百足『Orange』インタビュー「クオリティにこだわることが迷惑をかけた人たちへの報いになる」

インタビュー
2024.3.25
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百足の最新EP『Orange』は、“FulBet期限付きの成功/暗い過去も今までの前奏”(FulBet)というリリックで幕を開ける。人気番組『BAZOOKA!!! 高校生RAP選手権(以下、高ラ)』での優勝を皮切りに、2023年3月には盟友・韻MANとの「君のまま」が空前の大ヒットを記録。新世代のラッパーの中でも突出したキャリアを歩んでいるように見えた。しかし喜びも束の間、同年9月にコカインの使用で逮捕されてしまう。本作『Orange』は挫折と失意の中で制作された。今回のインタビューでは、百足が1曲1曲に込めた思いを深く聞いていく。

 
取材・文 : 宮崎敬太
企画 : Jiro Honda
 
 
捕まったことへの怒りが入ってる歌詞はボツにした

——『Orange』の話題の前に伺いたいのですが、百足さんにとって「君のまま」の大ヒットはどのようなものでしたか?

とんでもなかったです。『高ラ』で優勝して自分の環境は激変したけど「君のまま」のヒットはその比じゃなかった。浮かれてたと思います。あの曲はもともとボツ曲だったんです。なにかのきっかけで韻MANが“そういやこんな曲もあった”的に「君のまま」を発見して、“別に配信する予定もないしSoundCloudにでもアップするか”ってノリで上げたら、わけわかんないくらいバズちゃって。(バズを)狙って作ったわけじゃなかったから驚きのほうが大きかったです。

 
——2023年にストリーミングで1億回を突破したのは、YOASOBI「アイドル」、NewJeans「OMG」、Mrs. GREEN APPLE「ケセラセラ」など、制作費も広告費も桁違いの作品ばかりということを踏まえると、「君のまま」のヒットが百足さんに何をもたらしたのか、自分には想像もつかないなと思いまして。

リリースされてから3〜4ヶ月は自分でもわけわからない状態がずっと続いてました。

——そんな最中に逮捕されました。『Orange』の制作はいつから始めたんですか?

留置所を出てすぐ。(2023年)11月くらいからですね。まず「Full Bet」ができて、他にもいかつい系のトラップを3曲くらい作ってました。最初はそっち系のダークなEPにしようと思ってたんです。でも途中から「これ絶対ダメだ」と気づいて。

——なぜ?

ラップだけのEPだと「君のまま」で僕を知ってくれた人が“?”になってしまうと思ったからです。自分にとって一番売れた曲はラブソングだし、僕自身もラブソングが好き。かと言ってコカインで捕まったあとにラブソングだけのEPを出すのも違うかなと思って。ラップという自分のバックボーンを表現しつつ、いろんな人に聴いてもらえる作品にしたかったので、今回の5曲になりました。

——では「Full Bet」の “FulBet期限付きの成功/暗い過去も今までの前奏” という最初のラインはどんな気持ちで書かれたんですか?

この曲は留置所の中で書きました。よく逮捕されたラッパーや歌手が“中で書いた”と言ってるじゃないですか。自分は全然無理でした。他の人もいますし。特に最初のほうは“こんな状況じゃ絶対に書けない”って感じでした。でも拘留期間が終わる40日目が近づくにつれて“すぐに新曲を出さないとヤバいぞ”と思うようになってきて、BPM感やビートの雰囲気を想像して、頭振りながら「Full Bet」を書きました。中ではもうずっとこの曲について考えてましたね。


 
——「Full Bet」はすごく生々しかったです。中で書いた歌詞を出てきて直しましたか?

直すとかは特になかったですね。出てきてから(感情が)湧き上がってきたというか、もう3日に1曲くらい作ってて。EPに入れなかった曲も4〜5曲あります。逆に“こういうのも絶対入れたほうがいいな”とかなんやかんややってたら2〜3ヶ月経っちゃったって感じ。

——EPに入れるか入れないかの基準はどこだったんですか?

捕まったことに対する怒りみたいのが入ってる歌詞はボツにしました。

——再起へのエモーションは重要だけど、そのエネルギーが逮捕されたことへの怒りと捉えられるようなリリックはボツにした?

そうですね。そのバランスが難しかったです。一回ボツにしたけどやっぱ入れようとかもあるし。かなり悩みました。

 

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この記事の執筆者
宮崎敬太
音楽ライター、1977年神奈川県生まれ。ウェブサイト「音楽ナタリー」「BARKS」「MySpace Japan」での編集/執筆/運営を経て2015年12月よりフリーランスに。2019年に「悪党の詩 D.O自伝」の構成を担当した。また2013年にも巻紗葉名義でのインタビュー集『街のものがたり 新世代ラッパーたちの証言 (ele-king books) 』も発表している。