「一人ですぐに決めない、必ず誰かに相談して」水口弁護士に聞く、アーティストが契約前に確認すべきこと
マネジメント会社やレーベルなど、音楽活動を支えてくれる存在との出会いは、アーティストにとって大きなチャンスになることがあります。
ライブ出演の機会が広がる。リリースやプロモーションの可能性が増える。活動の方向性を一緒に考えてくれるパートナーができる。そうした出会いをきっかけに、アーティスト活動が前に進むケースは少なくありません。
一方で、契約に関する知識や経験が十分ではないアーティストに対して、極めて不公平な条件で契約を迫ったり、身元保証金など趣旨がよく分からない名目で高額な費用の支払いを求めたりする悪質なケースもあるようです。
今回THE MAGAZINEでは、アーティスト向けの法律相談を提供する団体を主宰し、音楽業界の契約やアーティスト支援にも詳しい水口瑛介弁護士(アーティファクト法律事務所)に、マネジメント契約をはじめ、アーティストが第三者と契約する際に注意すべきポイントについて話を聞きました。
契約時に「保証金」「活動費」などを求められたら注意
水口弁護士によると、悪質なマネジメント会社から被害を受けたとの相談が目立つようになっているといいます。
「マネジメント会社とのトラブル自体は以前からあります。ただ、マネジメント業務の質や報酬分配の計算を巡るトラブルのように双方の認識の違いなどを理由としたものではなく、詐欺被害とも言えるような悪質なケースがここ1〜2年で増えています」
具体的には、契約時に「身元保証金」や「活動サポート費」などの名目で、高額な支払いを求められるケースです。金額は100万円から200万円を超えることもあるといいます。
もちろん、音楽活動には費用がかかります。レコーディング、ミュージックビデオ制作、宣材写真、広告宣伝、ライブ制作、レッスンなど、アーティスト側が費用を負担するケース自体がすべて不自然というわけではありません。
「一般論として、マネジメント会社は、契約時にアーティストにお金を請求しません。マネジメント会社は、アーティストの活動によって生まれた収益を分配する形が基本です。まだ活動が始まっていない段階でアーティストに先にお金を払わせることは、明確な理由がない限り、普通はありません。
原盤制作費やライブ制作費など、実際に支出された費用についてアーティストが負担する条件の場合はあり、このように実態が伴っている費用については、アーティストが納得していればもちろん問題ありません。しかし、『身元保証金』や『活動サポート費』など、実態がよく分からない名目のお金を請求された場合には、本当に支払うべきお金なのか、あらためて慎重に考える必要があります」
“あとで会社が返すからアーティストには実質的な負担はない”といった説明を受け、安心して契約してしまうケースもあるといいます。後から返金されるならなぜ支払う必要があるのか、あえてお金の動きを複雑にする意味は何なのか、本当に今このお金を支払う必要があるのか、疑問を持つ必要があります。
ローンやクレジットカード決済をその場で求められるケースも
相談のなかには、アーティスト本人にクレジットカードを作らせたり、ローンを組ませたりして、その場で高額な身元保証金を決済させるケースもあったそうです。
「その場でクレジットカードを作らせたり、信販会社のローンを申し込ませたりするケースがあります。高額なので、手元にお金がない。そこで、ローンやカード決済を使わせるわけです」
水口弁護士が問題視するのは、支払いの名目や実態が曖昧なまま、高額な決済だけが行われるようなケースです。
「『身元保証金』や『活動サポート費』のように名目や実態が不明なものを疑ってかかるべきなのはもちろんですが、『原盤制作費』や『プロモーション費』などと一応の名目が説明されていてもそれだけでは安心できません。具体的に何を、いつ、どのように実施するのかが明確でなければ、その支払いが合理的なものなのか判断できません。高額な支払いをするのであれば、そのお金が何の対価なのかをしっかりと認識した上で行わなければならないのです。
また、実態のない商品やサービスの名目でクレジットカード決済を行う場合、結果として、アーティストが悪質な会社によるカード会社への詐欺行為に加担してしまっていることにもなりかねません」
声をかけられやすいアーティストとは
水口弁護士のもとに寄せられた相談では、悪質なマネジメント会社の被害にあってしまっているのは、まだ規模の小さなアーティストが多いといいます。
「活動を開始したばかりのアーティストや、SNSのフォロワーが数百人くらいの規模のアーティストたちが主に被害にあっているようです。まだ音楽業界で横のつながりが少ないアーティストを狙っているのかもしれません。大手レコードショップで陳列してもらえるとか、有名なライブハウスでのワンマンライブを企画してもらえるとか、そのようなメリットを提示され、契約してしまうようです」
契約前に確認すべき5つのポイント
では、アーティストがマネジメント契約や第三者との契約を検討する際、相手が悪質な会社でないかを確認するために、どのような点に気をつければよいでしょうか。
水口弁護士は、最低限確認すべき項目として、次のような点を挙げています。
1. 実態があるか
「相手の会社名で検索してヒットするか、窓口の人物以外の会社内の複数の人物と会えるか、オフィスが存在するか、音楽業界の知人が会社名を知っているかなどを確認することが考えられます」
