雨良 Amalaインタビュー | “雨良 Amala、歌い始めます” 自身の歌声を解き放ち、歩み出す新章
代表曲「バゥムクゥヘン・エンドロゥル」、「ダイダイダイダイダイキライ」など、国内外で大きなヒットを記録し、YouTube総再生回数1.9億回を超えるなど、現在のデジタルミュージックシーンを牽引しているアーティスト/クリエイター・雨良 Amala(以下、雨良)。2026年8月の「YouTube Music Weekend 12.0」では、これまでボーカロイド歌唱で発表してきた楽曲に自らの生歌唱とパフォーマンスを重ねる形で出演。あわせてSNS上で、今後、自身の歌唱を取り入れた、新たな音楽表現にも挑戦していくことを発表した。
表現の境界線を急速に拡張する彼の現在地と、“固定観念にとらわれないアーティスト”を目指すこれから。なぜ今、本人歌唱でのステージを選択したのかも含め、雨良に話を聞いた。
取材:Kyogo Kameyama
“自分は良い声じゃない” ―― 封印した歌声をいま解放した理由
──先日の「YouTube Music Weekend 12.0」では、これまでボーカロイド歌唱で発表してきた楽曲をご自身の歌声で披露されました。今回、本人歌唱に踏み出したきっかけを教えてください。
本当に“忘れ物を取りに行く”という感覚が一番近いです。昔、なんとなく蓋をしていたものを、今になって取りに行くような感覚ですね。もともと小さい頃からピアノをやっていて、僕の音楽人生はそこから始まっています。同時に、日常的に軽く口ずさむくらいではあるんですけど、歌うこともずっと好きだったんですよね。ただ、ずっと自分の声に自信が持てなくて、バンドや楽曲提供を重ねる中で、変に大人になってしまったというか、“自分の声では売れない、聴かせるレベルにない”と限界を決めつけていました。だから、“音楽は作り手・ボカロPとしてやろう”と、どこか本心に蓋をして歩んできたんです。でも、いろいろな方に背中を押してもらって、自分が本当にやりたいことに耳を傾けたとき、“やっぱり歌いたい”という気持ちが自然とあふれてきました。自分が作った楽曲だからこそ、自分の肉声で届けることで、よりファンの方に届くものもあるんじゃないか。そう思って歌うことを決意し、その第一歩が今回の「YouTube Music Weekend 12.0」でのパフォーマンスでした。
──かつては「自分の声では売れない」と考えていたところから、自分の歌声を肯定できるようになった。その変化には、これまでの活動やファンからの反応も影響しているのでしょうか?
ファンの方々の反応が、僕を原点に立ち返らせてくれました。YouTubeなど、インターネット上だからこそ多くの反響をいただけたことは、自分の歌声に対する大きな自信になりました。極端な話、まだヒット曲が1曲もない状態だったとしたら、食べていくことに必死で、本人歌唱という選択肢には至っていなかったと思います。今の土俵に立てたからこそ、ネガティブになるのではなく、冷静に自分の本心を見つめ直せるようになったんです。結局、軸にある“音楽が好き”というところは変わらないんです。そこを信じてこられたこと、信じられる環境にいられたことは、人生においてシンプルに幸せなことだと思っています。本当に毎日ありがたいなと思いながら、活動を続けています。
人間の声だからこそ届く“情緒”
──実際にスタジオライブを制作し、自分の声で楽曲を届けてみて、ボーカロイド歌唱との違いをどのように感じましたか?
一番は、伝えられる情報量が違うということです。ボカロの淡々と語るような歌い方も好きなんですが、メールより電話で話すほうが伝わるように、人間の肉声だからこそ、言葉以上に届く“情緒”が確かにある。スタジオライブに向けてボイストレーニングを重ねる中で、単に伝わる情報量が増えただけではなく、曲の届け方そのもののベクトルが変わりました。同じ楽曲でも、全く違うなと。
──さらに今回は、バンドメンバーをはじめ多くの人と一緒にステージを作り上げています。もともとバンドで活動していた雨良さんにとって、“誰かと音楽を作る”ことにはどんな意味がありますか?
僕は高校時代からバンドで、キーボーディストとして活動していました。だから、誰かと音楽を作ることにずっと価値を感じていたんです。極端な話、一人で完結する音楽は存在しないと思っています。音楽には必ず他者が介在するものだと。今回のスタジオライブも、所属事務所をはじめ、メイク、撮影、照明、衣装、バンドメンバーなど、多くのスタッフの方々が関わってくれました。アーティスト/クリエイターとして“雨良”という看板はありますが、その裏にある無数の力を自覚しながら、どこまでも謙虚に、仲間と一緒に作品を作っていきたいです。
“秘密基地”として傾倒していったVOCALOID・ボカロPの世界
──ここで少し原点についても伺いたいです。雨良さんがボカロと出会ったのは中学生の頃。当時、インターネットの音楽シーンにどんな魅力を感じていたのでしょうか?
