室井雅也インタビュー ネットとリアルの真ん中をいく新世代シンガーソングライターが見る景色

2018.10.22


室井雅也 |ネットとリアルの真ん中をいく新世代シンガーソングライターが見る景色
室井雅也
 

1stアルバムとなる『hen』を9月26日にリリースしたシンガーソングライター・室井雅也。同アルバム収録曲の「ヒロインは君で」のMVでは監督に人気YouTuber・水溜りボンドのメンバーであるカンタを迎え、その制作にクラウドファンディングを活用したことも話題に。さらに、アルバムの特設サイトも作り、オウンドメディアで新作について対談形式で詳細を語るといったアクティブなプロモーションも、自身と周りのスタッフのみで行っているという。”デジタルネイティブ”は言うまでもなく、”スマホネイティブ”の走りと本人が語る世代ならではのスタイルで精力的に活動する室井雅也に話を聞いた(活動パートナーであるマネージャー・安藤氏も同席)。

 

サウンドのルーツ

—— 1st Album『hen』リリースおめでとうございます。

ありがとうございます。

—— 『hen』ついての詳細は特設サイトで語られていますが、そのサウンドのベースとなっている室井さんの音楽的ルーツをまずお伺いしてもいいでしょうか。

僕は母親がピアノの先生をやっているので、生まれた頃からピアノが鳴っている環境で育ちました。なので自然とピアノを始めたんですけど、小学校6年生の時に、既存の曲をレッスンして発表するっていう繰り返しに飽きて、一度やめちゃったんです。それから中学では陸上をやっていたんですけど、部活を引退した時に時間ができたんで、またピアノを触ってたら曲っぽいのができて。そこから曲を作ることに興味を持ち始めました。

—— その時期はどういう音楽性だったんですか?

その頃は久石譲さんがすごく好きだったので、そういった影響を受けた曲でしたね。

—— 室井さんの世代は『デジタルネイティブ』だと思うのですが、最初はどの様な環境で作曲していましたか?

僕らの世代はもっと言うと『スマホネイティブ』の走りだったので、作りはじめはiPhoneのガレージバンドのアプリでしたね。イヤフォンジャックでMIDIキーボードにつないで。

—— PCですらなくて、アプリからの作曲体験っていうのが興味深いです。

さすがに本格的に作るようになってからは、MacBookを購入してLogic ProでDTMになりましたけど(笑)。

—— 今の音楽性につながるピアノだけじゃない楽器の表現では、どういう音楽から影響を受けましたか?

曲を作りだした時にギターもはじめたんです、親父のアコギを借りて。そうすると、バンドにも興味が出てきて、ASIAN KUNG-FU GENERATIONが好きになって。僕は「好きなアーティストのルーツを辿る」っていう音楽の聴き方をするのですけど、アジカンをさかのぼるとNUMBER GIRLがアジカンに影響を与えているらしいと。それで、NUMBER GIRLを好きになると同時に、今度はNUMBER GIRLが他にどんなバンドに影響を与えているかを探したら、Base Ball Bearに辿り着いて。今一番影響を受けているのはBase Ball Bearかもしれないです。

—— 洋楽ではいかがですか?

洋楽だとBen Folds Fiveとかピアノが入っているバンドや、Oasis、Weezer、The Libertinesとかロックはもちろん、ジャンル問わず幅広く聴きますね。


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音楽と映像

—— アルバムを聴かせていただいて、そういったバラエティの豊かさとメロディアスさを改めて感じたのですが、曲を作る際はどういったことからインスピレーションを受けますか?

1日4本観る日があるぐらい映画が好きなんですけど、映画のエンディングに曲が流れるじゃないですか。その時に「自分だったらこういう音楽にするかな」って考えるんです。そういう感じは小説とかを読んだ後もあって、何かしらの物語や作品に触れた余韻の勢いで曲を書くことはけっこうあるかもしれません。

—— ちなみにどんな映画が好きなんですか?

昔は邦画ばっかりだったんですけど、この頃は何でも観ますね。最近では「レディ・プレイヤー1」がすごい良かったです。

—— 映像制作集団のKIKIFILM(2015年3月に解散)にも所属されていたなど、映像も室井さんにとって大事なものだと思うのですが、映像に興味を持ったきっかけというのは?

