鷺巣詩郎 インタビュー | 『エヴァ』30周年、『THE WHITE ALBUM』が誘う知的なゲーム

インタビュー
2026.6.2
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1995年10月4日のTVシリーズ放送開始から30周年を迎えた『エヴァンゲリオン』シリーズ。壮大でありながらどこまでも内省的なストーリー、庵野秀明監督による鮮烈な演出や魅力的なキャラクターたちと並んで視聴者の記憶に深く刻み込まれているのが、鷺巣詩郎による音楽だ。世界観に果てしない奥行きと緊張感を生んだ楽曲たちは、数々の名場面と密接にリンクして、今もファンに愛され続けている。

鷺巣はこのアニバーサリーに際して、そんな『エヴァ』を彩るサウンドトラックを再構築。新たなアレンジや劇中で使用されなかった音源を加えたアルバム『THE WHITE ALBUM 1&2』を二作同時にリリースした。アニメのイメージから音楽を切り離すというトライアルのもとで編まれた、文字通りまっさらな作品。それは、鷺巣からファンに対する「知的ゲーム」への誘いでもあるという。

 
取材・文:サイトウマサヒロ

 
 

『エヴァ』のイメージを使わないというチャレンジ

——コンサート『BACK TO NEON GENESIS』東京公演を終えたばかりですね(※取材は4月下旬に実施)。Xにて客席を撮影した映像とともに「一生の宝物」とポストされていた通り、鷺巣さん自身にとっても特別な公演となったのではないかと思います。

『エヴァンゲリオン』というコンテンツが長く愛された大きな要因の一つが、根強いファンがいらっしゃるということで。今でこそ「推し」という言葉がありますけど、そんな言葉がない時からずっと支えてきてくれた方々に感謝の気持ちがあってですね。それで最後の一瞬くらいはスマホの撮影を解禁したり、物販に関しても、『エヴァ』のファンはありがたいことに大変色々なものを買ってくださるので、なるべく特典を付けたり。そうしてとにかくファンサービスを怠らないというのが僕のできる唯一の恩返しだと思っていました。僕にとっては一度にあれだけ多くのファンと接することもあまりないので、「一生の宝物」というのは偽りない気持ちですね。本来でしたら世界中の皆さんにお礼を申し上げたいんですけれども、今回は国際フォーラムにいらしたお客さんに代表してもらって。

——映像とオーケストラを合わせて楽しめるフィルムコンサートは、『エヴァ』シリーズにとって初の試みでした。

周年という機会でもないと中々できないことだというのは前々から感じていました。今回、30周年を記念して横浜アリーナで開催した『エヴァフェス』があったので、その中でまずこの座組が組めたと。超一流のスタジオミュージシャンをあの人数集めるというのは色々な面で難しいし、リスクも大きい試みなので、『エヴァフェス』がないとまずできなかっただろうし。

それで、正直に言えば横浜アリーナでの45分のステージ1回だけではなく、3回やった方が経費を散らすことができるんですよ。なので、せめてものファンサービスという気持ちもあり、大阪と東京でも開催できないかという可能性をずっと探ってきたんです。そこで、『エヴァンゲリオン』側の運営と、僕が45年以上前から仕事をしている——当時はヤングジャパンっていう会社だったんですけれど——ハンズオンというイベント会社にご協力いただいて、東阪での公演が実現できました。稀有な機会に恵まれたので、これをもう一度やれと言われても難しいんじゃないかなと思います。それだけに、非常に感慨深い公演になりました。

せっかく45分から2時間というサイズに拡張ができて、『エヴァ』のファンに恩返しをするための千載一遇のチャンスが訪れたので、超一流のミュージシャンを闇雲ではなく適材適所に集めてオーケストラを組み立てました。普通は既存のオーケストラに来ていただいて演奏会をやるもの。たとえば2017年にやった『シン・ゴジラ対エヴァンゲリオン交響楽』の時は東京フィルハーモニー交響楽団、1997年にやった『エヴァンゲリオン交響楽』の時は新日本フィルハーモニー交響楽団という既存の有名オーケストラを雇っていたんですけれど、今回は約40人全員がフリーランスのスタジオミュージシャンなので、全員のスケジュールを揃えるのが至難の業なんですよね。

じつを言うと、2023年の終わりくらい、だから2年半前くらいから着手して、それでもやっぱり難しくて。東京のホール不足というのもありますから、機会の創出にも経済規模をアジャストしていくことにも難儀しました。なのでやはり、『エヴァフェス』という規模の大きいイベントに助けられたということです。

——まさに奇跡の一夜となったわけですね。そして、同じく『エヴァ』30周年のタイミングでリリースされたのが『THE WHITE ALBUM』です。まずはこの企画が立ち上がった経緯についてお聞かせいただけますか?

