安次嶺希和子 インタビュー | 3rd EP『熱体』で見つめた、歪で自然な自分の中のこと

インタビュー
2026.10.22
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沖縄県出身のアーティスト・安次嶺希和子が、3rd EP『熱体』を9月23日にリリースした。前作EP『抱擁』でその表現を一層進化させ、国内外のライブへの出演も重ねている彼女の最新作。コンセプトを決めずに出揃った全4曲は、しかし自ずと、身体の内側を見つめてそこにあるものを掬い取るような歌になったという。密かに蠢く欲望と対峙し、自らの嘆きに耳を傾ける。これまでの足跡を辿りながら、これから進む道をしたたかに選び取る。そのどれもが、彼女にとっては自然で、純粋な営みだった。

1時間の取材の中で、初めの30分は彼女の生い立ちとキャリアについて、残りの30分は『熱体』の収録曲について聞いた。そしてその対話を文字に起こしているとき、前後半で語られている内容があまりにも綺麗に符合することに気付かされた。つまり彼女は、自分自身のことを語ってくれたし、自分自身のことを音楽にしたのだと思う。

 
取材・文:サイトウマサヒロ

 
 
不可欠なのは「グロテスクだけど魅惑的で美しいもの」

——安次嶺さんが歌手を志すきっかけは、声楽家だった母親がオペラ『カルメン』の舞台に立っている姿を観たからだそうですね。

2歳から4歳ぐらいまで東広島に住んでいたんですけれど、そこで母親が華やかに歌っているのを観て。当時の私にとっては多分ディズニーランドみたいな感覚だったし、自分も主役みたいな気持ちで、おめかしをしていったんです。まだ何も経験してない「チビ希和」にとってはそれくらい刺激的な体験だったし、母親もいつもの「お母さん」じゃなくて大スターに見えたんですよ。すごく印象深くて、自分が表に立つことはもうそのときに決まっていたと思います。

——幼い頃から音楽はずっと身近にあったのでしょうか?

他の人よりはきっとあったんじゃないかな。母親にとっては車の中が常に練習場だったのでその歌声を聴いたり、ピアノの先生もやっていてマンションの中で教室を開いていたりもしたので。あと、父親はクラシックが大好きで、母親との出会いもクラシックのコンサートだったんですよ。その二人から生まれたから、音楽が良いものであるということ、そして同時に厳しいものでもあるということをバランスよく体感して育ってきました。

——その後も主にオペラやクラシックを聴いていたんですか?

いや、どちらかというとR&Bのスターみたいな人——宇多田ヒカルさんとか、Bruno Marsが昔からずっと好きでした。胸を張って「たくさんのレコードを聴き漁ってきました!」と言えるタイプではなく、とってもミーハーで、とにかくスターという存在が好きなんです。他人に媚びず、自分のカラーを持っていて、それを信じて突き進んでいく人が好き。だから音よりも人に惹かれてきたっていうか、生き様からエネルギーをもらうためにスターの曲を聴いてました。TSUTAYAでアルバム5枚を1,000円で借りれた時代があったじゃないですか?

——ありましたね。

それで、小学校6年生くらいのときには毎週、TOP50のチャートに入ってるような音楽を借りてiPodに入れるのが趣味だったんです。

——国内外問わず人気のポップスを?

そうですね。あとは当時からK-POPが流行ってたからそれも聴いたり。クラシックやオペラは正直に言えば自分から興味を持ったわけではなく、私にとっては既にあったものだったので、自分で選んでたのはポップスでしたね。

——今年6月にBLUE NOTE PLACEにて開催されたイベント『BLUEW』でライブを拝見しまして、レポート記事も書かせていただいたのですが、安次嶺さんの身振りや間の使い方、空間の活用の仕方にはどこか演劇的なものを感じました。家族からの影響やスターへの憧れは、ステージングに影響していると思いますか?