小学生の時にiPod nanoを持ってたんですけど、それにカメラがついてて映像が撮れたんですよ。それで友達とテレビの真似をして撮ったりしてて。今思い出すと恥ずかしいですけど(笑)。映像に関しては、多分そういうことが原体験になっていると思います。

 

バンドができなかった反動でネットに

—— KIKIFILMに所属されたきっかけというのは?

話すと長くなってしまうんですが、中三の頃に曲作りをはじめて、「高校では軽音部に入るんだ!」っていう強い気持ちがあって高校に入学したんですけど、いざ入るとその学校に軽音楽部がなくて(笑)。でも、100人分の署名と顧問の先生がいれば部を作れるって生徒手帳に書いてあったのを見つけたんで、じゃあ自分で作ろうと。それで、署名集めに奔走して、顧問になってくれそうな先生にもお願いして、なんとか必要な条件は揃えたんですね。で、いざ部の新設をお願いしにいったら「ダメ!」って却下されてしまって(苦笑)。

でも、どうしても諦めきれなくて「文化祭にだけでも出させてください」って言ったら、「それだったらいいよ」と。それから、その時のバンドのベースのお父さんが所有してるガレージを借りて毎日放課後に練習して。で、やっとライブができると思って文化祭に出ようとしたら、今度は「アンプは使っちゃダメ」って言われて(笑)。もうしょうがないから学校でのライブは諦めて、僕兵庫県の赤穂に住んでたんですけど、姫路のライブハウスに一回だけ出て、そうこうしてるうちに受験の時期がきてしまって、バンドもなんとなくできなくなって。

この ”バンドができなかった” っていう一連の出来事に対するカウンターアクション、反動みたいなもので、「インターネット」に活動の場を求めるようになって、それが一人で音楽をやりはじめるきっかけになりました。そうやって一人で活動していたら、KIKIFILMっていうインターネット上で活動する映画製作チームがあるのを知って、所属することになりました。

—— KIKIFILMには室井さんからアプローチされたんですか?

お互い知ってはいたんですけど、最終的には向こうからお声がけいただいた感じで。そこには、映画監督の松本花奈さんや今話題のYouTuberをはじめ、現在色んな分野で活躍されているクリエイターが集まっていて、そこから色々なつながりができました。その時のKIKIFILMのメンバーってほとんど東京にいて、それも僕が東京に行きたいって思うようになった理由の一つですね。

—— 室井さんは「高校の卒業式でぜんぜん涙が出なかった」とも対談で仰られていて、やはり自分がいた場所ではある種の絶望のようなものがあった?

特に劣悪な家庭で育ったとかはなくて、それこそ「ザ・中流」みたいな恵まれた環境だったんですけど、それにはそれの”なんとなく満たされていない”っていう感覚が強くあって。田舎はのどかでいいし、不自由もないけど、それでも”なにか違う”みたいな気持ちが随所にあって。バンドもできなかったし。

—— 今はインターネットだけでもかなりの規模のアーティスト活動も可能になってきていると思うのですが、オフライン、つまりライブも現在積極的にやるようになったのはどうしてでしょうか?

2016年に上京して、KIKIFILM経由で知り合った方の企画に呼ばれて、渋谷eggmanでライブしたんですけど、そこで打ちのめされたんですよね、インターネットで自惚れてたなって。ネット上では作った曲の反応も良くて、「自分ってもしかしたらすごいのかも」っていうちょっとした自惚れがあったんですけど、いざライブの現場に出てみると、同世代の人たちがすごいかっこいいバンドをやってたり、いい曲書いてたりするのを見て、井の中の蛙だったなと。インターネットで学んだことが現場に活かされることはもちろんあるんですけど、逆に現場で見たり聴いたり感じたことがインターネットに活かされることもあるなと思ったので、インターネットだけにとどまらずにどんどんリアルでもやっていこうと。


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作品が受け手に届くまで、導線もデザインしないともったいない

—— その辺りが室井さんの活動スタンスである ”インターネットとライブハウスの真ん中を行く” につながるんですね。

インターネットとリアルが融合されている時代の王道を行きたいと思ってて。さらに、そういうのが当たり前になっていく中で、今後どういう風に人と違うことができるかを考えてます。色々ともったいないなと思うんですよね。例えば紙のフライヤーとか、それ自体に価値はあるとは思うんですけど、半ば意地みたいにリアルの大切さやフィジカルの良さを訴え続けても、もう逆に虚しいんじゃないかなって。時代の動向を読みつつ、違う流れを作れるような音楽活動や発信をしていきたくて。

—— 今は特にどこにも所属せずにインディペンデントでやられているんですか?

