【このリリースがすごい!】OKOJO「ちょー安泰」| シンプルでいて緻密、聴けば聴くほどに輝き増すヘビロテ必至曲
音楽ファンは要チェック、注目のリリースをレビューする特集企画『このリリースがすごい!』。今回は、OKOJOの新曲「ちょー安泰」を紹介。
大阪発の3ピースロックバンド・OKOJOが、2026年3月28日にニューシングル「ちょー安泰」をリリースした。昨年11月のアルバム『YAGI』以来となる新曲である。
まず、このタイトルがいい。「ちょー安泰」。漢字とひらがなを混ぜ込んだこの6文字だけで、歌の世界観がなんとなく見えてくる。本来、ここのワードって「超」でもいいし、「ちょう」でもいいし、「チョー」でもいいのに、あえて選ばれたのは「ちょー」。その語感をチョイスするセンス。ここを「ちょー」としたことで、どことなく肩の力が抜けた印象を受けるし、歌の主人公に宿るちょっとした照れのようなものも見える。まあ、今話したことは完全な自分の主観であり、どう感じるかは聴き手によって様々だと思うが、歌に宿る余白が大きくなったことは確かだ。こういうちょっとした部分だけでも、的確なフックを入れることで独自の世界観を構築しているのが、シンプルに良いなあと思った次第。
そういう印象をもって歌の世界に入るからこそ、20秒ほどあるイントロの聞こえ方も変わってくる。丁寧で柔らかくビートをキープするドラムの音、寄り添うように支えるベースのリズム、小気味よく刻まれるカッティングと、鋭く伸びやかに鳴り渡るチョーキングのコントラスト。春のような暖かさの中、等身大っぽい歌の世界が響く印象で、「ちょー」のイメージとあいまったなんだか微笑ましい気持ちで音の世界に耽溺できる。なんせ、「ちょー」が持つ世界観と、このイントロはどこまでもシンクロしている。この聴き心地は他の歌にはない、独特のものだなあと感じる。
「ちょー安泰」が持つ音楽世界って、端的な言葉でいえば「素朴」という言葉が似合う手触りだと思う。でも、響いている音の質感は素朴とは対極。言葉の組み立てと音の組み立てが上級者のテトリスよろしく、綺麗にばちばちにハマっていく気持ち良さがあるのだ。
松下のボーカルも見事だ。派手に張り上げるのではなく、言葉のひとつひとつを丁寧に置いていくような歌い方。寄り添うような、でも、一歩先を進んでいるような、そんな絶妙な温度感でキャッチーなメロディーをゆるやかに紡いでいく。例えば、このトーンの歌でバキバキのハイトーンボイスが響いたら「ちょっと違うな・・・」となると思う。「ちょー」→「OKOJOサウンド」→「松下のボーカル」。全部が綺麗に繋がっているからこそ、歌の主人公の生活までも見えてくるような、どこまでも解像度が高い歌の世界を体験できるのだ。
そうそう、この歌は歌詞も良い。どのフレーズがっていうよりも、全体の流れが良いのだ。この歌って歌詞をよくよくみると、めっちゃ丁寧に描写しているわけじゃない。僕と君の具体的な何かのエピソードを歌にしているってわけじゃない。なのに、きっとこの二人はこんな生活をしていて、こんな月日を重ねたんじゃないかなーと想像したくなる余白があるのだ。なんなら、どんな格好をしていて、どんな性格をしているのかもなんとなく想像できるし、人によってはそこに「自分」を重ねるような聴き方もできる。そういう聴き方がスルっとできる言葉選び、つまりは歌詞が、めっちゃ良いなーと聴いていて思ったし、そう感じられるのは良いタイトルがあって、良いサウンドがあって、良いボーカルがあるからこそ。
さらに、この歌が好きだなあと思った部分は、シンプルなミドルチューンという雰囲気でありながら、最後のサビではしっかりと大サビというか、もうひとつ新しい展開を作るような面白さがあるところ。コーラスが分厚くなって、主旋律とは違うメロディーが主役に躍り出るような構成。これがあることで、歌がよりインパクトのあるものとなって輝く。結論。「ちょー安泰」はぱっと聴いた分には”ど派手”な歌ではないんだけど、聴けば聴くほどにどんどん輝きが増すタイプの楽曲だと感じた。だから、自分は今もヘビロテ中。お守りのようにそっとプレイリストに居座っている、そんな楽曲だ。