習い事の経験が大きいと思ってます。3歳から9歳までクラシックバレエ、9歳から11歳まで舞台の演劇をやってたんですよ。将来の夢として、一旦パン屋さんや獣医さんを経て(笑)、やっぱり表舞台に立つことへの憧れが止まらなくなった結果、女優を目指そうと思って。

——最初から音楽一筋ではなかったんですね。

そうなんです。その後、中学生のときに、友達がダンススクールに通ってると聞いて私も行ってみたら、そこにボーカルコースがあったんですよ。ポップスのボーカルを習う場所があるっていうことを知らなかったから、「歌えるんだ!」と思って通うようになって。そのスクールの先生に紹介されたのが、私が業界に入るきっかけになったYAMAHAのコンテスト(『The 8th Music Revolution Japan Final』)だったんです。

それこそ母親の舞台にドレスを着て行ったらみんなに可愛がられたり、コンテストで勝ち進んだり……当時の自分は、見てもらうこと、何かに選ばれることがアイデンティティになっていたんですよ。

——必ずしも歌だけがその手段ではないと。

今は音楽を軸に活動していますが、本質的には総合芸術が好きで、演じることも含め、音楽・映像・衣装・空間などを掛け合わせながら、自分の描く世界を形にしていきたいと思っています。私の頭の中に『これ』というものはあるんですけど、それを一人で全部再現できるわけではないんですよ。だからこそ、映像だったり衣装だったり、それぞれの分野のプロフェッショナルの方とご一緒できることがすごく光栄で。私の中にあるものに、その人の技術や感性が加わって形になっていく瞬間に、一番熱が入るのかもしれないです。

今はインディペンデントでやってる分、自分で舵を取れますし。『BLUEW』のステージでも、衣装なども含めて自分の描きたい世界を作るようなイメージがありました。音楽に深く潜っていくタイプというよりは、色んなものの掛け算を考える方だと思います。

——聴覚だけではなく、視覚的な見せ方もコントロールしたい?

そうです。グリム童話や『ミッドサマー』にあるような、グロテスクでありながら魅惑的な美しさや、『アリス・イン・ワンダーランド』のような不思議で圧倒的な個性が、私の琴線に触れるもので。そういったものの魅力がいつ何時も脳内に置かれながら生きてきた感覚があって、自分が何かを表現するときにも、自然とそこから影響を受けているんだと思います。

 
 
とにかく頭の中にあるものを抜かりなく出したい

——安次嶺さんの歌声には、民謡や民族音楽を思わせるような節回しや、独特の揺らぎを感じます。そういった歌唱につながる音楽的なルーツはありますか?

いや、純粋にそういう癖が元からあったみたいなんです。コンテストの動画を見た人にもよく「やっぱり沖縄出身なんだね」みたいなことを言われるんですけど、自覚は全くなかったし、むしろその癖が自分では嫌だなと思ってました。ただ、ある時期に北欧のアーティストをよく聴くようになってから、自分が持ってる癖とか土地に対する意識が変わって、それが歌声に表れているのは良いことなんだと思うようになって。以来、その癖に自分から耳を傾けたり、探究したりするようになっていきました。

——それこそ、コンテストをきっかけにデビューしてからは、作家さんが作った曲を歌い手として表現する機会も多かったですよね。一方、2021年ごろから徐々に作詞作曲のみならずトラックメイクなども手がけるようになって、より主体的に個性を押し出し、独自の世界を構築していくようになったと認識しています。「求められて歌う」から「自ら作る」へと、意識が変わっていったきっかけはありますか?

昔は勉強のために週に5曲ぐらい作ることを課題にしていて、水面下でできた100曲の内から1〜2曲をフルにする、みたいなことをしていたんですね。ただ、そうして薄味のものを増やしていくのをすごく辛く感じてしまうこともあって、「それでもしっかり曲を作れる人こそが音楽家なのかしら」と悩んだりもしました。やりたくないことはいっぱいあるのに、本当にやりたいことが何なのかと聞かれたら答えられないような状態で。その後、かつて所属していた事務所を離れてから、コロナ禍も重なって、本当に良いと思うものを形にしていくとはどういうことなのかをちゃんと探すようになったんです。

——具体的にはどんなことを?