そうです。音楽業界に敷かれているレールって、輝かしくて素晴らしいものだろうなとは思うんですけど、今は良い映画を見た感想を一般の人がブログで書いたらそれがバズったり、曲を作ったらYouTubeとか色んなプラットフォームにアップできるし「国民総クリエイター時代」じゃないですか。だから「日の目を浴びるのを待つ」じゃなくて、自ら発信して「日の目を浴びに行く」っていう流れになっていると思っていて。クラウドファンディングをやったこともそういうことで。いわゆる昔からの王道的な取り組みは、僕がやらなくてもいいかなって思っちゃうんですよね。やり尽くされているし。オーディションに出ないのも、僕がやらなくても他の人がやるからいいかなって。

僕は「音楽を作ること」自体はもちろん好きですけど、「どう面白く届けるか」を考えるのもすごく好きで。”高校時代に組んだバンドでメジャーデビュー” みたいなドラマ性に憧れてはいたんですけど、今や僕は僕でインターネットのドラマ性があるなと思っているんで、そこをうまく活動に反映させたいんです。だからこそ周りの人と一緒に色んなことに取り組むし、自分たちで発信することの面白さみたいなのを感じるのが好きで。作品が受け手に届くまで、どう作品を育てるかっていう導線もデザインしないともったいないですよね。好きなアーティストの動きを見ながら「僕だったらどうするだろう?」っていつも考えています。

—— クラウドファンディングやアルバム専用特設サイトを作るといったアイデアなどはお一人で考えられるんですか?

アイデアの種は僕が出すんですけど、その準備をしたり実行するのは一緒にやってるマネージャーです。基本的には僕とマネージャーの二人が中心にいて、後は都度、色んなクリエイターの友人や知り合いに手伝ってもらっています。運良く、僕の周りには優秀な人がたくさんいて、本当に恵まれてて。どっちかというと「室井雅也」っていうソロプロジェクトをやってる感覚なんですよね。「室井雅也」に関わる色んな人の文脈が合わさった結果として、作品やそれに付随したものが世に出ているというか。

—— アルバム専用特設サイトの対談も、対談相手を多彩にすることで、インフォメーションがそれぞれの異なるつながりにアウトプットされるよう設計されているなと感じました。

カンタさん(水溜りボンド)はインターネットで活躍されている一人として、岩瀬賢明さん(とけた電球)は音楽シーンのリアルな現場で活躍されている先輩として、映画監督の松本花奈さんはインターネットで出会ってリアルでも関わっている映像畑の方として。そして海沼蒼太さんは僕のそばで活動を見続けてくれた人として。そういうそれぞれ異なる視座、アングルを設定することで、アルバム・タイトルでもある「hen」(辺)を増やして、作品をより立体的に楽しんでくれたら素晴らしいなと思ったんです。

僕自身、ドキュメンタリーや制作秘話とか、何かの裏側にフォーカスしたものがすごく好きで。町工場の職人の裏側とか超気になるんですよ(笑)。普段知り得なかったことを知ることで、より理解が深まるっていうのはすごく素敵な瞬間だと思うし、作品の裏側を知る前と後じゃ、その作品に対する思い入れの度合いって絶対違ってくるじゃないですか。だから、こういう取り組みはプロモーションとしてもしっかり機能するだろうなと思って実施しました。


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ガンガン足跡を残して

—— お二人は(インタビューにはマネージャーの安藤氏も同席)マーケティングのセンスにも長けているなと感じます。

本を読んだりもしますけど、これきっと面白いだろうなってことは自然発生的に出てくるんです。でも、大事なのはアイデアや戦略にプラスして、実行する早さだとも思ってて。そこが、今インディペンデントだからこそのスピード感があるんで、けっこう上手くいってるのかなと。個人的には、”やるかやらないか” だと思ってて。例え取り組みが失敗したとしても、それすらも伏線になって、いずれどこかにつながると思うんですよね。結局、一番悲しいことは何も興味を持たれず、評価すらつけてもらえないことなので。

だから、良いと思ったことはまずやってみようと。動く歩道に乗って何も足跡をつけずに進むより、足跡をつけまくって活動した方が、ちゃんとストーリーになると思うし。今の音楽活動ってネットでの発信も欠かせないし、そうするといずれにせよ足跡はついちゃうので、じゃあもうガンガン跡を残していこうかなと。