2. 複数の連絡窓口・手段があるか
「窓口の人物と連絡が取れなくなった際に、他の方法で会社と連絡を取る方法を確認する必要があります。会社内の他の人物に連絡できるか、LINE以外に連絡手段があるか、最終的にはオフィスに行けば会社の人と会えるのかなどを確認することが考えられます」
3. 契約書を用意してくれるか・説明をしてくれるか
「マネジメント契約を締結する際に、通常はマネジメント会社が契約書を用意し、それをアーティストが確認することになります。何か理由をつけて契約書を用意してくれない場合には、警戒する必要があります。また、契約条件やマネジメントの内容について質問した際に、きちんとした説明をしてくれるかも重要です」
4. 経済的な条件が不自然でないか
「マネジメント会社は、アーティスト活動によって発生した収益の分配を受けることで運営されているわけですから、十分な報酬分配を受けないと運営を続けていくことができません。それにもかかわらず、マネジメント会社の取り分が極めて低率だったり、取り分が0%であると設定されていることがあり、このように見かけの経済条件がアーティストに圧倒的に有利な場合、何か裏があるのではないかと警戒する必要があります」
5. 契約内容を第三者に説明できるか
「契約する際には、契約内容を理解できていないといけません。契約内容を誰かに説明できない場合、その契約の内容を理解できていないということです。被害に遭っているアーティストは、契約内容を説明できない方が少なくありません」
6. 契約を急かされていないか
「『今日決めないとチャンスを逃す』『早く決済してください』といった形で急かされる。契約書を持ち帰らせない。家族や友人、弁護士に相談する時間を与えない。こうした対応は、危険なサインと考えるべきです」
契約前に、必ず第三者に相談する
水口弁護士が繰り返し強調していたのは、「一人で決めないこと」です。
「マネジメント会社との契約を検討する場合には、まず誰かに相談しましょう。アーティスト仲間、信頼できる業界関係者、家族、友人、弁護士など、第三者に相談することが大切です。契約書を渡された場合には、自身でじっくりと読むだけでなく、第三者に見せて意見をもらいましょう。重要なのは、急いで一人で判断しないことです。『少し時間を置く』『誰かに説明してみる』『不明点を文章で質問する』。それだけでも、冷静に判断できる可能性は高まります」
契約前チェックリスト
水口弁護士の話をもとに、契約前に確認したい項目を整理すると、以下のようになります。
- 連絡先や手段が複数存在するか
- 契約内容を自分の言葉で説明できるか
- 誰かに契約内容を相談したか
- 契約時に高額なお金を請求されていないか
- 「身元保証金」「活動サポート費」など趣旨がよく分からない名目で支払いを求められていないか
- ローンやクレジットカード決済を求められていないか
- 契約を急かされていないか
- 契約書を持ち帰って確認できるか
- 家族、友人、弁護士、業界関係者への相談を嫌がられていないか
もしすでに契約してしまった場合は
「すでに契約書にサインしてしまった、ローンを組んでしまった、支払いをしてしまったという場合も、一人で抱え込まないことが大切です」
家族、身近の音楽業界の方、弁護士など、信頼できる方にすぐに相談しましょう。水口弁護士の所属する音楽家向けの法律相談サービスLaw and Theoryに相談してみるのもいいかもしれません。
「契約書、LINEやメールのやりとり、請求書、領収書、振込履歴、クレジットカードやローンの契約内容など、関係する資料はできるだけ保存しておきましょう。契約時に説明された内容と実態が違う場合や、約束されたサービスが提供されていない場合など、状況によっては契約の取り消しや解除を検討できる可能性もあります。
なお、SNSで相手の名前を出して告発する行為には注意が必要です。事実関係の確認が不十分なまま投稿すると、別のトラブルにつながる可能性があります。まずは第三者に相談し、冷静に対応することが大切です」
契約は、アーティスト活動を守るためのもの
マネジメント会社など、アーティスト活動を支えてくれる存在との出会いは、本来ポジティブなものです。実際に、信頼できるパートナーとの出会いによって活動が広がるケースは多くあります。
だからこそ、水口弁護士も「真っ当なマネジメント会社からの話まで、すべて疑うべきではない」と話します。
大切なのは、必要以上に疑心暗鬼になることではなく、冷静に確認することです。自分がどのような契約を締結するのか、なぜお金を払うのか、きちんと理解した上で判断することが重要です。分からないことがあれば、理解できるまで聞きましょう。
わからないことを聞くのは、失礼なことではありません。アーティストとして、自分の活動を守るために必要な行動です。
最後に、水口弁護士はこう話していました。
「理解できない契約にはサインしないこと。そして、必ず誰かに相談すること。これに尽きると思います」
夢やチャンスに感じられることを前にしたときほど、冷静な判断は難しくなります。だからこそ、契約の場では一度立ち止まり、確認し、相談することを忘れないでください。
あなたの音楽活動を守れるのは、あなた自身です。そして、困ったときには、一人で抱え込まず、信頼できる人に相談してください。
アーティファクト法律事務所
Law and Theory
【連載】アーティストのための法と理論