実は、別名義で見た目も出さずに、音楽と映像を組み合わせた総合芸術的な活動をしていて、クリエイティブディレクターやアートディレクターみたいな立ち位置で表現をしていました。メロディと歌詞を作ったりするのはもちろん、絵を描いたり、映像の絵コンテを描いたり。頭の中に「これ!」っていうものがあるからこそ、自分の見た目で足を引っ張りたくなくて、顔も出していませんでした。で、そのプロジェクトが解散して、いよいよ自分でトラックとかも作らなきゃっていうことになって。

——その頃には自然と、理想的な表現を形にする技術が身についていたのかもしれないですね。

どうなんだろう。とにかく頭の中にあるものを抜かりなく出したいっていう気持ちが強いんですよ。

——とはいえソロリリースを本格化させた2021年ごろの楽曲は割とヒーリングな感触も強くて、先ほど話していたグロテスクさは2024年の2nd EP『抱擁』あたりから徐々に前景化してきたようにも感じます。

たとえば「Snowman」(2021年リリース)は怨念がテーマの曲だから、肋骨が浮き出るくらい減量もして、冬の湖で溺れ死ぬような命懸けのMVを撮ろうとしたぐらい、濃い味にするつもりだったんですよ。だけど、出来上がったら「なんでこんなに美しいんだろう?」「私が想像してたのは、もっと狂った女だったのに」みたいな。でも、当時サウンドプロデュースをしてくれたMatsukawa君(Kota Matsukawa)からは、何でも美しくできることを褒められたりもして。私が本当に好きな、「目を背けたいものに惹かれる」っていうリアルをどう表現したらいいのか、悩んでました。

ただ、『抱擁』からSWING-Oさんに制作に加わってもらうようになって、自分の意図していなかったものが作品に入り込むようになってきて。私のやりたいことが基本にありつつ、「こうした方がいいんじゃない?」っていう提案をしてくださったり、ミックスの段階でそれまで聴こえてなかった音が聴こえるようになったり。それを良いと思えるようになった段階から、一直線に見えていたものの幅が広がっていって、柔軟な捉え方ができるようになったのが大きな変化だと思います。

 
 
人間臭さって良い匂いじゃない

——では、最新作となる3rd EP『熱体』についての話に移りましょう。今作の制作はどのようなビジョンを持って始まったのでしょうか?

実は、『熱体』はアルバムにしようと思ってたんです。私自身が掲げてるコンセプトとして「Human」「Nature」「Spirit」の3つがあって、2nd EPには「Spirit」、私の精神性を込めました。で、今回は「Human」、いよいよ人間と向き合おうと。そう考えたときに、EPじゃ足りないと思ったんです。SWING-Oさんと作る曲と、海外での活動を一緒にやってるKOTARO SAITOさんと作る曲を混ぜたフルアルバムにするべきだなって。

なぜかというと、SWING-Oさんと作った曲では私のナチュラルな部分が出やすいのに対して、KOTAROさんは私が嫌いな私を出してくれるような、えぐみがあるから。それを合わせることで人間になれるのではないかっていう、シンプルな発想でした。なおかつ、私の血が騒ぐ場所、沖縄で作った方が良いだろうと考えてました。

でも、SWING-Oさんといつもサポートしてくれているドラマーの赤瀬(楓雅)君を呼んで、祖父の家に合宿したり、地元の先輩のスタジオを借りたりしながら制作を進めるうちに、2人のプロデューサーの楽曲が混在したら全体のバランスが悪くなってしまう可能性に気付いて。そうなると2人にも失礼だし、たとえ2作に分けたところで私が人間と向き合って出てきたものは絶対に薄味にならないだろうという自信もあったので、EPに切り替えていきました。