安藤(マネージャー):メジャーでもやられていることではあるんですけど、コンテンツを作る時のプロセスが可視化されているかどうかの違い、ドキュメンタリー感の差はあるかもしれないです。ある程度予算があるところからポンってMV出すより、クラウドファンディングで事前計画のプレゼンとか生々しい感じも含めて、お客さんを巻き込んで一緒に作って、体験の共有をして思い出深い作品にしたり、インターネットっていう冷めた世界だからこそノスタルジーを残すっていう狙いは僕ららしさかもしれません。

—— そこからもう一歩踏み込んだ展開も想定されていますか?つまり、様々なプラットフォームを使った共有・共感・ストーリーの創出って、やろうと思えば誰でも出来てしまうことでもあると思うんですよね。SNS、ライブ配信、シェアカルチャー、果てはブロックチェーン含め。もう当たり前のように、 ”価値のハック” もツールとマーケとKPIでコントロールされているとしたら。

そこにはまだ正確な解は出せないですけど、今の僕に足りないものを考えたら、世の中にアウトプットしていく方法というよりは、中身をいかにより濃いものにするかだと思っていて。結局はそれが大事になってくるんじゃないかな。

—— 最終的にはクリエイティブに戻ってくると。

そういう意味では、やっぱり作品としてどれだけ心に残せるかってことが大切だなと思っています。

安藤:バズ最優先の大人たちを見ていると悲しくなってきて。バズを狙いすぎて逆にバカになっちゃっているんじゃないの?って(笑)。本来はもっと素晴らしいことができる人たちなんでしょうけど、リスナーに合わせすぎているっていうか。

そう、だから僕はもう自分がやりたいことだけをやっていきます。リスナーにチューニングすることはしないし、分かりやすいものがウケるなら、逆に分かりにくいことをどう追求するかが鍵だと思っているので。その複雑性にドキドキする人も少なからずいるでしょうし、その複雑性に個性が出てくる時代なんじゃないかなって思うので。

—— たしかに少し気持ちが冷める仕掛けも時々目にしますよね。

ストーリー性とかこれまで培ってきたものがあるのに、明らかに方法論が先行してうまく噛み合ってないなっていうアーティストとか見ると、悲しいなって。もしバズがあったとして、それが誰かの記憶に残っていればいいと思うんですけど、それすらないっていうのが本当に見ていて辛いし、もったいないと感じます。結果論かもしれませんけど。

—— 目的と手段が逆転してたり。

そういう中にあって、やっぱり星野源さんの「アイデア」は本当にすごいと思うんです。前半はそのままいくのかなと思わせておいて、途中からの展開が本当にクリエイティビティに溢れてて。STUTSさんをフィーチャーしたり、フューチャーベースなサウンドもあって、弾き語りも入ってくるし。作品自体にそういった高い音楽的クオリティがあって、なおかつ話題をともなって世に出てるっていうのはすごく健康だし、見習うべきところだなって思います。


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音楽を軸にするスタンスはブレない

—— 今後、音楽の具体的な部分で試してみたいことはありますか?

トラックメーカーとの共作や、バンド含め色んなジャンルのアーティストとのコラボレーションをやって、自分の幅をもっと広げたいっていうのはありますね。実はヒップホップもすごく好きなので、ヒップホップのアーティストとのコラボはいま本当にやってみたいことの一つです。

—— アーティストとしての目標に関してはどのようにお考えですか?

最終的に「オモシロ人間」になりたいっていうのがあって(笑)。バナナマンさんのラジオ「バナナムーン」に出る、もしくは曲を流してもらうっていうのが当面の目標です(笑)。でも、そのためには結局曲が売れてないとダメだし、そのための認知もされてないといけないので、きちんと段階を踏まないといけないなと。だからこそ、音楽でまずしっかりと足場を固めて、それでいて音楽と相乗効果が生まれるような面白い別の柱を構築できればと考えています。でも音楽にしっかりと腰を据えるスタンスはブレないでいたいので、いきなりYouTuberになったりはしないと思います(笑)。


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—— 音楽が軸なのは変わらないと。最後に一言お願いします。

この記事がスイッチになって、より曲を聴いてくれる方が増えたらいいなと思います。僕はこれからやりたいようにやるだけです。面白いことをやるんで、皆さんも面白いと思うことがあったら飛びついていって欲しいです。


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