日本はアニメ大国ですから『ドラえもん』や『サザエさん』、『ルパン三世』、『ガンダム』のように長く続いてシリーズ化されている色々な作品があって、それだけ音楽のアーカイブも多いんです。けれども、『エヴァンゲリオン』はテレビシリーズ26話、旧劇場版2作、新劇場版4作しかないのに、劇伴音楽はいま挙げたアニメたちよりも多いくらい録音しているんですよね。その中で、劇中で使われたものに関しては全部CD化されて、使われなかったものも集めてCDにしたりサントラと一緒に収録してきたから、それだけでもかなりの数なんですけれども、その外側にまだまだ使われてないものがたくさんあって。もちろん『エヴァ』の新作はこの後も制作されますが、新劇場版が終了して鷺巣がやったものに関しては一区切りがついたので、そういうものを単純に音楽作品としてリリースし続けることができないかと思ったんですよ。

普通、さっき挙げたような日本のアニメの音楽は複数の会社が管理するんですけれど、『エヴァンゲリオン』に関しては主となるカラーさんという会社があって、劇伴音楽に関しては私、鷺巣詩郎が100%管理していて。体系が非常にわかりやすいので、音源を表に出すことに関してはシンプルに決定することが可能なんです。

それで今回、CDというメディアから離れてアナログと配信という形を選んだのは、真っ白な中で音楽だけを聴いていただくという環境を作ってみたかったから。今までのCDではやっぱりジャケットに『エヴァンゲリオン』関連の画像があって、中のブックレットにも反映させる必要があった。もちろんアナログ盤も中に色々収めることはできるんですけれども、今回はブックレットもなく、配信のサムネイルみたいなものにも『エヴァ』のイメージを使わないで、音楽だけを届けるという一つのチャレンジを試みました。

——たとえば『エヴァ』のファンもこの作品を聴く時には作品のことを忘れたり、あるいは『エヴァ』を知らないリスナーが楽しむということも、鷺巣さんは歓迎しているのでしょうか?

うーん、それも一つのトライアルではありますけれど、今回の場合は、アナログ盤の中心の真っ白な部分に各々が『エヴァンゲリオン』の好きなシーンや好きなキャラクターを当てはめてみてはいかがですか、という。

映画館で目をつぶってらっしゃる方って、見かけますよね。何回も同じ映画をご覧になっている方が、セリフと音楽だけを楽しんでいる。そうすると、我々の役割は音楽だけで作品を喚起させることでもあると思うんですよ。音楽を聴いた時に、どのくらいの人たちが『エヴァンゲリオン』を思い浮かべてくれるかという力試しというか。真っ白いキャンバスに何かを思い浮かべていただくというのは、ミュージシャンにとって冥利に尽きるんです。『THE WHITE ALBUM』の楽曲で何をイメージしてもらえるかというのは、僕にとって非常に興味深いことですね。

 
 
「甘き死よ、来たれ」を巡る知的なゲーム

——今作には、「Rei Ⅰ」のモチーフが基となっている「Rei Ayanami 2026」、「DECISIVE BATTLE」のモチーフを基にした「Half in Five」など、新たな形で再構築された楽曲が収録されています。制作の際にはどのようなことを意識されていたのでしょうか?