——収録された4曲はいずれも身体の内側で起こることを見つめた内容となっていますが、前もってコンセプトを決めて作ったものではないそうですね。

出来上がった4曲を聴いたときに初めて、繋がっていることに気が付きました。だけど、自分の内側に宇宙がある感覚は以前からあって、私の身体の中に色んな生き物がいるみたいだなってずっと思ってるんですよ。今こうして話していても、見せているところと見せていないところがあるし、自分の中に醜いものも、不細工ちゃんも怒りん坊ちゃんもいるんです。この4曲でも、色んな部分が表に出たなと思います。

——そんな本作に通底する視点を象徴するのが最終曲「胎動」なのではないでしょうか? 「この身体辿って歌になってた」というフレーズはもちろん、ビートの切り替わりには実際に身体が反応するような感覚もあります。

テンポが変わるところはSWING-Oさんが提案してくれました。エネルギッシュになったのは多分理由があって、この曲は私自身に対するエールソングなんです。それと、実は歌詞では母親のことを書いていて……母親のことばかり話してるからどうしても印象が強くなってしまうけど、やっぱり、ただただ好きっていうだけではない色んな感情があって。それも含めて、私の生きてきた足跡を歌っています。

——まさに、母親からの影響という原体験から出発して、安次嶺さんの音楽活動そのものと重なっている歌詞だなと思いました。

そうなんですよね。お腹の中で安心して守られてた時期もあったんだけど、そこから出ていかないといけない。だけど、私っていつも帰る場所は光属性なんだなって思うんですよね。だから希望を捨ててない内容になっているというか。

——サウンドやメロディの印象で言えば、3曲目の「真珠の涙」にもノスタルジックな空気感が漂っていますよね。

歌謡曲チックなアレンジですね。

——はい、「日本の音楽」という感じがします。

日本人の血に馴染む音になったのは、やっぱりこれも必然だったんだろうなって思います。っていうのは、この曲って、昔から私の内側にしまって、一緒に生きてきたもう一人の自分が悲しんでいる歌なんですよ。

——いわゆるインナーチャイルドのような?

そうです、そうです。それをイメージしてセリフを入れたりもしているんです。幼少期のピュアな自分がテープでぐるぐる巻きにされて、黙らされたまま心の奥に座ってる姿がずっと頭の中にあるんですよ。

——内側にある欲望を真正面から見つめる姿勢は、今作のすべての楽曲に共通しているように感じます。たとえば2曲目の「感染」も。

まさにそうです。

——「感染」は他の3曲と制作過程が異なるそうですね。

他の3曲よりも前にできたんですけれど、あるとき、曲が作りたくてたまらなくなって、急にSWING-Oさんに連絡して、「眠ってるトラックってありますか?」って伝えた結果いただいたのがこのトラックだったんです。それからもう、パーっと出来上がっちゃって。この曲でMVを作るっていうのも早い段階で決めてました。

——ということは、「感染」によってEP全体のイメージが固まっていったところもあるのでしょうか?

人間らしさを表現できた最初の曲だったと思います。人間らしさというか、人間臭さというか……私にとってはそれって、良い匂いがするものじゃないんです。選ばれたい、褒められたい、美しく見られたいっていう感情もそうだと思いますし、それまでの私は特に怒りの感情を、醜いものだと思って黙らせてきた。だけど、それを表に出すことこそが人間でいるということだなと思って出来上がったのが、「感染」でした。

 
 
「選ばれる」から「選ぶ」に舵を切るネクストチャプター

——『熱体』を繰り返し聴きながら、沖縄で作品を制作したことにどういう意味があるのか、それが作品にどう反映されたのかを考えていたんです。そして、こうして安次嶺さんの話を聞いていて腑に落ちました。それは、自分が歩んできた道のりや、そこに置いてきたものを見つめ直すためだったんですね。

その方がピュアなものが出てくるんです。やっぱり、故郷に帰ると力が抜けるじゃないですか。そのときにできる曲が聴きたかった。だから、自分が帰るべき場所に帰ったっていう感覚です。

——順番がちょうど曲順と逆になってしまいましたが、残る1曲目の「SYMBOL」についても聞かせてください。冒頭のレインスティックがオーガニックな印象を与える一方、トラック自体はエレクトロニックですが、この有機的なものと人工的なもののバランスはどのように考えていましたか?

