【連載】アーティストのための法と理論 ビギナークラス — エピソード12「フリーランスとの契約」

アーティスト向け
2025.6.23

 
■尾畠弘典弁護士による解説

 
フリーランス法とは?

「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(以下「フリーランス法」といいます。)は、フリーランスの取引適正化と就業環境の整備を図る趣旨で制定された法律で、2024年11月から施行されています。この法律の適用を受ける者の代表例は、個人のフリーランスです。個人のうち従業員を使用しないものはこれに当たります。音楽業界では、フリーランスとして活動している作曲家、編曲家、実演家など、多くの人がこの法律の適用の対象になり得ます。

この法律が適用される場合、仕事を依頼する事業者(発注者)は、以下の区分に応じ、次の義務を負うことになります。
 

【連載】アーティストのための法と理論 ビギナークラス — エピソード12「フリーランスとの契約」図1

※1:1か月以上の期間にわたって行う業務委託に限られます。
※2:6か月以上の期間にわたって行う業務委託以外の委託においては努力義務とされています。
※3:6か月以上の期間にわたって行う業務委託に限られます。

以下では、これらの義務のうち特に重要なものに絞って説明します。

①取引条件の明示義務とは、発注者の氏名・名称等、業務委託日、フリーランスがなすべき給付の内容、その給付を受けるべき期日、報酬の額や算定方法、支払期日などをフリーランスへの業務委託後直ちにメールや文書等で明示しなければならないというものです。

③報酬の支払期日に関しては、フリーランスがなすべき給付を注文者が受領した日から起算して60日以内のできる限り短い期間内において定めなければならないとされ、これに違反する報酬の支払時期が定められたとしても給付の受領日から起算して60日が報酬の支払期日とみなされるのが原則です。ただし、業務委託が再委託である場合は、注文者がフリーランスに対し〔1〕再委託である旨、〔2〕元の委託者の氏名または名称および〔3〕元の委託業務の対価の支払期日等の事項を明示した場合に限り、報酬の支払期日は元の委託業務の対価の支払期日から30日以内となります。

④フリーランスに帰責事由がない給付の受領拒否禁止等とは、発注者がフリーランスに何らの落ち度がないにもかかわらずその給付を拒んだり報酬を減額すること、著しく低い報酬額を不当に定めること、フリーランスに不当に金銭・労務の提供をさせたり、注文内容を変更したり、やり直しをさせることなどを禁止するというものです。この義務が生じるのは1か月以上の期間にわたって行う業務委託に限られますが、単発の委託であっても、委託から成果物の提供までの期間が1か月以上である場合はこの義務が生じます。

 
音楽系フリーランスに向けて分かり易くフリーランス法を解説したテキストとして、文化庁が発行する「音楽系フリーランスのための契約ガイドブック」がありますので参照してください。

 
 
ジローがMAGAZINE社との取引で気を付けるべき点

ジローは誰も雇用せず個人で活動していますから、フリーランス法の適用を受けることになります。MAGAZINE社(以下「M社」といいます。)に2以上の役員があり、または従業員を雇用しているとすれば、M社は上表の区分でいうと左欄に当たり、今回の取引においてフリーランス法上の諸義務を負うことになります。

したがって、M社はジローに報酬金額、その支払時期、楽曲の納期などの委託の条件を適格に明示すべき義務を負います。報酬の支払期限は原則として納品から60日以内となります。

ジローとしては、トラブル回避のため、楽曲の曲数や長さ、ジャンル、雰囲気など制作すべき楽曲の内容や、納品された楽曲の修正等の請求の可否・回数などについても可能な限り具体的な取り決めをした上、委託条件として明示を受けた方が良いでしょう。

また、今回のような楽曲制作委託においては、楽曲に発生する著作権や実演家の権利の移転の有無や許諾の範囲およびその対価についてもあらかじめ協議して決めておくべきです(著作権については本連載エピソード1、実演家の権利については本連載エピソード7参照)。

ジローはM社依頼にかかる楽曲を自己名義でリリースしたいのですから、楽曲に関するこれらの権利をジローに留保し、M社には特定のウェブCM利用を許諾する内容とすることを目指して交渉を行うことになるでしょう。

もっとも、ジローがJASRACなどの著作権等管理事業者に自己の楽曲の著作権の管理を委託している場合は、制作委託にかかる楽曲の著作権も当該著作権等管理事業者に移転することになるため、発注者に当該権利が移転するという内容の合意をすることはできません。ジローがJASRACと契約している場合、発注者はJASRACに楽曲の著作権使用料を支払った上でCMに利用することになります。ただし、発注者がJASRACへの著作権使用料の支払なしに楽曲を利用したいという要望があり、ジローがこれに同意する場合は、JASRACへ委嘱楽曲としての届出を行うことでこれを実現できる場合があります(詳細はJASRAC「CMと音楽著作権」P38参照。)。

また、ジローがレコード会社との間で専属実演家契約を締結しているときは、楽曲の実演家の権利がこれらの会社に移っていたり、そもそもM社からの依頼を受けるのにレコード会社の了承が必要となる可能性があります(専属実演家契約につき本連載エピソード9参照)。そのため、この場合ジローはレコード会社とも協議しながら話を進めていく必要があるでしょう。

 
 
ジローが知人との取引で気を付けるべき点

ギタリストの知人も誰も雇用せず個人で活動しているでしょうから、フリーランス法の適用を受けることになります。ジローは上表の区分でいうと右欄に当たり、給付の内容、給付の期日、報酬の額、支払期日などの取引条件の明示義務を負うことになります。

ギターの演奏により知人に生じる実演家の権利の帰属や対価についても協議の上で合意をしておくべきです。今回は納入先のM社とジローの間の契約上、楽曲に関する実演家の権利をM社などの第三者に帰属させるという合意をすることがあり得ますが、その場合ジローは、実演家の権利を第三者に帰属させることについて知人から了承を得ておく必要があるでしょう。

 


 

今回の内容をはじめ、音楽に関する法的知識を身につけたい方は下記のバックナンバーもぜひチェックしてみてください!

『アーティストのための法と理論 – Law and Theory for Artists』バックナンバー
https://magazine.tunecore.co.jp/taglist/law-and-theory-for-artists/

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この記事の執筆者
尾畠弘典弁護士
弁護士(尾畠・山室法律事務所)。音楽家のための無料法律相談サービスを提供するMusic Lawyers Collective「Law and Theory」メンバー。離婚、相続、行政案件等を広く手掛けるかたわら、音楽家への相談に対応している。プライベートではジャズピアノの演奏活動を精力的に行っている。