『エヴァンゲリオン』で使った楽曲をフリーハンドで色々いじくって自由に料理したものから、よく知られている劇伴の素材を感じ取っていただくという意味では、今風に言うと「味変」っていうやつかもしれない。僕はあんまり好きな表現じゃないんですけれども(笑)、そうすることによって元の味より好きになる方もいらっしゃる。元の劇伴から離れていても好きなスパイスだと思う方がいらっしゃるというのが、まさに音楽の自由度の高さだと思うんですよね。今は料理にたとえましたけれど、毒にも薬にもなるのが音楽であって、毒素の強い表現も癒しの効果も生み出せて、さらに味変までして人間の感情に劇的な変化をもたらせる。

僕は、2021年に東京オリンピックの開会式で「君が代」をアレンジしました。元々「君が代」をアレンジされる方は少なかったし、アレンジするのが難しい素材でもあるんだけれども、たくさんのイベントで演奏されるアメリカ国歌のアレンジの多様性に触れては、常々「君が代」をもっと料理してもいいんじゃないかと考えていて。そうして音楽行為の自由度を極限まで高めたい。そういう、みんなに一番知られているもののイメージを大きく変えていくというチャレンジは、我々ミュージシャンがやるべきことの一つだと思います。

自分にとってすごく幸運だったのは、『エヴァンゲリオン』というコンテンツが世界中で知られて、そこで鳴っている劇伴をみんなが「『エヴァ』の曲だ」ってわかってくれるようになったこと。そして、それを変化させていく機会が与えられたということ。バラエティ番組やワイドショーでもよく使っていただいて、それをリアルタイムで「『エヴァ』の音楽がかかった!」とポストしてくれる方も非常に多い。だからこそ逆に、それを作曲者本人が変化させていくというのが未来志向で良いんじゃないかと考えました。

音楽をやる上では、とにかく自由でありたい。やっぱり、音楽ほど自由度の高い表現って中々ないんですよね。音楽って、元手ゼロ、仕入れゼロで仕上がるものなので。もちろんミュージシャンを雇ったりする経費は必要かもしれないですけれど、生み出す瞬間というのはイマジネーションでしかない。りくりゅうペアが映画『グラディエーター』の劇伴で滑ってメダルを獲得しましたけれど、あの曲を知っていても、スケートの演技に合わせてみると全然違って聴こえますよね。何かと合わさった時に劇的なケミストリーを起こす音楽の自由度の高さが証明された一つの例だと思います。

——『THE WHITE ALBUM』は、オーケストラの豊かな響きが印象的な作品でもあります。鷺巣さんは東京、ロンドン、パリの3都市を拠点とされていますが、レコーディングはどこで行われたのでしょうか?

ロンドンが7割、パリが3割という感じですかね。どちらも35年以上一緒にやってるオーケストラのメンバーなので、ロンドンでやってもパリでやっても、必ず自分の思うような結果にはなってくれる。音楽において、何からインスピレーションを得たかだけではなく、どこでインスピレーションを得たかというのも大きくて。ヨーロッパで生活していると、やっぱりその地域の音楽的地理というのがどんどん刷り込まれていくんですよ。特に僕のようにスコアを書く人間にとって、西洋音楽をやってきた人間にとって、ヨーロッパの音楽的地理というものの影響は大きいということがわかってくる。その中で、じゃあパリで書いたスコアはパリで鳴らそうかとか、そういう考えをするようになるんです。

『エヴァンゲリオン』をやっていて一番インスパイアされたのは、ドイツのフォルクリンゲン製鉄所という世界遺産になっている場所なんですよ。惣流・アスカ・ラングレーという女の子がドイツ人とのハーフというのもあるんですけど、製鉄所に惹かれたのは、やはり『エヴァ』がある種人間の生み出した鉄の塊だから。もちろん人造人間であって、鉄なのか超合金なのか、それは明示されてないですけれども、僕はそういうものを実感できる場所を当時、1990年代の日本の中で見出すことができなかった。

フォルクリンゲン製鉄所は、東京ドーム何個ぶんかわからないくらい大きい、鉄と動力が支配する場所で。庵野監督は電柱や電線からイメージを得たけれど、音楽を担当した鷺巣に関しては、その製鉄所が一番『エヴァ』のイメージと重なった場所でした。実際、何年か前に庵野監督もお連れしましたよ。

——ということは、今回パリやロンドンで制作を行ったことで、当時とは違うインスピレーションが作品に吹き込まれたとも言えますね。

そうですね。1995年当時も、最初は東京で監督からイメージを授かったし、監督が見に来れるからという理由で東京でレコーディングを行ったので。今回、パリ、ロンドン各々の性格が作品に及ぼしたものは大きいですね。

——ところで、先ほどもお話しした「Rei Ⅰ」が「Rei Ayanami 2026」に、「DECISIVE BATTLE」が「Half in Five」にと、今作で原曲からタイトルを変更したことにはどのような意味があるのでしょう?

