日本レコード協会が音源利用許諾窓口一覧を公開しています)。原盤権者の特定や、許諾を得るのに困難を伴うケースもあります。

 

4. 原盤データをそのまま収録する場合


前のレーベルが楽曲Aの原盤権者の場合は、楽曲Aの原盤データを収録するには、CD販売かネット配信かを問わず、前のレーベルの許諾が必要となります。前のレーベルにコンタクトをとり、交渉をする必要があります。

 

5. 原盤の元となったパラデータを用いる場合


(1)はじめに
原盤の元となったパラデータを用いてリマスタリングした上で収録する場合に前のレーベルの許諾が必要か否かは、一概に言うことはできず、ケースバイケースで考える必要があります。

実務上は、レーベルとの専属マネジメント契約などにおいて、楽曲のパラデータの原盤権を含むアーティストのあらゆる権利をレーベルへ譲渡する内容の合意がなされていることが多いと思われます。

あなたのケースでも、前のレーベル在籍時に楽曲Aのパラデータの原盤権(以下「パラデータの原盤権」とします。)の譲渡が行われている可能性が高く、その場合は、パラデータを用いた楽曲Aの収録には前のレーベルの許諾が必要となります。

以下では、そのような合意がない場合にどうなるかという点の解説を試みたいと思います。なお、以下の解説はあくまでも私見ですのでご留意ください。
 
(2)許諾が必要と解される場合
前のレーベルが所有するスタジオと機材で楽曲Aのパラデータを制作した場合は、前のレーベルがパラデータ制作の費用を負担しているものと考えられます。各パラデータは楽曲制作の過程のどこかで記録媒体に固定されているはずですから、その時点でパラデータの原盤権が発生し前のレーベルに帰属していることになります。

パラデータを用いた楽曲Aの収録にはパラデータの複製を伴うと考えられますので、前のレーベルの許諾が必要ということになります。
 
(3)許諾が不要と解される場合
一方、例えばあなたの自宅において、あなたが購入した機材を用いてパラデータを収録した記録媒体を制作した場合は、あなたがパラデータ制作の費用を負担しているため、パラデータの原盤権はあなたの手にあると考えられます。このような場合は、パラデータを用いてリマスタリングした上で楽曲Aを収録するのに前のレーベルの許諾は不要と考えます。理由は次のとおりです。

前のレーベルが費用を負担して楽曲Aのマスタリングを行い原盤制作しているのであれば、その楽曲Aの原盤に対する原盤権(以下「完パケ版の原盤権」とします)が(あなたが持つパラデータの原盤権とは別に)発生し、前のレーベルに帰属していると考えられます。

ある演奏を録音したマスターテープ(「α」とします。)に対し、αの制作者とは別の者がミキシングとマスタリングを行い、新たにマスターテープ(「β」とします。)を制作したケースにおいて、βの音がαと同一性を有する音として、αの「複製」であるにとどまり、βは原盤権の対象とはならないとした裁判例がありますが(大阪地裁平成30年4月19日判決〔ジャコ・パストリアス事件〕)、今回のように複数のパラデータを用いて一つの楽曲を構成する場合は、加工後の音が加工前の音と同一性を有するとは考え難く、前のレーベルにおけるマスタリング後の楽曲Aは別途原盤権の対象となると考えられるでしょう。

では、パラデータを用いてリマスタリングした上で楽曲Aを収録することが、前のレーベルが有する楽曲Aの完パケ版の原盤権に触れるかというと、私は触れないと考えます。前のレーベルの有する楽曲Aの完パケ版の原盤権はあくまでも前のレーベルがマスタリングした完パケ版の原盤に対して認められている権利であって、あなたが行おうとしているリマスタリングの結果生じる楽曲Aには及ばないと考えられるためです。

なお、一部のパラデータが前のレーベルの費用負担で行われている場合は、そのパラデータの収録には前のレーベルの許諾が必要と考えます。
 
(4)その他留意点
前のレーベルが楽曲Aの著作権者であるなど、あなた以外の者が著作権者である場合には、再収録には著作権(複製権、翻案権など)が及ぶことから、著作権者の許諾が別途必要となります。

 
6. 再レコーディング禁止の特約に注意


アーティストとレーベルとの間のマネジメント契約上、契約期間中にリリースした楽曲について、このレーベルの関与なしに再レコーディングしてはならないという内容の条項が存在している場合があります。

このような条項がある場合は、楽曲Aの再収録ができない可能性があります。原盤権を侵害しないようなリマスタリングであっても、この合意を理由として前のレーベルからアルバム収録をしないよう主張される可能性があります。

ただ、私見では、再レコーディングを禁じた期間が長きに過ぎるなど、アーティストにとって余りにも不利な場合には、独占禁止法や民法上の公序良俗に違反するとして、この合意の有効性を争う余地もあるものと思われます。

前のレーベルと取り交わした契約書がある場合は、内容をよく確認してください。


 
アーティストのための法と理論 Law and Theory for Artists

この記事の執筆者
尾畠弘典弁護士
弁護士(尾畠・山室法律事務所)。音楽家のための無料法律相談サービスを提供するMusic Lawyers Collective「Law and Theory」メンバー。離婚、相続、行政案件等を広く手掛けるかたわら、音楽家への相談に対応している。プライベートではジャズピアノの演奏活動を精力的に行っている。