当時の僕はかなり斜に構えていて、“流行りの曲は聴かない”と尖っていました。そんなときに、リアルな周りには誰も聴き手がいないけれど、ネット上には確かに同志がたくさん存在するボカロの世界を知って。自分だけの秘密の居場所を見つけたような感覚で、一気にのめり込みました。当時は、数年後に自分が作る側になるとは夢にも思っていませんでしたけれど。
高校生の頃は一時期ボカロから離れ、自分の周りでは誰も知らないようなインディーズバンドばかりを聴いていた時期もあります。知る人ぞ知る世界だからこそ、同じ音楽が好きな仲間を見つけたときに一瞬で打ち解けられる。インディーズバンドやネットカルチャーには、そうした“秘密基地”のような居心地の良さがありました。当時の自分に100%フィットする、一番救われるジャンルだったんだと思います。
ボカロPとして活動し始めたのが21、22歳くらい。そこから7、8年の時を経て、気がついたら自分が作る側になっていた。改めて、人生って面白いなと思います。
変わらない“雨良らしさ”と、変わり続ける楽曲解釈
──現在は本人歌唱という新しい挑戦をしながら、新曲「エジソンクラッシャー(feat. 重音テト)」の制作も並行していたそうですね。
はい。僕は休憩中でもデスクに向かって作曲を始めるほど、日常的に曲を作るタイプなんです。なので、ライブに集中しつつ、別の脳で新曲も作っていました。作る脳と、演じる・歌う脳。違う脳みそをいくつも並行して稼働させていた感覚です。
──次々と新しいことに挑戦する一方で、“雨良らしさ”を保つために、制作で意識していることはありますか?
最新のヒットチャートから昭和・平成のポップスまで、自分の引き出しを増やすために日常的にインプットしています。曲を作ると、自分らしさは自然と染み出るんですよね。だからこそ、作るときはむしろ“もっと突拍子もない変なことをやろう”と心がけています。どれだけ実験的で尖った挑戦をしても、メロディーと歌詞がキャッチーであれば、自分らしい音楽として絶対に成立する。そういった気持ちで制作しています。一貫しているのは、やっぱり“キャッチーなメロディー”です。ボカロPを始めた初期から最新曲まで、一度聴けば覚えられそうな特徴的なメロディーを作ることは、ずっと意識しています。
──一方で、自分で歌うようになったことで、変化した部分もありますか?
歌詞に関しては、自分で歌い始めてから“他者が存在する歌詞になった”“独りよがりじゃなくなった”とよく言われます。音楽が自分一人で完結しなくなった変化が、自然と歌詞にも表れているんだと思います。今後のリリースでも、そういう部分を意識して聴いてもらえると面白いと思います。
──さらに、時間が経つことで過去の楽曲に対するご自身の解釈も変化しているのでしょうか?
すごく変わります。今回のライブで披露した過去曲も、当時と今とでは僕自身の解釈が全然違います。楽曲って、受け取る側の解釈が積み重なって、新しい聴かれ方をしていくものだと思っていて。来年、同じ曲を歌う機会があれば、歌い方もまた絶対に変わっていると思います。そういう意味で、曲は常にリスナーとともに育っていくものだなと思います。
今回のスタジオライブの選曲とも絡むんですけど、1曲目の「ADAM」のサビ終わりの歌詞で、扇子のことを書いているんです。扇子って今は風をあおぐ道具じゃないですか。でも、もともとは文字を書き記す用途もあった。そういうふうに、物事は時代によって解釈も変わっていくものだと思っています。リスナーさんも、シンプルに一人の人間なわけです。そして人の数だけ解釈は違う。そこをこちらが操作するのは違うと思っていて。聴かれるときは、その印象を操作しようとするのではなく、その人自身の解釈に任せる。本当に、育った子どもを送り出すような感覚に近いですね。それぞれの人生があって、僕の音楽はその人にとっての主役ではない。これはマイナスな意味ではなく、どこまでいっても、その人の人生を彩る何かでしかないと思っていて。その意識があるからこそ、自分と向き合った制作ができているのかもしれません。
“ボカロはやめない”――感情を届けるための最適解を選び続ける
──本人歌唱という新たな表現方法が加わった今、これからどのようなアーティスト像を目指していきたいですか?
大前提として、ボカロを使うことをやめるつもりはありません。曲が生まれた瞬間に、自分で歌うべきなのか、それともボカロが歌うべきなのかを、フラットに選択し続けたいんです。自分の歌という新しい要素も意識しながら、そのときのクリエイティブに応じて判断したいと思っています。
例えば、新曲の「エジソンクラッシャー」は、“キャッ”とがなるような歌い方が求められる曲です。現状の僕の生歌ではまだ表現しきれないものを、完璧にアウトプットできるのはボーカロイドだと思い、起用しました。固定観念にとらわれず、臨機応変に形を変えられる、誰にも真似できないアーティストになれたらいいなと思っています。
──ボカロか本人歌唱かという二択ではなく、“その曲をどう届けるか”から表現方法を選んでいるんですね。
そうですね。“何を伝えたいか。その曲の持つ意味や情緒を、どうすればリスナーにブレずに届けられるか”。考えているのは、そこだけです。映像の見せ方も、生楽器を入れるかどうかも、すべては曲の感情を曲げずに届けるための最適化の選択肢なんです。もちろん、受け取り手の解釈は自由です。でも、創作者である僕のゼロイチの感情と意思さえ定まっていれば、どんな表現方法をとっても、僕の音楽は絶対にブレないと思っています。
──最後に、雨良さんのようなアーティスト、クリエイターを目指している若い方々に向けて、メッセージをお願いします。
一番伝えたいのは、“情報に惑わされないでほしい”ということです。今は情報が多い分、先のことを考えて、早く大人になりすぎている気がします。でも、そんなに焦る必要はまったくないと思っていて。先の心配をするよりも、自分の“好き”に素直になって、がむしゃらにやりまくってほしいですね。いずれにせよ、時間が経てば大人になって、いろいろな情報を知ることにはなるので。今はノイズに惑わされず、自分のやりたいこと、大好きな音楽をとことん信じ抜いて取り組んでほしいと思います。
雨良 Amala
X
Instagram
YouTube
TikTok