二つあります。一つは、やはり先ほど話した通り『THE WHITE ALBUM』として、一旦白紙にして音だけを届けるとなると、最初の素材とタイトルが異なっている方が作品の中身を正しく表しているのではないかということ。もう一つは、リスナーとのインタラクティブなゲームのためです。「あの曲を発展させたものだ」という種明かしを最初にこちらからしてしまうよりも、疑問が生まれるものを投げた方がインタラクティブになりますよね。今はSNSの時代でもありますし、インタラクティブというのは音楽にとって大きなテーマであると思ってるんです。

——リスナーと作曲家の間のコミュニケーションにおいて、その一言目になるのがタイトルですからね。

ファンの方々と、音楽だけで会話するわけではなく、タイトリングでも何かを示していると。特に劇伴はインストゥルメンタルが多いですから、そこにどういう文字情報を絡ませていくかというのは非常に大切です。たとえばトロピカルなサンバをやって「Tropical Beach」というタイトルを付けるという表現もありますけれど、劇伴にはビジュアルが絡むので、あまり断定しない方が良い場合もあるわけですよね。特に『エヴァンゲリオン』の場合は副次的な意味合いを持つシーンがたくさんあるので、あまり意味合いを限定してしまうとファンの想像を壊すかなと。

たとえば「Rei Ayanami 2026」は、輪廻転生を示しているという考え方もできますね。「綾波レイ」に対してファンが抱いているイメージ、人ではない何かで、最後には液化してしまうという彼女の印象が、音楽やタイトルの中に含まれていた方が良いかなというのは自分もよく考えます。

——「Rei Ayanami」という楽曲が綾波レイ本人の心情を表しているのか、それとも「綾波レイ」という現象そのものを示しているのか、と思いを馳せるのも面白いですね。

たしかにそうですね。

——本作では「Komm, süsser Tod/甘き死よ、来たれ」が複数のトラックでフィーチャーされています。鷺巣さんにとって、この楽曲はどんな存在ですか?

コンサート(『BACK TO NEON GENESIS』)でも実験的にバロック版のアレンジでやってみて、この曲が世界中に知れ渡ったからこそ色々なトライアルができることに幸せを感じています。今回バロックをやったのは、元々「バッハを元にしたものじゃないか」と考察されていたから。将棋みたいなものですよね。考察に対してこちらからも指し返す。そういうある種の知的なゲームをリスナーと交わす快楽というか。リスナーからの考察が我々にも大きく作用しているということを、身をもって、スコアをもって示して、これに対してまたどう思うかという投げかけをしたわけです。

「甘き死よ、来たれ」はタイトルからして思わせぶりだし、庵野監督が書いた原詞も非常にポエティックなんですね。言べんに寺の「詩」。日本の古典的な詩的表現として、すごく長けている。それを元に、僕の35年来のパートナーであるMike Wyzgowskiが英語の詞を書いたんですが、それはよく言われるような「訳詞」ではないんですよ。僕が庵野監督の詩を直訳して、彼がそれにインスパイアされて、英語で歌うべき歌詞を書いたんです。訳すだけだとあんな詞は書けない。しっかりとした、その人の人格から生み出された創作です。

ポピュラーミュージックは、英米から来たフォーミュラに則って現在の形になりました。そこでは後半にみんなで歌えるものを繰り返すというのが一つの大原則で、それが詞の果たした役割なんです。たとえば「tumbling down, tumbling down」とか「letting me down, letting me down」とか。それをフックと呼んだり、リフと呼んだりするんですが、単なる訳詞だとそのフォーミュラに当てはめられないんですよ。大袈裟に言うと、「甘き死よ、来たれ」は初めて米英のポピュラーミュージックのフォーミュラで編み出された日本アニメの劇伴なんです。

——『BACK TO NEON GENESIS』で披露されたバロック版も含めて、このタイミングで発表された「Komm, süsser Tod/甘き死よ、来たれ」の新たな形はどのようなものとなりましたか?