ダンサブルに仕上げてくれたのはSWING-Oさんなのであまり多くは語れないですが、野生的であるために、身体を動かすことが必須だとは考えてました。ライブをするときや曲を聴くときに身体を動かしたくなるような、本能に訴えかけるものをちゃんと楽曲に入れ込みたくて、それをSWING-Oさんに汲み取ってもらっています。

私の中では「選ばれる」から「選ぶ」に舵を切るというネクストチャプターがもう始まっていて、KOTAROさんと作っている次のアルバムにも繋がるんですけれど、そのためのエネルギーや勇気を表現するためにも、身体が動く音楽は不可欠なんです。自分で歩くという決意によって自立していくっていう。

——なるほど、『熱体』は力強く前に進んでいくという宣言から始まって、徐々に内側に向かうような構成になっているんですね。

強さを表現する上で置いていってはいけないものがあると思ってて。大きくて目立つシンプルな強さを歌いたいわけじゃないんです。男性の強さがマッチョさだとしたら、子宮という臓器がある女性の強さは、身体の内側を守ることの強さだと思うんです。「胎動」っていう曲もあるし、『熱体』というタイトルからも想像できる通り、このEPは「女性の身体」が裏テーマでもある。

ここでも母親のことが思い浮かぶんですけれど、私が生まれるとき、なかなかお腹の中から出てこなくて、私の命を選ぶか、自分の命を選ぶかという状況に置かれかけたらしいんですよ。でも、迷う余地もなく私を選んだって本人は言っていて。私にはまだその強さって想像がつかない。そういう、一概には言えない強さをEPで表現したかった。

——言われてみれば確かに、身体の内側で起こることを見つめるというのは非常に女性学的な表現です。とても興味深くて時間が惜しいのですが……改めて最後に、この『熱体』を完成させてみて、本作が安次嶺さんのキャリアにとってどんな作品になったと感じているか、お伺いさせてください。

改めて自己紹介をしたような気持ちだし、一番わかりやすいポートフォリオになったと思います。なぜかというと、私という人間のことを描いたので。2nd EPでは祈りや先祖に対する意識といった、目に見えないものと私との対話を描いていたけど、今回はとにかく私のことを曲にしていますね。

——アーティストはよく自分の作品を「名刺代わり」という言葉で喩えたりしますけど、『熱体』の場合は少し意味合いが異なる気もします。カード一枚よりももっと濃密なものが詰まっている。

「感染」は(『千と千尋の神隠し』の)カオナシもモチーフになっているんですけど、美しく見せても結局振り返ってくれなかった人とか、自分のものにならなかったことに対する嘆きを吐いていたりして。私は今回、そういう自分の喜怒哀楽を書いたのかもしれないですね。確かに、シンプルに「名刺」って言ったらちょっと違うと思う。

——自らを整理して一作にまとめ上げたというよりも、そのままの姿を描写していますよね。

「SYMBOL」みたいにずっと頑張って向き合って生きてたら疲れるんですよ。だから「感染」では嘆き、「真珠の涙」では泣き、「胎動」で光に戻っていくっていう循環になっていて。感情というのはコンセプチュアルに描けなくて、偏り過ぎたり歪になっちゃったりするのが自然だと思う。頑張って生きようとするんだけど、やっぱり傷付いて、苦しんで。その繰り返しを、一旦は4曲にしてみたという作品です。



安次嶺希和子『熱体』

EP『熱体』 https://linkco.re/a6adFQzX

 
 
安次嶺希和子
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この記事の執筆者
サイトウマサヒロ
1995年生まれ、フリーの音楽ライター。