バロックというのは元々が歪なものという意味ですから、最初現れた時はアヴァンギャルドで、アドリブで成り立つ新しい試みの音楽だったんですよ。今回、『BACK TO NEON GENESIS』では、作品にとってリアルタイムな、要するに1990年代から見た「新世紀」という印象に立ち戻る必要がありました。だったらもっと遡って、200〜300年前のバロックの自由闊達なイメージに帰ろうと。

『THE WHITE ALBUM』には、オーケストラのインストゥルメンタル版(「La Faucheuse introduction」)の後に、バンドサウンドで歌もののバージョン(「Come, Sweet Death oldskool」)が収録されています。オリジナルもバンドサウンドなんだけれども、今回はもっとコンパクトでインティメイトなバンドサウンド。ただ、バロックであれバンドサウンドであれ、宗教的なセンスからのインスピレーションは大きいかもしれないですね。

僕は家に仏壇があるのにクリスマスを楽しむような典型的な日本の家庭環境で育ったけれども、30歳を過ぎてからヨーロッパで暮らすようになると、パリはカトリックそのものの文化圏で、そこから2時間かけてロンドンに行くと、真反対のプロテスタント文化圏になる。「甘き死よ、来たれ」にはゴスペルクワイアが入っていますけれども、これはもうプロテスタントの文化なんですよ。『エヴァンゲリオン』は、カトリックの人が見てもプロテスタントの人が見ても非常に宗教的なイメージを感じさせるアニメなんですけれども、その中にあの曲があったからこそ物議を醸したわけです。

今回、インストゥルメンタルの「甘き死よ」はパリのオーケストラが演奏していて、一方の「oldskool」はロンドンで子どもの頃からゴスペルをやってるバンドとシンガーが演奏した、完全にプロテスタントの中で生まれたトラックなんですよ。それをわざわざ隣り合わせにしたというのは、先ほどから話している「知的ゲーム」の始まりです。

聴いた方々がそんな風に感じる必要はないんですけれど、僕はこの二曲を続けて聴くと、まるでユーロスター(イギリスとヨーロッパ大陸を結ぶ高速国際列車)でパリからロンドンに移動したような感覚に陥るんです。昔、『天使にラブ・ソングを…』という映画があったけど、あれはカトリックのシスターがゴスペルを歌うっていう、ちょっと危うい内容を描いているんですよね。この二曲の隔たりにも、そういう面白さがあるということです。そういう素敵なゲームを一緒に楽しみませんかという、僕からの提案でもあります。


鷺巣詩郎「THE WHITE ALBUM 1 – EVANGELION 30TH ANNIVERSARY」

鷺巣詩郎『THE WHITE ALBUM 1 – EVANGELION 30TH ANNIVERSARY』


鷺巣詩郎「THE WHITE ALBUM 2 – EVANGELION 30TH ANNIVERSARY」

鷺巣詩郎『THE WHITE ALBUM 2 – EVANGELION 30TH ANNIVERSARY』

 
 
音楽に必要な“人間臭さ”

——なるほど。さて、『THE WHITE ALBUM』の話題からは離れますが、現代は生成AIによって誰もがイメージする音楽をボタンひとつでそれらしく作れる時代になりましたよね。お話いただいた「知的なやりとり」も含め、人間と人間を繋ぐメディアとしての音楽を追求してきた鷺巣さんは、この大きな変化についてどう考えていますか?

平たく、ぶっちゃけて言いますけれど、僕はAI大推進派ですね。どんどんみんな使えばいいと思います。たとえばロンドンではかつてUber(配車サービス)にものすごい逆風が吹いていて、裁判にもなったんですけれども、裁判になると結審するまでは営業できちゃうわけです。既得権益が侵される危機感から起きた訴えなのか、それとも本当に法に反しているのか、それはお上が決めることなんだけど、訴えられた側はむしろラッキーで、結審するまでガンガン営業できるんです。

AIは、これからどんどん訴訟が出てくると思います。そうするとみんな怖気付きますけれど、音楽のAIに関してはどんどんやったらいいと思います。どんどん訴訟になって、逆に盛り上がると思います。どういう結論が出るかはノーバディ・ノウズだけれども、出た結論もひっくり返ると思います。それがほどほどに落ち着いてくるまでに多分あと10年、20年はかかる。それだけ著作権とは元々グレーな範囲が多いもの。僕は元々フェアユース推進に賛成していますし、日本もフェアユースを取り入れていかないといけないと、真面目にそう思っています。さっきから何度も言っているように、音楽とは元々自由なものなので。

極論を言うと、若い作家は劇伴もAIでどんどん作って良いと思ってます。ただ僕が使うかというと……めんどくさい(笑)。スコアを書いた方が早い。本当に、速さの問題なんですよ。ラップトップを開いて、Sunoを立ち上げて、「こうこうこういうの」って指示をするのに5分かかったとしたら、その間に僕は2曲分のモチーフを書けます。自慢じゃないけど(笑)。

要するに、僕らはやっぱり専門職だから、3歩歩く間に3曲できないと話にならないんですよね。なので、自分のクリエーションにおいてはまだ書いた方が全然早い。ただ、若い人が僕よりスマホの文字入力を早くできるのと同じで、Sunoの方が早いんだったらSunoで劇伴を作っても全然OKだと思いますし、それを邪魔する奴がいたら「どうぞ訴えてください、結論は裁判所に出してもらいます」と返せばいいと思います。

——しかし鷺巣さんは、2017年にWIRED.jpでのインタビューにて「『人間臭さ』があるところが、音楽のいいところだと思います」とも語ってらっしゃいました。

AIって人間臭いと思いますよ。だって人間がプログラムしてるんだから。もう何年かして本当に人間臭さが消えたらどうだろうな。僕はその時まで生きないんじゃないかな。少なくともSunoはものすごく人間臭いと思います。ルーツミュージックみたいなものがすごく苦手だから、そう指示するとすぐパンクするんですよ。それが可愛くて、プログラマーの顔が見えるっていうか。ソフトとかアプリって、毎日毎日バグを修正するものもあれば、ほっときっぱなしのものもあるし、とにかく広告をたくさん表示するものもあって、それぞれに制作者の顔が透けて見えますよね。そういう意味で、AIも人間臭いと思ってます。

——最後に、鷺巣さんの音楽に影響されて音楽制作をはじめたいと思っている方や、TuneCore Japanを利用するなどして既に楽曲をリリースしている音楽家やミュージシャンにアドバイスをいただけますか?

先ほどの話に繋がるかもしれないけれども、人間臭さが必要なのは音楽を仕上げた後なんですよね。それこそAIがあったりして、自分一人で作品を仕上げられるノウハウは今たくさんあるんだけれども、それを一人でも多くの人に聴いてもらいたい時に、人間関係は欠かせないんです。

ロンドンで40年前から仕事をしていて、今はUberですけど、昔も「白タク」っていう同じ形態があったんです。そうすると、夜中にタクシーの運転手が、みんな他の仕事をしてたりするんです。その中でもミュージシャン志望の人は、音楽スタジオから出てきた僕に対して必ず「音楽業界の人ですか?」って尋ねてきて、自分の作ったカセットやUSBを渡してくるんです。これが一番大事なこと。自発的な行動にこそ成功の秘訣が隠れている。それだけは絶対に忘れてほしくない。実際、僕もそうやって渡されたものをよく聴いたし、それで僕から連絡したミュージシャンもたくさんいますからね。

——そうすると、これを読んだミュージシャンから鷺巣さんの元に音源が殺到しそうですね(笑)。

でもね、それはやっぱり郵送やメールじゃダメなんですよ。直接渡さないと。そのチャンスは自分で創出していくものだから。音楽だけではなかなか食べられなくても、何かで働いている時にそういう出会いって必ずある。それは別にコンビニの店員でもいい。でも、業界に近い環境に少しでも近付くっていうのは大切かもしれませんね。アルバイトを探すときでも、音楽業界は普通に求人してるし。少し考えて一歩踏み出せば、そういう機会って自分で作れると思います。音楽は一人で作れるし、ポチッと配信もできるんだけれども、やっぱり聴いて欲しい人に直接聴いてもらう努力を怠らない方がいい。それで嫌な顔をする人はいないと思いますよ。その人がよっぽど急いでトイレに行きたいとかでもなければ(笑)。


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この記事の執筆者
サイトウマサヒロ
1995年生まれ、フリーのライター。インタビュー、ライブレポート、コラムなど書きます。